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第14話:為君

2025/8/12 全改稿

2025/10/26 題名変更+加筆修正


今日は豊穣祭が拠点内で行われた日だった。


京都の難民キャンプは、シグルが精霊術で結界を張っているおかげで、ゾンビが近寄れないようになっている。


そして、年に一度のこの祭りは、住民たちにとっての大切なイベントだった。


人々は手作りの飾りや料理を持ち寄り、色とりどりの浴衣に身を包んでいる。祭りの雰囲気は、皆を一時でも現実の厳しさから解放し、楽しいひとときを提供してくれる。


子供たちは笑顔で駆け回り、大人たちは気を緩め、笑い声が絶えなかった。


豊穣祭は、ただの祭りではなく、希望と団結を意味するための祭りだった。


そんな中、菊香は晴斗やシグル達と楽しそうに屋台飯を食べていたり、射的大会で1番を取ったりと楽しそうに、久しぶりに羽目を外していたようで、今はぐっすりと寝ている。





夜もすっかり更け、祭りの熱気も落ち着き、ケイはコテージの縁側に腰を掛けていた。


(早いなあ、もう秋かあ・・・・・・)


涼やかな秋風が、夜のコテージを吹き抜ける。

冷たい秋風に頬を撫でられながら、けいはこの数か月の事を思い返していた。


激動の夏を駆け抜けて── 季節は、もう秋だった。


チリリと鈴虫達の音が聞こえる。


(ここの世界でも新しい仲間達に出会えて良かった)


この巡り合わせに、けいは何て幸運なんだろと感謝する。同時に、今は居ない異世界の仲間達の事も恋しく思い出す。


今の仲間達と、異世界の仲間達が出会ったらどうなるだろうとけいは脳内で想像する。


(スノトラと菊香ちゃんは、性格は違うけどスノトラは兄妹が多いから姉として仲良くなりそうだし、ベオウルフはしっかりものだけど弟気質だから、似た感じの晴斗くんと性が合いそうだ)


(誠一くんは、僕と仲良くさせて貰ってるとして、ヒカルさんは・・・)


そこまで想像してけいはふふと笑ってしまう。


(スヴィグルと絶対に喧嘩仲間になりそう)


あの血のけいがってない兄弟は些か自分に過保護だ。今でこそ質実剛健なスヴィグルと若干皮肉屋のヒカルとでは気が合わない・・・というより、喧嘩する未来が目に見えた。


(気が合わない、というより・・・・・・たぶん、負けず嫌い同士で張り合いそうだな・・・・・・)


(互いに「こいつは気に食わん!」って言い合ってそう)


そんな事を想像するけいだが、彼は知らない。

遠くない未来、それが現実になる事とコイツの唯一の理解者は自分だけだと、けいの隣の座を巡って戦う事を。


けいはみんなの姿を想像し、笑う。


(この旅が終わったら、両親と住んでいた福岡に行こう。家はどうなっているのかな、もう壊れてしまっているのかな? 完全に更地になってたら修復魔法でも直すことができないし、更地になってないといいなあ)


(両親を弔うために、地球に戻ってきたけど、僕の両親ってどんな顔だったかな・・・)


けいはゆっくりと薄れていく二人の顔を思い出そうとする。


すると、ケイの脳内にノイズが走った。


(・・・・・・ッあ・・・・・・)


浮かび上がるのは、常日頃あった両親の喧嘩、幼い頃の孤独な時間、そして空虚に響く家の中の音だった。


(違う・・・・・・ちがうちがう・・・ッこの記憶は、ちがう・・・・・・)


彼が両親に抱いていた感情は、2人からのかすかな温もりを信じたい思いと、叶わない現実へのすれ違いが絡み合っていた。けいは心の奥で、両親に愛されていたと思い込もうとしていた。


自分の心を守るために。


しかし、両親は本当のけいを見ていない。彼が邪魔にならないように、ただ「いい子」であることだけを望まれていたのだ。


(・・・・・・切り替えろ)


だから、けいはその真実から目を背ける。


今も自分の心を騙し続ける。


(・・・・・・そうだ、そうだよ。あの時、僕がささいな事で喧嘩をしなければ、あの二人は今も生きていたかもしれなかったんだ)


自分を悪者にすれば、これ以上自分が傷つかないことを知っているから。


愛されていない現実を認めることは、けいにとってあまりにも辛いことだった。


事故の日の記憶。


真実は、違う。


正しくは───あの時、僕が怒らなければ、あの口論は起こらなかったかもしれない。


両親は二人とも不倫をしていた。


父は表面上の家族サービスとして、初めて三人で旅行をしてくれた。


しかし、旅行途中に会社から電話がかかってきて、帰らなければならなかった。それに対してけいが初めて怒ったのだ。


それに乗って、母が「浮気相手からの電話じゃないの」と父を煽り、お前も不倫している事を知っていると口論に発展した。


そして、交通事故が起きた。


あの日、両親がけいを心配そうな顔で見てくれた事実もない。

けいを心配する声をかけた事実もない。


けいはそれを知っている。だが、認めたら今まで守ってきた自分の心が壊れる気がした。だから、防衛本能で、それを無かったことにした。


それが自分を守る唯一の方法だった。心の深い部分に閉じ込めた記憶は、無意識に押し返そうとする。


次に表情の色がストンと落ちたかのように消えた。


(だめだ、これは久しぶりにヤバイいかも)


けいの後ろから、「見たくない真実」への恐怖がじわりじわりと自分を襲ってくる。


異世界に来たばかりの頃によくあったことだが、スヴィグルたちに出会ってからは落ち着いたと思っていた。


けれど、彼を──魔王として最後まで立ちはだかった友を──自らの手で止めを刺したことが、トリガーとなった。

それは封じ込めていた感情の栓を外し、堰を切ったように胸の奥から溢れ出す。


罪悪感は徐々にではなく、一瞬で全身を満たした。

その重さに耐えきれず、自罰意識が心を侵食していく。


けいは衝動的に、地球へ帰りたくなった。

逃げ出したくなった、とも言える。


(両親の顔を思い出したい。写真一つでも見つけたくて帰ってきたんだ・・・・・・思い出したいはず・・・・・・なんだ。いや、違う。ほんとうに、思い出したいのか? 写真を見つけてしまえば──きっと僕は・・・・・・)


思考の歯車は一度狂うと、簡単には止まらない。

もしその時が来たら、自分は何をしてしまうのか・・・・・・その先を考えるのが怖かった。


そんなことを反芻していると、背後でガチャリと扉が開く音が響いた。

しまった、誰かを起こしてしまったか──そう思った瞬間、ふと温かいものが背中にかけられる。


「ほらよ。こんだけ冷えるんなら、羽織っとけよ」


背中に落ちた重みと温もり。

驚いて振り返ると、そこに立っていたのはヒカルだった。

その声も、毛布の温度も、思っていたよりずっとあたたかかった気がした。


「ヒカルさん?!」


まさかの人物に、けいは目を見開く。

そして「ほら、手出せ」と催促され、訳も分からぬまま両手を差し出した。


ヒカルは、その掌にそっとマグカップを乗せる。

ほのかな湯気が立ちのぼり、甘い香りが鼻をくすぐった。


「ココアだ・・・・・・」


「夜更かし用だ」


「菊香には明日内緒だぞ」と悪戯っぽく笑うヒカルに、けいもつられて笑みを返す。

ヒカルはドサリとけいの隣に座る。

二人して夜空を仰ぎ、マグに口を付ける。優しい匂いと、甘すぎない味が舌に広がっていく。


ゆっくりと飲み、ほうっと息を吐く。

白い靄が宙にほどけ、ひんやりとした空気が頬を撫でた。


「もう秋か・・・・・・お前と出会ってから、早えもんだな」


ヒカルのしみじみとした呟きに、けいも深く頷く。

心地よい静寂が二人を包み、しばし時が止まったように思えた。


やがてヒカルが、不意に口を開く。


「なあ、この旅が終わったら・・・・・・お前の両親を弔いに行くんだよな?」


「うん・・・・・・そうだね」


両親について話しかけられ、けいが少し戸惑いながらも頷く。


「そうか・・・・・・俺は前にも言ったかもしれねえが、天涯孤独だったから、そういうの分かんねえな」


「寂しくなかったの?」


「いいや。そこまでだったな。まあ、孤児院に入ってた事もあるが、俺は一人のほうが性に合ってた。・・・・・・なあ、お前の両親はどんな人だったんだ?」


それは純粋な疑問だった。

これだけ優しいけいなら、きっと両親もそうだったはずだ――ヒカルはそう思っていた。


だが、けいの顔が固まる。

わずかに目が泳ぎ、喉が音を立てる。

やがて、押し出すように言葉を零した。


「やさ・・・・・・しい人達だった・・・・・・よ?」


「・・・・・・そうだ、二人とも優しい人たちだった。うん、そうだ・・・・・・・」


あまりにも不自然な繰り返しに、ヒカルは戸惑う。

けいの瞳は遠くを見つめたまま、心がどこか別の場所へ沈んでいく。


希死念慮と自己否定の沼――その底のほうが、妙に心地よい。

沈むことに、なぜか安らぎを覚えてしまう自分がいた。


足先から冷たい水が満ちてくるような感覚に、意識がゆっくりと沈降していく。


「・・・・・・い!」

「おい!! 大丈夫か!」


肩を掴まれ、強く揺さぶられる。

視界が大きく揺れ、意識が水面に引き上げられる。

目の前には、両肩をしっかりと握り、心配そうに覗き込むヒカルがいた。


「ああ、ごめんごめん。眠くなっちゃったみたい」


そう言いながら、けいはふっと笑ってみせる。


──笑顔の仮面。


心配されたくないとき、誰かを遠ざけたいときにだけ出てくる、昔からの癖。

笑ったその瞬間、胸の奥にあった黒いものは消えたわけではなく、ただ仮面の裏に押し込められただけだった。


かつてスヴィグルからも言われた、笑って誤魔化す仮面を、けいは反射的に装着していた。

スヴィグルと出会ってから、その仮面を使う機会は減ったはずなのに・・・・・・こうしていざ心配の眼差しを向けられると、長年の悪癖は勝手に顔を出す。


誤魔化されてほしい。

踏み込んでほしくない。


大丈夫だと信じさせたい。

いつも通り、笑って戻れるから。


──────だから。


「俺の前で吐き出せ」


短く落ちたその声が、胸を撃った。

ヒュッと、息がうまく吸えない。


「ここにいるのは俺だけだ。誰もいねえ」


止めてくれ──目がそう訴える。

しっかり出来ない自分なんて、価値がない。


だからお願いだ。孤独の檻に戻らせてくれ。


「僕を、甘やかさないでくれ」


懇願の言葉。

それはけいにとって、必死の防衛線だった。


ヒカルは一瞬、目を見開き・・・・・・そして口角を上げる。

それは追い詰める笑みではなく、喜びの色を含んだものだった。


やっと見えた。

けいの本音。素の部分。

常に前に立ち、戦闘でも交渉でもすべてを一人で背負ってきた彼が、初めて弱さを曝け出してくれた。


ヒカルの胸に湧いたのは、後ろ暗い独占欲ではない。

純粋に──ただ純粋に、この弱音を零してくれたことが嬉しかった。


(逃がさねえよ。だってお前も“俺”にしてくれたじゃねえか)

「断る。ほら、言葉に出せ」


その声は追い詰めるようでいて、底に柔らかさがあった。

ヒカルは知っているのだ。言葉にしなければ、その感情は腐り、静かに心を蝕むことを。


「いや・・・・・・だ。こんな見っともない自分なんて、しっかりしてない自分なんて、自分なんかじゃない」


「・・・・・・それだ。それを言え。続けるんだ、“ケイ”」


その一言が、胸の奥を強く揺らした。

ずるい──そう思ってしまった。


今まで、一度も自分の名前も苗字すら呼んだことがなかったくせに。

初めて名前を呼ばれた瞬間、何かが決壊しそうになる。


「ヒカル・・・・・・さん、止めてくれ。お願いだ。こんな弱い自分なんか必要ないだろ?こんな自分なんか、存在する必要なんて──────違う! 待ってくれ! こんなことを言いたいんじゃない・・・・・・!」


歯止めが利かない。

一旦漏れ出した本音は、自分でも知らない形をしていて、音を立てながら零れ落ちる。


「いいや、言え。お前には、お前の弱さを受け止める人間が必要だ」


「でも、でも・・・・・・! こんな自分、嫌なんだよ・・・・・・!」


声が揺れる。

視線が泳ぐ。

呼吸が浅くなり、言葉が幼く崩れる。


「お願い・・・・・・お願いだから、そんな優しい言葉を言わないで!!」


精神にズレが生じる。

本来の大人としてのけいと、見た目相応のけいの精神が交錯し、口調が安定しなくなる。


元々、壊れていた心はスヴィグルと出会い、埋まり、また壊れ、今度はヒカルによって埋められようとしていた。

スヴィグルがけいにとって支えだったなら、ヒカルはまさに受け止める存在だった。


「お前に必要なのは、厳しい言葉でも行動でもねえよ。優しさだけだ」


「やめて・・・・・・! 止めてくれ!!」


両手で頭を抱え、身を縮こませる。

次の瞬間、喉の奥から反射的に呪文が迸った。


「フロス!!」


虹色の膜が瞬時にけいの全身を包み込む。

精神も肉体も、外界から守るその魔法の盾は──まるで、心を覗かれたくないけいの叫びそのものだった。


けれど、ヒカルは一歩も退かない。


バチリ、と静かに雷が爆ぜる音がする。

赤雷を纏った両の拳が、何のためらいもなく盾へと触れる。


だがそれは破壊のための力ではない。

力の奔流が虹色の膜をひび割らせた瞬間、その手は驚くほど優しく、けいの手を包み込みながら引き剝がした。


「あ・・・・・・」


声が漏れる。

ヒカルの手は、荒々しい雷を纏っていたはずなのに、触れた瞬間、波のように静かで、温かかった。


ヒカルはふっと笑う。

その笑みは「お前の敵じゃない」と告げるようで、ゆっくりとけいの防壁を溶かしていく。


「なあ、”ケイ”。俺はお前にずっと、ずっと助けられてきた。菊香も、俺も、お前にどれだけ助けられたか」


言葉は低く、しかし真っ直ぐだった。


「だからよ。今度は俺がお前を助けたい」


視線が絡む。

けいの瞳がゆらぐ。


「だってよ・・・・・・俺は、お前の“相棒”だろ?」


「それなら、当然だ」


その言葉に、けいの顔が音もなくゆっくりと崩れ始める。涙と止めていた呼吸が同時に、少しずつ溢れ出す。


静寂が、二人だけの夜を包み込む。

虫の声も、木々のざわめきも、まるで二人のためだけに鳴り続けているように感じられた。




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