第13話:雷花
2025/8/12 全改稿+タイトル名変更
砂埃と爆風が舞い上がり、繋は砂が目に入らないように手をかざし防ぐ。
少し時間がたち砂埃も落ち着くと、繋は突然の事に驚きつつ衝撃音が鳴り響いた方を向くと
そこには、雷の残光と焦げた空気を纏った影が立っていた。
徐々に露になるその姿に繋は驚き、その人の名前を叫ぶ。
「ヒカル・・・・・・さん・・・・・・?」
驚愕と安堵がないまぜになった声に、彼がこちらを振り返る。
「あ? ・・・・・・おお、よかった。お前か」
一瞬だけ攻撃的な荒ぶった声。だが次の瞬間、彼は繋だと分かると柔らかい声に変わる。
(なんでここに・・・・・・?)
(というより、あれ・・・・・・いまの)
一瞬、その雰囲気の変わりように 繋の記憶に影を落とした誰かの面影がよぎる。目を瞬かせて見る。だが、目の前に立つのは確かに、雷を拳に纏う何時もの知っているヒカルだった。
ヒカルは思いっきり振りかぶったであろう、その拳をだらりと収める。
そして、その拳の先が目に入ると繋は衝撃を受ける。
その右腕を下ろした先。二体のClass3が、重なり合うようにして倒れていた。
腹を貫かれ、焦げついた肉からはまだ微かに火花が散っている。
(class3をまとめて2体も・・・・・・。もう自分の力を完璧に使いこなしている)
ヒカルのその光景に唖然とするも、2体?と思い出す。
もう一体は既に倒したのか確認する為に、繋はヒカルに問う。
「感知魔法ではもう一体いたはずだけど・・・・・・ヒカルさん、倒したのはこの二体だけ?」
「ん? もう一体? いや、そっちは知らないな」
その言葉だけで、2人は察する。残り一体が隠れている事を。
言葉を交わした直後、空気がざわつき、轟音が空を割く。
「縺ソ繝シ縺」縺代◆!!!」
ビョウッ、と空気を切り裂く音とともに、黒い影が上空から突き刺さるように着地した。
ズドン――!地面が抉れ、破片が四方に弾ける。土煙と共に現れたのは、三体目のClass3。
その身は他のゾンビを融合したように歪み、両腕が異様に肥大化していた。特に右腕は地面に突き刺さるほどの重さで垂れ下がり、背中には骨のような棘が無数に生えている。
「来やがったな」
ヒカルが目を細める。
Class3は喉の奥から濁った唸り声を漏らし、両腕を地面に突き刺した。
ズズッ・・・・・・ッバン!次の瞬間、まるで大地が感染したかのように地面が波打ち、膨張する。
「下から来るよね?」
繋の予想通り、地面の下から突き出――無数の爪の剣山が、喰らいつくように迫る。
ビュン! ガガガッ!
足元から突き出した爪の槍が、刃を揃えて二人を串刺しにしようと這い寄ってくる。蠢く根のように広がるそれは、ただの物理的攻撃ではない。Class3の個体能力が籠められており、触れた瞬間に麻痺をもたらす。地中を這う音とともに、爪の剣山が2人を襲う。
「邪魔だ!!」
ヒカルが咄嗟に前方に跳躍する。重力を無視するような身のこなしで刃を足場変わりにしながら、その間をすり抜けつつ、雷を纏った手刀で切り払っていく。
バリッ! ズシャァッ!剣山が焼け焦げ、雷の閃光が空間を裂いた。
一方、繋は魔力を籠め呟く。
「フロス」
虹色の半球状結界が即座に展開される。無数の爪がぶつかるたびに、膜が震え、貫通する事も無く、威力は減速され膜に沿って弾かれた。
Class3が次の行動を起こす。
再度、地面から爪の剣山を繰り出しつつ。
その巨体を砲台のように背中を丸めて、背中の骨のような棘を2人に向け、発射する。
だが――
「遅ぇんだよ!!」「遅い!」
重なるように、二人の声が響いた。
ヒカルは雷を纏った脚で地面を蹴る。
一方で繋は、軽やかに身をひねって空中へ跳躍する。
時間さえたわむような一瞬の静寂――そして刹那、雷と花が交差し――時が再び動き出す。
ヒカルの右ストレートが、稲妻をまとってClass3の肩を粉砕し、肉を裂く轟音が荒野に鳴り響く。
遅れず繋が唱える。
「グラジオラス──!」
ひらりと赤い花の栞が宙を舞い、それが弾けるようにして剣を形成する。
花弁が集束し、魔力の刃が生まれる。
繋は静かに、しかし力強い声で唱えた。
「《スヴェルザ(斬れ)》!!」
唱えた瞬間、風を切る音とともに剣が疾駆した。
斬撃が、雷の破砕に続くようにClass3の首筋を襲い、鋭く、美しく断ち切る。
遅れて、空気が切り裂かれる音。
落ちるのは影か、命か――
Class3の首が、静かに地へと沈んだ。
巨体がどさりと地面に崩れ落ちる。焦げた残骸が煙を上げるなか、繋とヒカルはしばし無言で立っていた。
花の剣が、ふわりと空中で解けて消える。
先に言葉を発したのはヒカルだった。
「俺一人でも倒せたんだけどな」
手をひらひらと振りながら気を抜くと、ヒカルは後頭部を掻きながら繋に近づいてきた。
「ほらよ」
「ん?」
「・・・・・・あん? 勝利後のハイタッチだろ? 知らんのか?」
ヒカルの仕草に、繋は思わず目を見開いた。まさか、彼が拳を合わせるようなタイプだとは思っていなかったのだ。
戸惑いつつも、繋は遅れてゆっくりと手を上げる。
「あ、ああ・・・・・・えっと、はい!」
ぱし、とお互いの掌がぶつかる軽い音。その瞬間、ヒカルの口元にちいさな笑みが浮かんだ。
「おう、悪くねぇ。次はもっと勢いよくな」
「う、うん・・・・・・でも、こういうの、久しぶりだから少し照れるね」
繋はスヴィグルと良く強敵を倒した時に、ハイタッチ若しくは拳を合わせていたのを思い出し照れながらも微笑する。
久しぶりという言葉とその表情に一瞬だけピクリとヒカルの眉が反応するが、直ぐに何事もないように言葉を続けた。
「そうかよ」
ぶっきらぼうな口調のまま、それでもどこか柔らかな表情が、ヒカルの顔に浮かんでいた。
その空気に繋も、ふっと笑ってしまう。
ふたりの間に、ほんの束の間、穏やかな時間が流れた。
その静けさを壊さないように、繋は静かに口を開く。
「でも・・・・・・ヒカルさん、どうして1人でClass3を相手にしてたの?」
ヒカルは「ん」と鼻を鳴らし、視線を逸らして頭を掻いた。
「あー・・・・・・まあ、あれだ。修行中、みたいなもんだ」
「修行中・・・・・・?」
思いがけない言葉に、繋は思わず瞬きをする。
「どうしてまたそんな――」
「まあ、俺の事はいいじゃねぇか、別に。お前はどうしてここに?」
会話の流れをさりげなく反らされ、繋は一瞬戸惑うが、すぐに気を取り直して答える。
「・・・・・・誠一くんたちと、救助活動をしてたんだ。人を避難させたあと、念のために感知魔法を使って確認してたらこの辺にClass3が3体いるのを感じて。放っておいたら危ないからって、すぐに向かってきたんだ」
「なるほどな。・・・というかな、この間も言ったけどな。相変わらずひとりで突っ走ろうとすんなよ」
「・・・・・・っう!!」
「よくよく見れば、疲労している顔してやがるし、どうせ無理したんじゃねえのか?」
図星を突かれて、繋は少し俯き、小さな声で「ごめん」と謝った。
「ったくよ~困った奴だな」
ヒカルは呆れたようにため息をつきながらも、その顔にはほんの少し、安堵の色が滲んでいた。
繋はその様子を見て、安心したのか、もう一度だけ訊こうとする。
「・・・・・・でも、修行って・・・・・・」
だがその言葉を、ヒカルはわざとらしくあくび混じりに遮った。
「は〜あ、そろそろこの辺も安全になったしよ、飯でも食いに行くか? 腹減ったろ?」
「えっ、あ、まあお腹は空いたけども」
「いいよな? お前が夏原と行ったっていう食堂、まだ俺行ってねぇからよ。そこ行こうぜ」
繋は釈然としないまま、けれど無理に問い詰めることもできず、小さくうなずいた。
「俺はバイクでここまで来たから、取りに行くからお前は先行ってろ」
「え、それなら待つけど」
「どうせ行き先は一緒なんだから、先行ってろって」
「う〜ん」と唸りながら不服そうな繋に、ヒカルは少し考えるような顔をしてから、ふと何かを思い出したようにニヤリと笑い目を細めた。
「なんだあ? そんなに一緒にバイクに乗りたかったのか?」
「・・・・・・おっと?」
繋はこの流れを知っている。
モールの屋上でのやり取りを思い出し、ヤバイと内心焦る。
「なんだなんだ、そういう事か。
ったく、素直じゃねぇな。ならしょうがねぇ、そこで待ってろ」
何時の日かの屋上と同じように、獲物を狙うようにじりじりと距離を詰めるヒカルに繋はぶんぶんと首を振って後ずさる。
「無理無理! ごめん! 無理っ!」
叫ぶなり、長杖を足場に空へ飛び立つ繋に、ヒカルは呆れたように、それでもどこか楽しげに笑った。
「へいへい。なら先に行っとけ。すぐ追いつくからよ」
「ん〜・・・・・・分かった。先で少し待ってるね」
そう言いながら心配そうに振り返る繋に向かって、ヒカルは「問題ねぇから安心して帰ってろ」と「シッシッ」と手を振って促す。
やがて繋は最後まで心配を胸に、シグルたちが待つ拠点の方へ飛び去っていった。
その背中を、ヒカルはしばらく黙って見送っていた。
その背中が完全に見えなくなった頃、ヒカルはふぅとひと息つき、少し奥まった裏路地へ足を向ける。
「ここまで寄ってこねぇなら、気づかれねぇのも当然か・・・・・・」
灰と血と焦げの臭いが漂うその一帯に、崩れた肉塊がいくつも横たわっている。
それはすべて、ヒカルが仕留めたClass3たちの残骸だった。
どれも致命傷を負い、既に動くことはない。
だが首は落とされず、胴も完全には断たれていないせいかまだ塵となってなかった。
「・・・・・・面倒くせぇな。まとめて塵にしてやるか」
ぼそりと呟くと、ヒカルは爪先を鳴らすように地面を叩く。
するとバチン!!と一筋の赤雷が、ゾンビの残骸に落ちた。
雷に焼かれたゾンビの残骸が微かに煙を上げる。
その光景を前にしばし立ち尽くし、ヒカルは風に揺れた髪を手で払いのける。
風に赤黒い雷が走る。
ヒカルはバイクを置いていた場所まで歩く。
「・・・・・・はぁ。もっと、今よりも強くならねぇとな。じゃねえとあの2人を守れねえ」
静かに息を吐くと、ヒカルの眼差しが鋭くなる。
そっと拳を握る。
(もう少し・・・・・・もう少しで掴める。この力の先にある力が)
ギラリとその瞳が金に煌めくと、空気が微かに震えた。
赤黒い雷がヒカルの身体を這い、奔流する力を飼い慣らすように、静かに弾ける。
(もっと先の力。あの頃の俺に出来て、今の俺に出来ねえ事はねえ)
今は雷を纏ったり放出することしかできない。 だが、本来は槍や剣など、様々な形状に変化させることができる。
そうすれば、攻撃方法が広がり、戦闘が楽になるだろう。
そしてその奥底で、もう一つの声が揶揄うように囁く。
『さて、てめえに出来るかな?』
ヒカルは鼻で笑い返し、独り言のように答える。
「はっ、黙って見てろよ。さっさと本来の力を取り戻してみせるさ」
そして、ヒカルは勢いよくバイクに跨った。
ヴオン!!とエンジン音を響かせ、アクセルを回す。
夕暮れの風を切りながら、彼は自分を待っているであろう繋の元へ向かい、家路へと急ぐのだった。
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