第12話:花の魔法使い(後編)
2025/8/12 全改稿+タイトル名変更
2025/10/26 加筆修正
ふわりと舞い降りる、影。
水色のシャツの裾が風に揺れ、瓦礫と風を纏いながら宙に立つ。
ワタリ繋が、四階からゆっくりと降り、広場上空に静止する。
周囲には無数の瓦礫。それらすべてが、彼の魔力で浮遊し、今にも飛びかかりそうに左右にクルクルと回っていた。
彼の瞳が、Class3を捉える。
「あとは───任して」
風に乗ったその声は、戦場の隅々まで響き渡る。
ギョロリ。
Class3のすべての目がぐるぐると動き、一斉に繋を捉えた。
「繋さん!!」
夏原が叫ぶ。
「フロス」
涼やかに唱えた言葉とともに、繋の前に薄い虹色のシャボン玉の結界が展開される。
精神干渉さえも受け流すその膜が、Class3の“視線”を受け止め、はじく。
Class3は自分の力が適用されない繋に、まるで「なんで?」とでも言うような声を上げながらも、何度も何度もその無数の目を繋に向ける。そして、凩に向けていた光線を繋に一斉に発射する。
次々と光線が繋へ向かって放たれた。
だが、全ての光線は繋の防御魔法によって受け止められ消失される。
可笑しい、おかしい、とまるで駄々っ子のようにClass3は声を荒げていくが、その声は可愛いものではなかった。何度やっても平然としている繋の姿にClass3が苛立ち、次に視線を夏原や凩へ移す。
「させる訳ないだろ」
繋が指を鳴らした瞬間、淡い泡膜のような結界が夏原たちの身体を包んだ。
「わッ!?」
「なんだこれは・・・・・・!」
何度も何度もClass3は目を動かす。だが、夏原達に覆われた繋の防御魔法によって、人を支配するその力は意味を成さなかった。
「谿コ縺吶?繝サ繝サ谿コ縺呎ョコ縺呎ョコ縺呻シ?シ?シ」
完全に攻撃手段を奪われ、Class3は子供のように両腕を振り回して癇癪を起こす。唸り声が響く。
その声に呼応し、Class2以下のゾンビたちがClass3の元へ引き寄せられるように集まってくる。モール内にClass1のゾンビと、凩が倒した爛れた熊といった存在や、ゾンビになった鳥たちが何所からともなく集まってくる。
誰がどう見ても絶望的なその状況に誰かが声を漏らした。
「無理だ・・・・・・こんな大群」
そして、鬱憤をぶつけるように、Class3自身もその巨体で凩を含む警備隊に向かって突進を開始した。
が――繋の声が、そっと漏れる。
「クロークル(捻じれろ)」
ギュルルと瓦礫一つ一つに魔力が流れ込み、ねじれ、砕け、研ぎ澄まされる。周囲の瓦礫が槍へと変わる。
一瞬の静寂の後、繋はClass3に向け───指を鳴らす。
パチン───と乾いた指鳴らしの音とともに、無数の瓦礫の槍がClass3と他のゾンビ達へと飛ぶ。
三方向からの一斉砲撃。
斜め上から、正面から、足元から、槍状に変形した瓦礫の破片達が、暴風のようにClass3達を貫いていく。
その圧倒的な光景に凩や夏原たちは息を飲む。
「ギィィィイッ!!」
怪物が咆哮するが、攻撃は止まらない。
バギンッ!
鈍い音と共に、Class3の片腕が裂け飛んだ。
だが、繋は一度だけ深呼吸をすると、魔力をさらに解放する。風が渦を巻く。空気が、魔力の奔流と化して暴れ始める。
そして、ひらり――”赤い花の栞”が宙から舞い降りた。
「簡易式 概念抽出魔法」
「グラジオラス(剣を生成)」
まるで花びらのような魔力の粒子が、周囲に咲き乱れる。
誰もがその幻想的な光景に息を呑んだ。
それらが収束し、一本の“剣”を形成する。
「――《スヴェルザ(斬れ)》」
静かに、その名を告げた瞬間、花の剣が空気を裂いて飛ぶ。
次の瞬間――Class3の身体が真っ二つに裂けた。
音もなく崩れ落ちる肉塊。
風が、繋の周囲をなぞるように静まり返る。やがて彼は、そっと地面へと降り立つと、膝を着いていた凩と目が合う。
「・・・・・・間に合ってよかった」
繋はいつもの人を安心させるような柔らかい笑みを向ける。
凩は無言で頷くだけだった。
誰もが、息を飲み、その姿を見つめていた。
Class3すら圧倒する彼の姿に。
静寂の中、繋の周りに花びらを形どった魔力がまだ空気に残っていた。繋がそっと杖を下ろし、肩で息をつく。
(ふう・・・・・・ちょっと、無理したかな・・・・・・)
すると、真っ先に夏原が駆け寄ってくる。
「・・・・・・繋さん! 無事でよかった・・・・・・!」
目尻を下げた笑顔に、繋も小さく笑って返す。
続けて、凩の背後から救助隊と警備隊の面々がぞろぞろと集まり始める。
「わっ!」
「今の・・・・・・なんの異能なんですか!?」
「いや、それより・・・・・・すごすぎて、声が出なかった・・・・・・」
「マジで助けられた。ありがとう・・・・・・本当に・・・・・・!」
次々と感謝と興奮が入り混じった声が繋の元へ届く。だが、誰一人として繋を詮索する者はいなかった。
どういった異能の力か。なんで空を飛んでいたのか。先ほどの剣は何なのか。
彼らにとっては、今この場所の命を救ったという事実がすべてだった。
屈強な男たちが、目を潤ませて繋の背を叩き、笑い、何度も礼を口にする。
繋は少し戸惑いながらも、皆の顔をひとつひとつ見渡し、ゆっくりと頷いた。
「うん、こちらこそ。・・・・・・みんなが無事で、よかったよ」
人を惹きつける表情とその優しい声に、さらに人々の頬が緩む。
温かさと安堵が伝播していき、モールでの救出劇がこれで幕を閉じた。
◇
帰路に着こうとするトラック。
避難民が荷台に乗り込み、救助隊員たちもほっとしたような顔で座り込む。エンジンがかかり、発進の準備が整う。
繋は、一歩だけ離れ、目を閉じた。
夏原と凩達が無事に帰れるように他にゾンビが居ないか念のために感知魔法を発動する。
「・・・・・・これは・・・・・・」
気になる反応に繋は目を細める。
右、後方――二十メートル。左、ビルの影。そして正面、崩れた工場後。
(・・・・・・Class3が3体!!)
生き残りだろうか。今は動かず潜んでいるが、放っておけば、こちらにやって来て、また誰かが被害にあってしまう。
繋は、トラックに向き直り、小さく手を振る。
「誠一くん、ごめん・・・・・・先に帰ってて。僕、ちょっとだけ、残るから」
「え? 繋さん?」
夏原が声を上げるも、それに繋は穏やかな笑みだけを返す。
「大丈夫。すぐ追いつくから!」
「ま、待ってくれ、どういうこと――」
けれどその言葉の途中で、繋の足元がふわりと浮いた。重力を逆転させる浮遊魔法。体を覆うように風が巻き上がり、衣服がゆるやかにたなびく。
瓦礫の上空へ、すうっと舞い上がるその姿は、まるで風そのもののようだった。
「繋さん!!」
夏原の呼びかけを背に受けながら、繋は空へ飛び去る。わずかに振り返り、冗談めかすように言った。
「この辺はもう安全そうだったから。心配しないでーー!」
それだけ告げて、やがて一点となって遠ざかる。
夏原は悔しそうに眉を寄せ、だがその隣で凩が静かに言った。
「今は自分達に出来る事をやるだけだ」
そう言われて夏原ははっとした。
「そうですね。俺も、やれることを」
救助者たちを守るべく、凩と共にモールを後にする。
──そして。
繋は急速に高度を上げ、魔力感知に集中した。
被害が出る前に早く対処しなければと、繋は該当の地点までスピードを上げる。
(・・・・・・いた。それもClass3・・・・・・!)
廃工場跡に辿り着くと、突如として閃光が走った。
「──ッ!?」
場所を確認し到達地点に降りようとしたその瞬間、赤い稲光が強烈な光とともにズガァン!!と重低音の衝撃が辺りを揺るがす。
(なんだ・・・・・・!?)
砂埃と爆風が舞い上がり、繋は砂が目に入らないように手をかざし防ぐ。
少し時間がたち砂埃も落ち着くと、繋は突然の事に驚きつつ衝撃音が鳴り響いた方を向くと
そこには、雷の残光と焦げた空気を纏った影が立っていた。
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