第12話:花の魔法使い(前編)
2025/8/12 全改稿+タイトル名変更
2025/10/26 加筆修正
(き、気まずい・・・・・・)
この日は夏原の救助隊と共に、救難信号を受けて救出に出ていた。
軽トラの荷台には繋と夏原、頬に古傷が一本あり印象的な凩という名前の自衛隊出身の男と他数人が乗っていた。
出発する前に、ヒカルから「俺も行く」と何度も言われたが、「大丈夫だよ」とへらりとかわし、繋はここにいる。ちなみに、菊香からは「無理したら今度は私が怒るからね」と釘を刺されており、繋は肝に銘じていた。
ガタンゴトンと荷台が揺れる。ダイレクトに腰に響く鈍い痛みを我慢しながら、繋は周囲の人間をちらりと見渡す。
屈強な男たちの中で、決して華奢というわけではないが、いかにも戦闘ができなさそうな若造が一緒に乗っている状態に、繋は何とも言えない表情でこの場違い感を受け止めていた。
(いつもは救助隊の人たちとばかりだったから、警備隊の人たちと一緒に行動するのは初めてだし仕方ないか)
緊迫した雰囲気の中で、繋は過去の仲間の事を思い出してしまう。決して、今の状況を悪いと思っている訳ではない。ただ、こうもコミュニケーションが無い殺伐とした雰囲気に、居心地悪く感じるのはしょうがないのだ。
そんな中だった。
「夏原、その男は?」
1人の男、迷彩柄の軍服を身にまとった凩が夏原に声をかけた。
「あ、ああ・・・・・・彼は、渡繋と言います」
「ちがう。なんで、そんな若造が此処に居る」
若造という言葉に一瞬、夏原が固まる。
若造とは誰の事だと一瞬脳内をよぎるが、すぐさま隣に座っている繋の事だと思い出す。
あれから半月ほど近く、一緒に行動する事が多かったせいもあり、すっかり繋が実は30歳と言う事を忘れていた。
繋の素性を知っているのは、現状ヒカル達を除き、夏原と晴斗だけなのだから致し方無いのかもしれない。シグルが異世界の人間で、能力者とは別に”精霊術”という異世界特有の超常の力を扱う事は京都の拠点内の人間全員周知の事実だ。
だが、”彼が”魔法”という超常の力を使う事は別だ。むやみに教えない方が良いと夏原は考える。どう答えるか言葉を探していると凩の方か先に話しだした。
「なんだ、能力者か?」
じゃないと、この場に連れて来させないだろうと凩は言う。
その言葉に、夏原は繋と初めて対面した時の繋の言葉を思い出す。
(そういえば、初対面の時も繋さんは、念動力の力だって誤魔化していたな)
ちらりと夏原は隣に座っている繋を見ると目が合った。その目は夏原に任せるといった視線だった。
繋は夏原に笑う。
繋自身、シグルの存在が知れ渡っているのだから、自分が魔法が使えるという事は別にバレても良いと感じていた。
だが、夏原の胸にはシグルから語られた繋の後遺症があった。
魔法を使う度に、身体に負担と損傷が発生している。その度に無意識に自分に回復魔法をかけていると。
(あのひび割れたような傷痕を、胸から鎖骨までに伸びるあの傷を見てしまった)
(その後遺症を知っているから言いたくないのもあるが、それだけじゃない・・・・・・)
この間、初めて2人で救助活動をした時に、夏原がClass2の攻撃を受けかけた際に咄嗟に繋が夏原の前に出た事があった。
(その時は、繋さんがすぐに攻撃してくれたおかげで、事なきを得た。でも一度ではなく、何度も自分の身体で庇おうとした。それも“魔法”を使わずに)
魔法を使えば良いのに、必ず咄嗟に自分の身体で守ってしまう。
(ヒカルさんと菊香ちゃんが過保護に心配する理由が今は分かる)
(フィジカルも能力も優れているのに、なぜ?と思っていた。しかし、今その理由が分かった。──この人には、自傷行為の癖があるんだ)
それに加えて、笑顔で何事もなかったように事を終わらせてしまう。さらに、繋一人でも何とかできるほど強いため、たちが悪い。
現状、彼の強さについてこれるのは、同じようにClass3を難なく倒せるヒカルだけだった。
夏原はヒカルがシグルからの依頼で2体のClass3を倒しに行ったときに同行した。その光景が目に焼きつくほど、ヒカルの強さは圧倒的だった。
繋が柔なら、ヒカルは剛だ。赤雷をまとう彼は、雲を翔ける雷のようにもの凄い速度と威力でClass3を倒していた。
(・・・俺も、ヒカルさんのようにに早く強くなって、この人の隣に立って・・・)
そこまで考えて、夏原は立ってどうするんだと自問自答する。
暫く考える。しかし、直ぐには答えが出ない。すると、凩が「おい、どうした」と様子を確認するように聞いてくる。
(・・・今はまだ)
凩の質問に回答する。
夏原の答えはこうだった。
「そうです。彼は熟練の能力者なので連れてきました」
◇
時は少し経ち、繋達を乗せた救助用の軽トラは大型のモールへ辿り着いた。それぞれ、武器や救助道具を十二分に用意し隊員達は荷台から降りていく。
先に夏原と凩達が降りた後、2人はそれぞれの隊員に今回の救出方法について作戦を他の隊員達に説明していた。
(ぶつかり合ってからというもの、誠一くんの表情がより引き締まった気がする)
責任感と決意が、彼の中で一層強まったのが見て取れた。真剣な表情で説明を続ける夏原の姿は、かつての迷いを払拭し、リーダーとしてさらに成長していた。さらに異能を開花させたことで、彼は、新たな責任を担う覚悟を力に変えている。
その気持ちが、周囲に伝染するように隊員たちにも自信と希望を与えていた。
繋はその成長を嬉しく思うと同時に、感慨深げな顔になる。
(良い事だけど、彼は僕と同じで責任感が強いから、責任感に潰されないようにフォローしなきゃだなあ)
そして、繋はもう一人の男の方を見る。
彼の名前は凩信賢。彼は警備隊のリーダーだった。京都の拠点を守る警備隊。そして救助活動をする際の攻撃の要となる隊。
夏原が陽だまりを感じさせるのであれば、凩は威風堂々と立ち尽くす木という感じがした。
また、夏原から聞いた話では凩は能力者だと繋は聞いていた。
寡黙で武骨な雰囲気の彼はどんな能力を使うのだろうと、繋は気になっていると、作成会議が終わったのか夏原がコチラに歩いてきた。
「誠一くん、会議お疲れ様。僕はどっちの隊に付いて行った方が良い?」
「ありがとうございます。繋さんは自分と一緒に付いて来てくれ」
モール内のゾンビ達は凩達が対処してくれるとの事で、その隙に救助隊が隠れている避難民を助けるという事だった。
そして、繋の役割は救助隊のバックアップ。
救助中にゾンビが襲ってきた時は、繋が活躍する番という事だ。
「了解。任しといて」
繋はこそッと言いながら夏原にウィンクをする。
「・・・・・・無理はしないようにな」
「え? まるで僕が無理するような感じで言ってるけど、君もだからね?」
「ッそれを言われると痛いです」
ニンマリした表情で、繋は夏原をからかうように微笑んだ。二人の間に漂う信頼と友情が、この緊張した状況でも心を軽くしてくれる。
そんな彼らのやり取りを聞きながら、別の部隊の隊長が確認するように声をかけた。
「・・・・・・おい、そろそろ行くぞ」
その一言に、全員が一斉に動きを開始した。
繋達はモール内へ向かった。
凩率いる警備隊が先頭になり、中へ入っていく。
モール内の1階は広い広場となっており、その中に既にclass1とclass2が蔓延っていた。
中に入った事で、ゾンビ達はコチラの存在を認識する。ぐるんと損傷した顔が気味悪げに凩達の方へ向いた。
大勢のclass1が向かってくるが、凩を除く警備隊が武器を武器をもって制圧していく。
統率のとれたその動きに夏原の後ろから素直に感心していた。
すると、物を薙ぎ倒すような音が奥から聞こえた。鈍く、重たそうな音が、どしん!どしんとゆっくり此方に近づいてくる。
誰かが怯えたように呟いた。
「・・・・・・熊型のclass2だ」
その巨体は以前ヒカルと遭遇した猪と比較のならない大きさだった。その巨体はゆうに3mを超えており、長く鋭く尖った凶刃な爪からは、赤い血が滴り落ちていた。
熊がとある一点を見つめると、足を踏み鳴らす。
こちらに突進してくる予兆だ。
繋はすぐさま杖を出そうとするが、夏原に止められる。
凩にclass2が襲い掛かる。いかに屈強な彼であっても、3mを超える熊には太刀打ち出来ないだろうと繋は思っていた。未だに手を離さない繋の手を掴む夏原に繋ぐは不安そうな顔で見上げた。
彼はこくりと静かに頷くだけだった。
夏原の瞳には、大丈夫だと表情が告げる。
(彼はどんな能力を使うんだろう?)
その時だった。どん!!とぶつかる衝撃音が響く。衝撃音方へ顔を向けると、そこにある光景をみて繋は確かに杞憂だったと思った。凩は向かってくる巨体を両手で受け止めたのだ。そして、次にはその巨体をなぎ倒す。
巨体がうなり声をあげ、起き上がり、次の瞬間鋭い爪が凩へ襲った。ヒュン!と空気を削る風切り音が聞こえる。
凩は構える様に左腕を上げる。普通なら間違いなく、その腕ごと上半身共に吹き飛ぶ筈だが、その爪は凩の腕でガガガガという軋む音を立てながら、止まっていた。
いや、どちらかというと鍔迫り合いに似ていた。
その瞬間、びゅうと風が吹き、風が繋の頬を撫でる。
モール内に風が吹き始める。
吹き荒れるような風はモール内を縦横無尽に駆け回り、一人の男の左腕に収束されていく。そして、それは風の刃となる。
容易く人間をスライス出来るであろう爪を凩が弾く。
そして、「ふん!」と力強く足を蹴り上げる。その瞬間、風を纏った健脚が刃となり屍の身体を真っ二つと化した。
一瞬の静けさ。その中から大して変化のない感情で凩が「終わらせたぞ」と此方を振り向いて言ったのだった。
風の余韻がまだ肌に残る中、凩が淡々と振り返る。
「終わらせたぞ」
その言葉とともに、周囲に緊張が走ることもなく、ただ粛々と隊は再び動き出す。
「相変わらず凄いな、あの人」
夏原が小さく呟いた。誰にともなく漏れたその言葉には、畏敬というより、仲間としての信頼と安堵があった。
「警備隊は一階の掃討に専念。救助隊は避難民の確保に回るぞ」
凩の号令に応じ、夏原が仲間たちに指示を出す。
「避難民は二階、フードコート裏のバックヤード。繋さん、こっちだ」
繋が「OK」と応じる。二人は先頭を切って瓦礫の山と化したモール内を進んでいく。
フードコートを抜け、厨房奥のバックヤードへ辿り着くと、ほのかな明かりとわずかな物音。
夏原がすぐに扉の前に立ち、優しい声をかけた。
「救助に来ました! 中に誰かいますか!」
しばしの沈黙。やがて、戸の隙間から、かすれた声が返ってくる。
「・・・・・・た、助けて・・・・・・」
「繋さん、警戒頼む」
「了解」
繋は杖を構え何時でも魔法を使えるように準備をする。その間に夏原が慎重に扉を開く。
中には、十数人の避難民。すすけた顔に、小さく肩を震わせる子供。目を潤ませた女性が夏原に縋りついた。
「ありがとうございます・・・・・・本当に、ありがとうございます・・・・・・!」
「もう大丈夫だ。オレたちが来たからには、全員、無事で帰します」
しっかりと、言い切ったその声に、人々の表情が和らいでいく。繋も子供の前にしゃがみこみ、優しく声をかけた。
「みんな、怖かったよね。でももう大丈夫。一緒に帰ろう」
子供たちがうなずく。
その時――不気味なうめき声と共に空気が揺れた。
「来る・・・・・・!」
繋が即座に振り向き、手を伸ばす。Class1のゾンビが別ルートから迫ってきていた。
「繋さん!」
繋は返答する間もなく、すかさず浮遊魔法で浮かせた瓦礫軍をClass1のゾンビにぶつけていく。
それだけではない。浮かせた瓦礫を器用に使い、後方で逃げている救助隊と避難民にゾンビの手が届かないように瓦礫のバリアを張っていた。
「俺も!!」
そう言うと、夏原は周りにビー玉ぐらいの大きさの水玉を複数生成する。
夏原が「発射!」と言葉すると、一斉に沢山の水玉が休息回転し弾丸のようにビュン!!と勢いよくゾンビに向かって放たれる。
水玉はゾンビ達の足、同大、頭を軽々と貫通して、繋の浮遊魔法で飛ばす瓦礫とともにゾンビを制圧していく。
だが、どんどん増えていくゾンビ。
後ろには夏原の部下たちが避難民の治療が終わったようで、夏原に「こちら、治療完了!!」と叫ぶ。
「ここは任せて。夏原くん、避難民を連れて先に!」
「だけど――!!」
「大丈夫。すぐ追いつくから」
夏原は1人ここに、繋を残していきたくなかった。いくら彼が強くとも、過去に自分を置いて犠牲になった仲間達の事を思い出してしまう。
「誠一くん」
そんな夏原に、穏やかな声が向けられる。
「大丈夫」
「ク・・・・・・ッ!! 絶対追いついてきてくれ、繋さん!!」
「もちろん!」
夏原が避難民を率いて通路奥へと走る。振り返らずに、ただ前だけを見据えながら。
後ろでは、風の音がうねり、ゾンビたちが弾き飛ばされていた。
夏原の胸に宿るのは、焦燥でも不安でもなく、ただ強い決意だけだった。
(今のオレじゃ、繋さんの背中にはまだ届かない。でも、必ず――隣に立って見せる)
避難民を全員引き連れて、夏原が階下へ戻ったとき――モール一階の広場では、凩たち警備
隊が応戦していた。
相手は、数十体に膨れ上がったClass2のゾンビ群。
それでも凩を中心とした布陣は乱れず、包囲されながらも寸分の隙を見せずに対処していた。
だが、夏原の背筋に、ぞわりと冷たい何かが走る。それだけでは終わらない気配を感じ取る。
――ずずず。
崩れたエスカレーターの奥から、引きずるような音が地響きと共に迫る。
「っ・・・・・・来るぞ、あれは・・・・・・Class3だ・・・・・・!」
誰かの声が震えた。
現れたのは、ゾンビというよりも“異形の怪物”だった。
左右非対称に肥大化した腕、頭部であろう場所には無数の目が密集していた。おぞましい存在感が広場の空気を支配する。
凩が真っ先に動いた。
風を纏った脚で距離を詰め、一閃を放つ――だが。
その動きが突然ピタリと止まり、ズガン!!と凩の身体は壁際まで吹き飛ばされる。
「──────かはッ!!」
Class3の巨大な腕に真正面から弾かれ凩はその身体に重い一撃を受ける。
凩が吹き飛ばされた瞬間、現状の状況に追いついた他警備隊全員が一斉に攻撃態勢に入る。
各々がジャキッと銃を構える。引き金を引こうとするも、ガッチリと固まったかのようにトリガーを誰も引くことが出来なかった。
その光景に夏原はヤバイと感じる。
「っ、下がれ――ッ!」
夏原が叫ぶ。しかし、警備隊の誰もが身体を、動かせずにいる。
(もう既にアイツの術中にハマっているのか!??けど、何が!何が原因で皆は動けないん
だ!!)
夏原はClass3の動きを観察する。
すると気付く。“目”だ――Class3の全身に蠢く目が、同時に隊員たちを睨みつけていた。
無数の目が警備隊に向けられている事に気付く。
夏原が気づくのと同時に凩も同じように気付いたのか、凩が血で濡れた口元を拭い、なおも
立ち上がろうとする。
「くそっ・・・・・・あの目!あれに、見つめられると身体が動かせん――!」
すると、Class3の無数の目が一斉に凩に向けられた。
キィイイインという音とともに、黄色く発光する光線が目の前に円状に現れる。
それを見た瞬間、夏原の背中に冷や汗が流れる。
(おい・・・まさか、レーザーを撃つ気か・・・・・・!!)
(このままじゃ、凩さんが・・・・・・ッ!!)
夏原は即座に動き出す。 背後にボウリングサイズの水の玉が現れるが、相手の光線は今にも発射されそうだった。夏原は異能で生み出した水玉を発射しようとするが、距離も、威力も、時間も、すべてが足
りなかった。
これで、終わりか・・・と凩は目の前の光景を見て諦める。
黄色い光線がこちらに向けられている。
せめて、他の仲間達だけでも逃がすために足止めをして死のうと───そう心した。
そのとき。ふわりと花の香りがした。
ひらりと、またひらり。紫色のラベンダーの花びらが舞うように各々に降る。
「・・・・・・花?」
その花に触れると、なぜかClass3に睨みつけられて動かなかった身体が、再び動かせるようになった。しかし、誰もが思った、なんでこんな所に花が?と誰もがclass3の存在を忘れ、花の出どころを探す。
それは、吹き抜けの天井からだった。
夏原が「もしかして!」と見上げる。
───その瞬間。
スガガガガ!と上空から槍状の瓦礫軍がclass3とClass2に向かって次々に串刺しにしていく。
「なんだ!」と凩は目の前の光景に驚きつつ、瓦礫の槍が降ってきた上空を見上げた。
秋の穏やかな日差し。その眩しさに手をかざす。
「凩さん! 夏原くん大丈夫?!」
自分の名前を呼ぶ声がする。上空から降りてくる人物を見て、凩は驚く。
渡繋その人物が、広場上空――四階吹き抜けから降りてきた。
もしこの内容が良かったらブクマ・評価・リアクションしてくれますと飛び跳ねて喜んでるかも。




