第9話:祈願(後編)
2025/8/7 加筆修正
2025/10/26 題名変更+加筆修
場所は代わり、コテージ。
コテージの中、簡易的な台所に1人、黙々と野菜たっぷりのシチューとローストビーフ、そしてクロワッサンを1から作っている繋の姿がそこにいた。
繋は黙々と手を動かしながら、今日シグルからお願いされた事を振り返る。
「ケイ様達にはまず、南の難民キャンプに向って欲しいのです」
「他のキャンプじゃなく、南のキャンプに向かう理由を聞いても?」
「ええ、まず西の拠点は、以前顔合わせをした際にリーダーが比較的温和な方でした。協力が得られる見込みが高いため、後回しでも支障はないと判断しました」
「東の拠点は軍事的な面が強く、もし協力を得られれば心強い味方となるでしょう。ただ、リーダーが独裁的で、内部で分裂の兆しがあるとの情報もあります。視察に行くには危険が伴いますので、こちらも後回しにすべきでしょう」
「すると、南は?」
「南の拠点は遠見の精霊術等を使っても、誰がリーダーで、どんな思想を持つ拠点なのか、まったく把握できないのです。だからこそ、真っ先に調査すべきだと」
シグルはホワイトポードにキュッキュッとマーカーを引いたり、書きながら説明をしてくれた。
張り詰めた空気の中、夏原が手を挙げた。
「話を聞いてると、西を先に押さえたほうが良いとおもうのですが・・・・・・」
もっともな疑問に、ヒカルたちも頷きかける。
だが、しかし───
「優先すべきは、情報の不透明さを除去すること。それが最も合理的かと」
「もう少しドライに言えば、曖昧な要素は先に潰しておいた方が効率的です」
シグルは表情を変えず、淡々と、しかしキッパリと冷淡な口調でそう言い切った。
出会ったばかりの頃と同じ、静かだが鋭い言葉の刃。その一言に、繋以外の全員が思わず緊張する。
そんなシグルに、繋はというと、苦笑しながら見ていた。
(相変わらずだあ)
繋は相変わらずの判断力だと微苦笑する。さすがは、勇者一行の支援部隊リーダーで、そして──
“先代のエルフ王”だ。
本人はヒョードルの後釜だと謙遜していたが、そんなものは肩書きに過ぎない。人を動かし、大局を読む力は本物だ。
・・・・・・ただし、その本人なのだが──
「きゃーーっ!! 念願の久しぶりのケイ様の手作りご飯ですわーっ!」
このように、全力で、はしゃいでいた。
そんな姿に、ヒカルも菊香も呆れ顔だった。
また、繋の作るご飯は美味いのだと繋の料理の魅力を熱弁するシグルにつられて、夏原と晴斗もコテージに足を踏み入れていた。
「ONとOFFの差が激しすぎて怖いよ~・・・・・・」
晴斗の呟きに夏原も菊香も心の中で同意した。とくに夏原は、真面目なシグルしか知らなかったため、あまりのギャップに戸惑いを隠せなかった。
「ったく、おめえが騒がなければ、ゆっくりと3人で飯を食べれると思ったのによ」
ヒカルが頬杖を突き悪態をつく。
そんなヒカルに菊香は「ダメだよおじさん、本当の事でも口にしちゃダメ」と肘で突きながらたしなめた。
((に、似た者同士だ))
そんな2人の姿を見て、夏原と晴斗は心の中でシンクロする。
「そんなに期待されても、期待以上の物は出てこないよ~」
繋は自分が作るものは至ってシンプルな家庭勝利ばかりのため、目新しさも何もない事に軽く肩をすくめて、茶化すように言った。だが、その言葉はすぐさまヒカルに否定される。
「いや、あの一か月、朝昼晩とお前の作ったメシを食ってたけどどれも美味かったぞ」
「そうそう! お店の味とかじゃなくて、お家の味っていうのかな? ほっとする美味しさなんだよね」
ヒカルと菊香にそんなふうに褒められて、繋は「あ、ありがとう」と耳まで赤くしながら返した。
バンッ!――勢いよくテーブルを叩く音が響く。
「まさか! お二人とも朝昼晩全部! ケイ様の作ったご飯を食べていたなんて!」
「なんて羨ましい!!」
「怖えよ!!!!」
テーブル席から身を乗り出し、鬼気迫るシグルに、ヒカルは逃げるように身体を後ろに反らした。
「失礼・・・・・・あまりの羨ましさに、怒りが・・・・・・」
ヒカルがさっさと戻れよと手でシッシッと手を払うように追い返す。
そんな様子を笑いながら、夏原が言った。
「お三方がそこまで言う渡さんのご飯、食べるのが楽しみです」
その隣で「自分も」と首を縦に振る晴斗。
「そういえば気になってなんすけど、シグルさんは野菜以外でも食べられるんすか?」
晴斗の疑問にシグルは首を傾げる。
「ああ──。そう言えば、以前も聞かれた事がありましたね」
シグルは晴斗の質問に口に手を当てて、くすりと綺麗に笑う。
「こちらの世界での創作上のエルフは菜食主義らしいですが・・・・・・」
シグルは間を開けると、溜める様に
「私は、なんでも食べますよ」
と、微笑んだかと思えば、
「だって! 食べ物は美味しければ、美味しいほどいいですからね!!」
と、目を輝かせ、言い放った。
「な、なるほど・・・・・・」
余りの熱量に晴斗は驚いて固まってしまい、ヒカルがぼそりと「菊香と同じ食いしん坊じゃあねえか」と呟いた。
「んんん?? なんて言ったのかな?」
その呟きを拾った菊香は、「ねえねえ!」とヒカルを問い詰めるも、笑って誤魔化され明後日の方向を向かれる。
「はいはい! お待たせ。うちの家で採れた野菜たっぷりのシチューと、ローストビーフに焼き立てのクロワッサンだよ~」
がやがやと賑わう食卓に、わざと大きな声でご飯の合図をかける。その声に反応した各々はテーブルにきちんと座り直す。
「あつあつだから、気を付けてね」
そう言うと、繋はテーブルの上に浮遊魔法で次々とお皿やスプーンを並べていく。そして、メインのシチューとパン、そして簡単なサラダを各々の目の前に並べていつた。
「わ、すごっ! マジの魔法だ!」
目を輝かせながら興奮する晴斗に菊香は「だよね!」と共感しお互い笑いあう。
そんな子供2人に4人の大人は微笑ましく見つめていた。
色とりどりのシチューに、バターが香るクロワッサン。それだけで、お腹の音が鳴りそうになる。
ちなみに、京都拠点ではシグルの精霊術によって土地を耕すなどの整備が行われており、繋の祖父の家同様、インフラは整っている。そのため、こうして栄養豊富な食事を楽しんでも罪悪感はない。
「では、それでは──」
繋が静かに目を伏せ、一瞬だけ遠い何かを思い出したような表情を浮かべる。
だがすぐに微笑み、顔を上げた。
6人が一斉に手を合わせた。
「いただきます」
シチューを頬張りながら、菊香はがやがやと賑やかな食卓を眺めていた。
3人だけの食事も好きだったけれど、こうやって新しく出会った人達と、大勢で賑やかにご飯を食べるのも良いかもしれないと菊香は思った。
ふと、スプーンを持つ手が止まる。
空中で揺れるそれを見つめながら、彼女は思う。
(次行く拠点では・・・・・・少しでもゾンビ化について、何か分かればいいな)
シグルから聞かされた“大災害”の話は衝撃的だったが──それでも、ゾンビウイルスの根本原因は謎のままだった。あのシグルですらゾンビ化の原因が分からないと言うのだから、先はまだまだ長いのかもしてない。
そう思うと、菊香は心の奥底でため息をつきたくなった。
でも、それでも。
少しでも進んでいると良いな。と菊香は思う。
自分たちの旅はまだ始まったばかり。
少しずつだけど、きっと何かを掴んでいる。
そんな気がする。
これから向かうのは、まだ誰も知らない場所。どんな景色が待っているかはわからない。
けれど。
──今日みたいに笑っていられるなら、大丈夫かもしれない。
小さな不安と、大きな希望を胸に。
菊香はそっとスプーンをすくい、あたたかなシチューを口に運んだ。
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