第8話:義伯母(後編)
2025/8/7 加筆修正
2025/10/26 題名変更+加筆修正
「シグル、儂はどうすれば良いんだろうな・・・・・・」
「兄様・・・・・・」
「あの子に。ケイに、自分を大切にしろといくら言っても、いくら説明したとしても、あの子の心には届かないんだ」
あの時代のセプネテスは過酷な時代だった。ただでさえ平和な世界で育ち、戦い方を一切知らない繋が生き抜くには、あまりにも苛酷だった。だからこそ、率先して身を守る術を、ヒョードルは繋に教えた。
それがきっかけで、繋は“魔法”を覚えるようになってしまった。
幼い頃から共働きの両親に迷惑をかけまいと、何でもひとりでやろうとしていた繋は、助けを求めるという選択肢すら持たなかった。
その上、最初で最後の喧嘩のあと、突然両親と死に別れた。その罪悪感と後悔は、彼の中に深く根を張り、いつしか「自分が傷ついても他人を助けようとする」――そんな、自己犠牲と利他的行動を無意識に選ぶ性格を完成させてしまった。
彼は、自分の身体を傷つけ、手を加え、両親に一目会いたいという一心で魔法を熱心に学んだ。
幻想の中で笑う両親に会うために。
───真実は、もっと暗く、思い出さない方が良いのに。
けれど、魔法は万能ではない。
死者に会うことなど、絶対に不可能なことだった。
ある日、それを理解した繋は、死者に会うためだけに費やした熱意を――そのエネルギーを、別の方向に、”他人の為に”向けることにした。
「戦う術を教えるべきではなかったんだ・・・・・・」
その選択が、後にヒョードルが最も後悔したことだった。
「もっと、傍に居てあげればよかった・・・・・・。たくさん会話をして、くだらないことを一緒に楽しめばよかったんだ・・・・・・」
シグルは、ヒョードルの後悔をよく知っている。そして繋と共に行動していた頃、彼の行動を直接目の当たりにしたこともあった。
(私が大きな怪我をした時には、魔力が枯渇するまで回復魔法をかけてくれましたものね・・・・・・)
最初は健気な行為に見えたそれは、同じようなことが起こる度に、徐々に頻度を増していった。
(怪我をすれば率先して回復魔法をかけ、攻撃を受けそうになれば身を挺し庇い、魔力が枯渇すれば禁呪を使って自分の生命エネルギーを魔力に変換してまで戦う)
その後遺症で、彼の髪の一部が赤く染まっているのも、禁呪を酷使した結果、色素が壊れたためだった。
(それでも――彼の存在があったからこそ、セプネテスは救われたのだ)
───あんな家庭で育ったのにも関わらず。
いつの間にか見つけていた優しさと包容力で、異種族との垣根を越え、仲間達を得ていった。そんな彼が属した勇者一行は多くの人々や種族を救う事となった。
シグルにとって、繋はまさに大恩人だった。
だから、今度は自分の番だと、彼女は心に誓うのだった。
ヒョードルも、他の彼の仲間達も居ない今、少しでも繋が無理をしないように、出来る限り支えようと。
──────その時、ガサリと草を踏む音が響いた。
繋とシグルは一瞬で反応し、音の方向へ警戒を強めながら、身構える。
茂みから現れたのは、数体のClass1とClass2だった。
「・・・・・・やはり、中央から離れると結界の効力も薄まりますか」
「ケイ様、まだあなたは病み上がりなのですから、ここはわたしに──────」
そう言いかけた瞬間、シグルは目を見張った。
ゾンビたちは反応する間もなく、地面から伸びた無数の土の槍に貫かれ、塵となって霧散していったのだ。
ちらり、と視線を繋へ向ける。
そこには、片手に短杖を持ち、無言のまま腕を敵へと伸ばし、微動だにせず立つ繋の姿。静かで、冷たいほどに落ち着いたその態度が、却って異様な迫力を放っていた。
(・・・・・・なんという反応速度。そして、無詠唱にも関わらず・・・魔法の発動に、一切の遅れがない)
驚愕というより、畏怖に近い感情が、シグルの胸に広がる。
しばらく会っていない間に、繋の魔法は想像を超えるほどに洗練されていた。
こちらの視線に気づき、繋は小さく「あ」と声をもらす。
「あ、ごめんなさい、シグルさん・・・咄嗟に対処してしまって・・・」
しゅん、と肩を落としながら申し訳なさそうに謝る繋に、シグルは思わず苦笑した。
「謝る必要など、どこにもありませんよ」
(まったく、他人の事ばかり気にする癖は相変わらずですね)
(支えると決めたばかりなのに、こうも簡単にお1人で対処されるとは・・・・・・私もまだまだだ精進が必要です)
少し反省をにじませつつも、シグルは気を取り直す。
「病み上がりというのに、無理をなさっていないですか?」
「あ、うん・・・・・・。昨夜の魔力枯渇もあって、また使える魔力量が増えたみたいだし、大丈夫そう」
「そうですか。しかし、無理はなさらないで下さい」
「ははは、そうだね・・・・・・。うん、気を付ける」
此方に目を合わせず、下に目線を向けたままの返答に、シグルはふと、ヒョードルの言葉を思い出す。
──────『どれだけ心配しても、注意しても、あの子には届かない』
(なるほど、これは確かに難儀ですね・・・・・・)
改めて繋の性格が厄介な事を認識していると、遠くから声が飛んできた。
「あっ、いたいた! おじさん、繋さん居たよ~」
「はあ・・・・・・。起きてたなら言えよ」
シグルと繋が話をしていると、後ろから自分の名を呼ぶ声が聞こえ、2人は同時に後ろを振り向いた。
「ヒカルさん、菊香ちゃん!」
繋に駆け寄る2人と、「ごめんね」と穏やかに笑って謝罪する繋を見て、シグルは隣で微笑んで見ていた。
「へえ、あんたソイツの前では、雰囲気が更に変わるな」
そんな姿を近づいて見たヒカルは昨日の独壇場な性格のシグルと違い、柔和な態度で繋に接しているシグルを見て驚く。
そんな、ヒカルにシグルは綺麗な顔で笑いながら爆弾発言をする。
「わたくしは彼の母でもありますので」
「へ?」
「は?」
「違います!!」
繋が何を言ってるんだという表情でシグルに強く突っ込んだ。
「ヒョードル兄様が養父であるなら、わたくしを母と呼んでも良いのですよ」
揶揄っているのか、本気なのかどちらとも読み取れない声で話すので、繋は頭を抱えそうになった。
「・・・・・・気持ちだけ頂きますね」
シグルは「むう」と頬を膨らまし不服そうな声をあげたと思ったら、すぐに「そういえば、此処に来た理由が他にもありました」と思い出したように声を上げる。
「いや、昨日と変わんねぇわ」
そんな彼女の切り替えの早さに繋は困ったように眉を下げ、怠そうにヒカルがぼやくのだった。
「そういえば小屋の方ですが、直しにきたのですよ」
4人はシグルに着いていくような形で小屋の方へ歩いていく。そんな途中でシグルはふと昨日はどうやって過ごしたのかと2人に尋ねた。
「皆様昨日はどのように過ごされたので?」
小屋は雨風が凌げれば良いレベルの小屋だったのと、テント等を貸そうと思っていたら、直ぐに校長室から出たヒカルに声を掛ける事が出来ず、野宿で一日を過ごさせてしまった事にシグルは気に掛けていた。
「繋さんが軽トラックに魔法をかけて、中をキャンピングカーのようにしてくれたので快適でしたよ」
「なるほど。と言いますか、相変わらずそういった魔法はお手の物ですものね」
「そうなんです! 繋さんの魔法って物語の中の魔法使いのような魔法が多くて素敵なんです!」
嬉しそうに笑う菊香に、シグルは首を傾げる。
「物語の・・・・・・魔法使い、ですか?」
菊香は少し考えた後に、地球ファンタジー作品などに登場する魔法使いは、困ったときに現れて助けてくれる存在で、魔法の力で問題を解決したり、必要なものを作り出してくれるのだと説明した。
それを聞いたシグルの反応は――
目を輝かせ、「まあ!」と感嘆の声を上げた。
「それはまさに、ケイ様にぴったりではありませんか!」
彼の魔法は、異世界でも珍しいものだとシグルは説明した。あちらの世界では、攻撃魔法が主流で、生活魔法を開発する者はほとんどいなかったという。
さらに、地球のテクノロジーを知っている繋は、それらを魔法という形で再現できるように、長年の鍛錬と魔法開発に励んできたのだ。
繋の話題で意気投合したのか、昨日まで微妙な距離感だったシグルと菊香はすっかり打ち解け、異世界やエルフのことなど様々な話に花を咲かせていた。
そんなふたりの賑やかな会話を後ろから見守るように、ヒカルと繋の大人二人が静かに後を歩いていた。
ヒカルと繋は少し距離をとって、その様子を見守りながら話す。
「はは・・・・・・お前のことで盛り上がってるな。ファンタジーものの魔法使いってのは、言い得て妙かもな」
ヒカルは、繋の“利他的すぎる”在り方には未だ納得できないまでも、その優しさに幾度となく救われてきたことを、確かに感じていた。
しかし、その言葉に返ってきた繋の声は、いつものものではなかった。
「・・・・・・そうでもないよ」
かすれた声。視線は定まらず、どこか遠くを見つめているようだった。
その表情には穏やかさも柔らかさもなく、冷たい影が差していた。
ヒカルは、ぞくりとした感覚に襲われる。
(・・・・・・なんだ、今の顔)
思わず「おい」と声をかけようとしたそのとき――目的地に辿り着いてしまった。
「この小屋を直すなら僕がやろうか?」
繋が手を差し伸べようとするが、それをシグルがやんわりと制した。
「いえいえ。昨日まで倒れていた方がまた無理をしてはなりませんよ」
「・・・・・・そうですか」
少し子どもっぽい不満の表情を浮かべながらも、繋はそれ以上は何も言わず、一歩退いた。
「精霊術って、どんな感じなんだろ」
興味津々な菊香がシグルを見上げる。
「ふふ。ではご覧くださいませ」
シグルはにこやかに微笑むと、空気を切り替えるように、凛とした声音で詠唱を始めた。
それは“唱える”というより、自然に“語りかける”ような声だった。
「この地に根付く地力よ、力を貸したまえ」
すると、シグルの周囲に淡い水色の光が集まり、塵のように輝きながら宙を舞う。大地が応えるように隆起し、やがてその土はうねり、形を成していく。
「ご、ゴーレムだ!!」
菊香が興奮を隠しきれず、叫んだ。
土のゴーレムたちがのっそりと動き出す。シグルはさらに風を手足のように操って木々を削り、器用に木材を作り出す。
ゴーレムたちはその木材を持ち、手際よく組み上げていく。古びた木片は土へと還され、新しい木がその埋め合わせのように据えられていった。
やがて、完成したのは、自然と調和するような美しいコテージだった。
木の香りと、柔らかな風が通り抜けるような温もりを感じさせるその佇まいに、菊香はしばらく言葉を失った。
「・・・・・・すごい・・・・・・!!」
感嘆の息とともに、彼女は満面の笑みを浮かべてシグルに深く頭を下げた。
シグルはその様子に頷き、柔らかく微笑んだ。菊香はそのまま駆け出すようにして、我先にとコテージの中へと入っていった。
「ケイ様の気持ちが少し分かった気がしますわ」
「でしょう」
繋も思わず微笑んでしまう。彼もまた、嬉しそうにその光景を見守っていた。
「それと、シグルさん・・・・・・」
「なんでしょう? やっぱり、母と呼びたくなりました?」
「違いますっ!! って、そうじゃなくて・・・・・・今さらになったけど・・・・・・」
「───生きててくれて、本当に・・・・・・良かった。た、こうして出会えるなんて・・・・・・嬉しいです」
繋の言葉に、シグルはふわりと微笑む。
まるで、彼女の周りにだけ花が咲くような綺麗な笑みだった。
「嬉しいです」
「私も同じ気持ちですよ」
(いつも、自分を罰して、死に場所を無意識に探していたあなたが、
こうして年を重ね、生きていてくれることが――何より、嬉しいのです)
◇
「それでは。お昼頃になりましたら、昨日の校長室でお会いしましょう」
そう言って、シグルは軽やかに身を翻すと、その場を後にした。
「そういや、あいつには何か聞いたのか?」
ヒカルが繋に声をかける。
「うん。でも、説明はヒカルさんたちと一緒に聞いてほしいって。それと、お願いごとがあるらしいよ」
「まじかよ・・・・・・。碌なことじゃなきゃいいけどな」
ヒカルはうんざりした顔をしながら、眉をひそめる。繋はヒカルの姿を見て、苦笑しながらも同意する。
「確かにね。でも、あおの人の事だから、僕たちにとってプラスになる事だと信じてる」
「・・・・・・まあ、そお前がそう言うなら」
二人が真面目な顔で話していると——
バンッ!と、勢いよくコテージのドアが開いた。
「ねえねえ!部屋がいくつかあるから、どこ使うか先に決めちゃおうよ!」
元気いっぱいの菊香の声に、大人二人は一瞬きょとんとしたが、すぐにふっと笑みをこぼした。
「ほらほら! 早く!」
「わーったよ」
「え〜どこにしようかなぁ」
楽しげな声がコテージの中に広がっていく。
そして三人は、新たな拠点となるその扉を、そろってくぐっていった。
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