第8話:義伯母(前編)
2025/8/7 加筆修正
2025/10/26 題名変更+加筆修正
「は──────っ」
繋は目が覚める。まず視界に入ったのは、車のなかの天井だった。
(・・・・・・みんなは?)
自分の身体を見ると、服が変わっており、自分が気を失った後誰かが着替えさせてくれたのだろうと気付く。
プライバシーを守るためのカーテンをそっと開けると、二つの寝台はまだカーテンで仕切られていた。
そこにヒカルと菊香が寝ているのだろうと分かると、繋はほっと胸を撫で下ろす。
ふたりを起こさないよう、そっと寝台を降りて外に出る。朝日が眩しく、繋の体を照らし、夏の朝と打って変わって、少しひんやりとした冷たい風が頬を撫でた。
(魔力枯渇で寝てたみたいだけど、あれからどれくらい時間が経ったんだろう・・・。難民キャンプには着いたのかな・・・・・・)
それに、夏原と晴斗の姿を探してみたが、近くにテントらしきものも見当たらず、ふたりの姿も確認できなかった。
なら、きっと難民キャンプについて、2人とは一旦別れたのだろうと想像した。
繋はなんとなく散歩してみようと思い、周囲を歩き出す。
すると、この場所が通常の場所と違う事に気付いた。
(この場所、出雲大社の裏山と同じだ)
ただの山の麓だと思っていたが、この場所には魔力が満ちていることに気づく。だが、繋は不思議に思った。ヒカル達は魔法の事については詳しく知らない。だから、彼らが態々この場所を選んで寝泊りをするなんて出来ないだろうと考える。
(・・・・・・ただ、の偶然かな?)
繋はそう思っていると、ジャリと砂を踏みしめる音が聞こえ、咄嗟に杖を何もない空間から出現させた。誰が現れてもいいように警戒体制に入ったその時、聞き覚えのある声が耳に届いた。
それと同時に繋は困惑する。だって、その人はこの”世界”には居ない筈の人物なのだから。
「ケイ様・・・・・・?」
「・・・・・・うそ。・・・・・・シグルさん?」
繋は信じられない者を見るかのように動きが固まる。
対して、シグルは走るような速さで繋に駆け寄り、ぎゅっと強く抱き締めた。
「よかった! 目を覚められたのですね」
突然の出来事に繋の頭はキャパオーバーになる。しかし、少しずつ現状を把握出来るようになると、戸惑いながら彼女の名前を確かめる様に呼んだ。
「本当・・・・・・にシグルさん・・・・・・?」
「ええ。ええ! そうです。ヒョードル兄様の妹のシグルでございます」
抱きしめる手が離れる。繋の両頬を優しく包み、シグルは慈愛に満ちた目を繋に見せる。
繋は「まさか・・・・・・」と声が震える。
(・・・・・・だって、彼女は死んだと聞かされていたから)
「本物・・・・・・ですか・・・・・・?」
彼女から感じる”魔力”は、間違いなく本人だと分かっていた。しかし、繋は心の方は追いつけずに確認してしまう。
「ふふ。では、ケイ様が異世界にいらしたばかりの頃の、ちょっぴり恥ずかしいお話でもいたしましょうか?」
鈴の音が鳴るように笑って、彼女は繋を揶揄う。
「まって、 まって! わかったから!」
繋はその言葉に彼女が自分が知っている人物だと同一人物だとする。
(それに、自分が異世界に来たばかりの頃のことを知っている人なんて限られているはずだ。)
(養父のヒョードルとその家族のシグルさん達ぐらいだし・・・・・・)
だが、次第に繋の脳内に疑問が浮かんでいく。
シグルが生きている事に喜ぶ気持ちと、どうやって生き延びたのか、なんで地球に居るのか、そして何でこの場所にいるのか沢山聞きたい事が浮かんで、何から質問をすれば良いか脳内の整理できずにいた。
「ふふッ。では、ちょっと腰をかけれる場所にでも座って、事の経緯を説明いたしますね」
黙ってしまった繋に、シグルは軽く笑うと、今までの説明をしてくれた。
地球に転移した事で生き延びたこと、昨日ヒカル達と出会い話をした事、異世界での経験を元に地球でも似たような事をやっていること、そして何より繋が驚いたのは。
「まさか、地球でも難民キャンプのリーダーをしてるなんて」
「私も自分の性に驚いてます」
─世界が違ったとしても恐らく王族としての血、責務が私を突き動かすのでしょうね。とシグルは呆れたような顔で話し続ける。
「先々代のエルフの王だった、ヒョードル兄様も退位した後、暇を持て余しモンクとなったり、勇者一行の支援団体を率先してやったり等してましたし、寄る辺なき者を救い、導くこと。そういう血筋なのかもしれませんね」
まったく、困ったものです。と肩をすくめ、お茶目たっぷりな態度で話すその姿に繋(けい)は思わず笑みが零れ落ちた。
「しかし、異世界とはこうも違うものなのですね・・・。言葉や意思疎通は精霊術で何とでもなったのですが、人の営み、文化そのものが違いますから苦労しました」
シグルは疲労感を見せるような素振りで笑いながら愚痴を零す。
「だからこそ、ケイ様───」
「本当に異世界での生活は苦労されましたね」
突然の労わりの言葉に、繋の表情は一瞬固まった。
「そんな・・・こと・・・・・・」
無い。と言いかけるのをシグルが遮る。
「いいえ、こちらの世界に来て分かりました。違う世界で、よくぞ腐らず、優しさを見失わずにいてくれました」
本当に偉い事です。とまるで母のように褒めてくれるものだから、繋は恥ずかしくなってしまい、顔を下に向け隠してしまう。
そんな繋の姿をシグルは微笑ましく眺めるのだった。
「ふふ、そしてケイ様、魔力枯渇で2日ほど気を失ってましたがお身体の方は大丈夫ですか?」
「え、ああ、うん。今は大分元気になったよ」
「しかし・・・・・・”普通の魔法使いと比べて”負担があるのにも関わらず、あなたほどの魔法の使い手が魔力枯渇になるとは珍しいですね」
シグルが顎に手を当て、疑問に思っていると、繋は地球に戻ると使える魔力量が0(ゼロ)になってしまう事を説明した。そして、日にちが経つごとに少し戻っていくか、空になるまで使えば使える魔力量が少量だが復活する事を説明する。
「それは・・・だいぶ難儀な状態でしたね・・・・・・」
ただでさえ、魔法を発動するのにも大変な筈なのに、今まで培ってきた魔力量が0になるなど、
「・・・・・・ですが、あまりに理不尽です。あなた様の異世界での努力も経験も、一度地球に戻っただけで帳消しになるなんて」
シグルは静かに眉をひそめ、繋の顔を見つめる。
それに、繋はへらりと「困るよね〜」と何処か他人事のように言うものだから、シグルの眉間の皺はさらに深くなる。
「でも、僕だけじゃないでしょ? シグルさんも同じ条件だと思うけど、体調とか大丈夫?」
その言葉に、シグルは思わずため息をつきたくなったが、グッと持ちを飲み込んで抑えた。
───そんなふうに、自分の事より他人の事を心配する繋に、兄のヒョードルが感じていた悩みが分かった気がした。
「そうでもないですよ・・・・・・。確かに、私の精霊術は自分のエネルギーを使わない分、まだ楽なのです。・・・・・・確かに、こちらの世界では精霊が存在しないため、出力がかなり落ちていますが、それでも、私は“ゼロ”ではありませんから」
「ふふふ・・・・・・。お互いに苦労するよね」
そう言って、繋は肩をすくめる。
(あなたの方が、ずっと苦労しているでしょうに・・・・・・)
しかし、これ以上は言うまいとシグルは話題を変える。
「・・・・・・できるなら、ちゃんと文明が残っている地球で、のんびり暮らしてみたかったですわ」
そんな事を言うシグルに繋は、笑いながら「確かに」と答える。
「ねえ、シグルさん。話は変わるけど、この世界の情報って、どこまで知ってるの?」
急に真剣な表情で尋ねてきた繋に、シグルも自然と空気を切り替え、表情を引き締めた。
「それについては、ヒカル様達が起きられてからなのと、他にお願いしたい事がございますのでお昼頃に、昨日話しをした場所でご説明しましょう」
「お願いごと・・・・・・?それに、その場所って?」
「場所は校長室になります。昨日ヒカル様と菊香さんが分かりますので、お二人とご一緒にくれば大丈夫です」
「お願いごとについては、また後でごゆっくりと」
繋が何だろうと考えていると、シグルが気を引き締めた雰囲気で尋ねてきた。
「・・・・・・ケイ様。確かめるようで申し訳ありません。この世界の情報を知りたいという事は、やはりケイ様も同じなのですね?」
それはつまり、“この世界を救うのか”という問いだった。
繋は小さく、けれど力強く頷いた。
「ヒカルさんと菊香ちゃんが、平和に暮らせるようにしたい。この世界を・・・・・・救いたいんだ」
もともと、ヒカルと菊香は京都の難民キャンプに避難するだけの予定だった。
けれど、自分と出会ったことで――ゾンビ化の原因を追い、やがて世界そのものをどうにかしたいと願うように、そして共に動くようになってしまった。
「・・・・・・僕と出会ってしまったことで、ふたりに余計な希望を抱かせてしまったのかもしれない」
「本来なら、僕ひとりで背負うべきことだったのに」
ともに暮らし、訓練し、食卓を囲み、笑い合う――
そんな日々の積み重ねが、繋の心を少しずつ変えていった。
「だから・・・・・・思ってしまったんです。一緒に、世界を救えたらって」
「・・・・・・だからこそ、“僕”が頑張らなきゃいけないんです」
その言葉に、シグルはふと目を伏せた。
(・・・・・・あのお二人のため、ですか)
(相変わらずですね。あなた様は。今もなお、“ご自身”のことを、決して数に入れようとはなさらない・・・)
シグルは過去にヒョードルが頭を悩み、悲哀に満ちながら自分に相談をしてくれた事を思い出した。
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