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第7話:代償

2025/8/7 大幅加筆修正済み 2000文字程プラスされているので加筆修正前と比べて大分変わってます

2025/11/18 一部修正

女性は慈しむような眼差しで、ヒカルが背負う存在に目を向けていた。


シグルはけいに近づくために一歩足を進める。

それに対しヒカルが一歩後ろに引く。


シグルがまた一歩。

ヒカルがさらに一歩後ろ。


その行動に不満が募ったのか、その端正で綺麗な顔を量頬いっぱいに膨らました。


拠点リーダーの雰囲気が二転三転するなか、ヒカルたち四人は戸惑いを隠せずにいた。


そんな中で先に口を開いたのは菊香だった。


「シグルさん? でしたっけ・・・その、けいさんとはお知り合いですか・・・というより、その耳って」


「・・・・・・エルフ耳だ」


菊香と晴斗はバッ!と同時に顔を見合わせた。


緊張していた面持ちから一転、2人は興味津々にシグルの尖った耳を見つめる。


そんな2人の様子にシグルは「ふふっ」と品のある笑みを浮かべる。


「この世界でエルフと呼ばれる種族は私だけですものね。───2人とも触ってみますか?」


「いっ、いえいえ! 初めて出会ったばかりの人にそんな失礼なこと――!」


「っす! さすがにそれは失礼っす」


シグルの言葉に2人は手を前に振りながら遠慮はするが、内心は好奇心で溢れていた。そんな2人の様子を好ましく思いながらシグルは楽しそうに笑って見せるのだった。


そこへ、ヒカルが懐柔されそうな雰囲気を割って入り、話しを戻す。


「それで、あんたは何もんなんだ? なんでコイツの事を知ってる」


睨みつけ距離をとったまま、ヒカルの問いに、場の空気が一気に引き締まる。


「・・・・・・待ってくれ」


更に間に入ったのは夏原だった。混乱した表情でシグルとけいの2人をそれぞれ見たあと、ゆっくりと口を開いた。


「シグルさん・・・その言い方ですと、もしかして、渡さんも”異なる世界”から来たのですか?」


「異なる世界」という言葉に、ヒカルは反応する。


三者三様、思い思いの反応がこの狭い部屋で入り交じり、混乱の渦が始まりそうになる。


そんな中、パンッ、と乾いた音が室内に鳴り響いた。


シグルが両手を打ち、みんなの視線を自分へと集める。


「───さて皆様」


「混乱されると思いますので、順を追って説明させて頂きますね」


人を惹きつけるような笑顔――けれどけいの柔らかな微笑みとは違い、その奥には、逆らうことをためらわせるような力が潜んでいた。


「まず、私についてお話しします」


「私は、セプネテスと呼ばれる異世界からこの地球へと流れ着いた者です」


静かに、透き通るような声でシグルは語り始めた。


――自分は異世界の人間で「エルフ族」と呼ばれていること。


1年程前、異世界で魔族の残党との交戦中に森の中へ逃げ込み、この学校裏の稲荷神社に辿り着いたこと。


異世界では勇者一行の支援部隊を率いていた経験から、この地でも寄る辺のない人々のために難民キャンプを築き、リーダーを務めていること。


「そして、皆様が気になってるケイ様との関係ですが、まず、彼は生粋の地球人で間違いありません――それは、そちらのお二人のほうがよくご存知かと」


話を向けられたヒカルと菊香は小さく頷いた。


「私はというと、私は彼の養父の、異母妹にあたります。なので、彼とは異世界で何度かであった事があるのですよ」


「ですから、まさかこの地球で、再開出来るとは思わず驚いたのと同時に、久しぶりに顔を見れて嬉しいのです」


そう言って、シグルはけいの元へ近づくと、ヒカルは少しだけ警戒を解いたのか、シグルがけいに近づくのを許す。


彼女は嬉しそうに、けいのくせのある髪を、親が子供をあやす様に優しく撫でた。


「しかし、なぜこんなにも若返ってるのでしょう・・・・・・?」


「それは、知らん。コイツ自身も分からんらしい」


「・・・・・・そうですか・・・・・・自分に魔法をかけた形跡も無いですし、異世界から地球に戻ったことで、何かしらの副作用が出たのかもしれませんね・・・・・・」


シグルはそう呟くと、ふと顔をほころばせた。


「それはそれとして、こうして小さい頃の彼に、こうやって会えるとは嬉しいことですわ!」


先ほどまでのクールな態度から一転して、無邪気な喜びを見せる彼女に、ヒカルたちは面食らう。


「ヒョードル兄様・・・・・・何かと理由をつけて、なかなか会わせてくれませんでしたもの」


至極残念そうな口調に、この場にいる誰もが突っ込むことが出来なかった。


空気が微妙に固まる中、シグルは何事もなかったかのように、話の軌道を戻す。


「では今度は皆様の自己紹介をお願いしても宜しいですか?」


突如として主導権を握った彼女に、一同は押され気味だったが、最初に口を開いたのは菊香だった。


「えーーっと、じゃあ私から、赤井菊香と言います」


宜しくお願いしますと礼儀正しく挨拶をする。


菊香を皮切りに残りの2人も順次、自己紹介をしていく。


「皆様、お名前の通り、素敵な方だと分かりました。改めて、こちらこそ何卒宜しくお願い致します」


そして、夏原が問いを発した。


「では、彼らの難民キャンプ入りは・・・・・・」


「もちろん大丈夫です」

シグルの言葉に、夏原は素直に喜んだ。

「よかったな、3人とも!」

そして「住む場所を案内する 」と夏原が言い続けようとしたところで、


シグルがヒカルに顔を向け、じっと目を合わせた。


ヒカルもまた、まるで心の奥を見透かすようなその瞳から目を逸らさず、真正面から視線を受け止めた。


「・・・・・・ヒカル様。つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「・・・・・・なんだ」


「ケイ様の事を――どう思っておられますか?」


揶揄う訳でもなく、至って真剣で、此方を確かめるような質問にヒカルは一瞬考える。


(似たような質問を何処かで受けた気がするな・・・・・・)


ヒカルは以前似たような質問を受けたことがあったと思い出す。


(これも、きっと夢の中のあの”男”の記憶だ)


ヒカルは”男が”どのように答えたか、どのような感情でその言葉を言ったか知っている。


(「どう思っているか」だって? コイツはただの他人で、俺の敵だ――)


憎んでいるような、悲しんでいるような、そして全てを諦めたかのような、そんな感情で吐き捨てるように言ったくせに、心の何処かで手を伸ばして欲しいと願っていた、あの言葉。


ヒカルは目を伏せた。


(あいつはきっと俺であって”俺”じゃない)


───今なら、今の”俺なら”、本当の気持ちで言える。


心の中で居座る、もう一人の俺が複雑そうな表情で笑った気がした。


「大切で大事な”身内”だ」


「───コイツも菊香も」


そう言葉にする。


その言葉に菊香が大きく目を見開き、ヒカルを見上げ、そして嬉しそうに微笑んだ。


その言葉には、その瞳には、一切の恥じらい等はなく、揺るぎない確固たる意志が宿っていた。


答えたヒカルにシグルは満足げに微笑む。


「良い応えを聞けました」


シグルは思いを馳せるようにヒカルを再度見つめたあと、両手を軽く叩き「───それでは、皆様の住む場所について案内いたしましょうか」と校内にある仮設住宅に案内すると言ってくれた。


だがそのとき、菊香が「・・・・・・その、ごめんなさい」と控えめに手を上げた。


「おじさんと私、それとけいさんですが、私たちは此処にゾンビ化について情報収集で来てて、この拠点内で住みたい訳じゃないんです」


だから、校内から少し離れた場所で何処か住める場所ってありますか?と菊香はシグルに尋ねた。


「なっ! 折角ここまで来たのにか?」


夏原は菊香の発言に驚いて、何故かと聞く。


「・・・・・・ああ、やはり、そうなりますよね」


シグルは、まるで察していたかのように菊香に問い返す。


「・・・・・・菊香さん、情報収集という理由もあるのでしょうが、何よりケイ様の”力”を表沙汰にしたくない。───という事ですよね?」


菊香が手を前に組み、強く握り閉めた。少し緊張した顔つきでシグルをジッと見つめる。


「えと、その・・・・・・渡さんの、力って・・・・・・?」


晴斗の疑問に、シグルが菊香とヒカルに彼らに伝えても大丈夫ですか?と尋ねる。


ヒカルと菊香は2人顔を見合わせ、どうしたものかと悩む。


そんな2人に、夏原がおずおずと聞き始める。


「彼もリーダーが使っている、”精霊術”を使えるという事でしょうか?」


「えっ? またファンタジーな言葉が出てきた!」


やや神妙になりかけた雰囲気が、晴斗の一言で場の空気が少しだけ和らいだ。


「あはッ」


菊香は思わず笑ってしまい、晴斗に「ほんとファンタジーだよね」と笑いかける。


菊香はけいとずっといた事で”不思議”なことに馴れてしまっていたのだと気付き、晴斗の突っ込みに思わず笑いをこぼしてしまった。


(普通、精霊術なんて言葉聞いたら、困惑するよね)


「ふふっ。晴斗さん、ナイスアシストです」


シグルは少し笑った後、ヒカルと菊香に提案する。


「お二人とも、彼ら2人には取り合えず話して良いと私は”判断”します」


「おい・・・・・・それはなんでだ」


ヒカルが怪訝な顔で聞くと、シグルの瞳が限りなく透明に近い水色に変わっていた。


「夏原さんは、決して他人に言いふらすような人じゃないと断言できます」


何より、私と共にこの3年近く共に行動しているので保証しますとシグルはキッパリと断言する。


「晴斗くんについても、彼は大丈夫でしょう」


「なぜなら、私には善悪の傾きを判別する魔眼を持っていますので」


そう、ニコリととんでもない事をこの場で発言した。


「え?」と夏原を除く一同が固まる中でシグルは話を続ける。


「流石に万能な力ではないですが、晴斗さんは彼の事について話さないと約束できますか?」


菊香は不安そうに晴斗の方を見る。それを晴斗は目を逸らさず、頷き、力強く断言する。


「絶対に言わないです」


その瞬間、シグルは魔眼を起動する。


その言葉に淀みがないか、秘密を共有する事で僅かな優越感を抱かないか、それを確かめるために晴斗の魂を覗く。


───しかし、晴斗の魂には一切の淀みも、揺れも無かった。


それにシグルは安心して、ふっと柔らかい笑みを作り、「菊香さん大丈夫です。晴斗くんは本気です」と伝え、菊香もどこか肩の力を抜いたようにホッとする。


少しの騒ぎが落ち着いたあと、シグルは「───では、夏原さん、晴斗さんケイ様について説明しますね」と真剣な口調で語り始める。


「まず簡単な説明から」


「異世界である、セプネテス。そこに住む我々エルフは精霊達より力を借りて、超常的な力を扱う事が出来ます。それが精霊術です」


「しかし、地球には古代なら兎も角、現代では精霊が存在しません。なので、地脈エネルギーを代わりに使って、やっと超常的な力が使えますが、やはり力の出力としては半分くらいなのです」


シグルから語られる内容に、晴斗は勿論、菊香も真剣に聞いていた。そんな2人の様子が微笑ましくて、シグルはつい2人の頭を撫でる。


撫でられた2人はむず痒い気持ちで顔を赤らめた。


「そして、ケイ様が使うのは”魔法”です」


「では、魔法とは、精霊術とは、何が違うのか」


「地脈エネルギーを使って超常的な力を扱うという点では、魔法も精霊術と似ています──ただ大きく異なるのは、“魔法”は自らの体内のエネルギーをも使うということです」


「体内のエネルギーというのは、言ってしまえば精神力、または体力・・・・・・そして、場合によっては“生命エネルギー”そのものを、薪のように燃やして行使します。そうする事で魔法は”無から有”を作る事も出来る。それが精霊術と違う所です」


「これが魔法についての説明になります。なので、この世界で魔法が使えるけい様の存在は───」


「・・・・・・どの拠点でも欲しがるって事ですね」


「ええ、その通りです、夏原さん」


夏原は最後まで黙って、真剣な表情でシグルの説明を聞いていた。


「まあ、そう簡単に兄様の秘蔵っ子であるけい様が、そこら辺の能力者に負ける事など無いですがね」とシグルはなぜか自分のように誇らしげに言うので、夏原はくすりと笑ってしまう。


「という事だ。だから、コイツの存在をなるべくだが他に知られたくねえ」


魔法についての解説も終わり、ヒカルはさっさとけいをちゃんとした所で休ませたく、シグルに人気が無い場所を案内してくれと催促する。


すると、シグルは「───みなさま、けい様の事をここまで知ったのなら、最後に大事な話をさせて下さい」と頭を下げた。


「リ、リーダー??」


「シグルさん!? そんなどうして・・・・・・」


突然頭を下げたシグルに一同は驚き、各々が心配の言葉をかける。


その様子に、シグルは頭を上げ「ふふふ」と穏やかに笑う。


そして、ヒカルが「大事な話ってなんだ」とさっさと早くしろと睨みつけるように問う。


そんな、ヒカルに対してシグルは涼しい顔で菊香に質問を投げかけた。


「さてさて、菊香さん、ここで問題です」


それは、まるで学校の先生のような感じで。


「魔法は誰にでも使えるものでしょうか?」


唐突な問いに一瞬身をこわばらせた菊香だったが、すぐに頷いて答えた。


「・・・・・・使えないってけいさんから教えて貰いました」


菊香は過去に自分も魔法が使えないかとけいに聞いた時の事を思い出しながら、記憶の中の言葉を拾っていく。


「先天的に魔力回路を持たないと“魔法”は使えない」


(確か、もしどうしても魔法を使えるようになりたいのなら)


「もしも、どうしても使いたいのなら───・・・・・・ッ!!」


「おい、菊香大丈夫か?」


そこまで菊香は言い続けると、口を押さえ目を見開く。


(まって、さっきのシグルさんの言葉と照らし合わせると・・・・・)


ヒカルが此方を心配する声が聞こえる。夏原と晴斗は菊香の様子に慌て彼女の横に駆け寄る。


だが、それどころじゃない。


けいさんは、壮絶な痛みが伴うって言ってた・・・・・・。後天的に魔法を使えるようにするには───、あの時は何気なく聞いてただけだった───まさか、そんなまさか!」


菊香の悲痛な様子にシグルは口角を下げ、悲しい目つきになるも直ぐに切り替え説明を続ける。


「ええ。その通りです。ケイ様は“地球の人間”です。本来なら、絶対に魔法は使えない存在です」


「魔法使いというのは、生まれながらに“魔力回路”と呼ばれる器官を持っていて、それがあって初めて魔法を行使できます。血管とは別に、魔力を流す専用の通路を持っている・・・・・・生まれつきの能力なのです」


その説明に、今度は晴斗が嫌な予感を感じ、小さく息を飲んだ。


それは、最悪なパターンを想像してしまったからだ。


「待ってください!!!」


今度は、晴斗は叫んだ。


あの優しそうな人間が、そんな身の毛がよだつ事を自分に施す事に、晴斗は悪寒が身体全体を走る。


「もしかして・・・・・・もしかして、渡さん、自分の身体を・・・・・・」


「はい」


シグルは表情を、今度は完全に曇らせる。


「彼は、“魔法を使えるようになるために”、自らの身体を作り変えたのです。血管や神経を、疑似的な魔力回路として機能させるために・・・・・・」


その場にいた誰もが息を飲んだ。


シグルの口から語られた内容に、夏原は信じられないといった様子で「そんな・・・・・・」と声を震わせる。


ヒカルと菊香に至っては、余りの衝撃に顔をしかめ、苦い顔をする。


「血管や神経を疑似的な魔力回路として再構築し、魔法を無理やり通せるようにした。・・・・・・普通の精神じゃ出来ないです」


───本当に、尋常じゃない事なんです。彼が自分の身に行ったことは・・・・・・とシグルは視線を斜め下に逸らしながら、過去の出来事を思い出したのか憂いた表情をする。


菊香が唇を嚙みしめ、そしてゆっくりと確かめる様に口を動かす。


「・・・・・・そこまでして、副作用は無いんでしょうか?」


菊香の問いに、シグルはわずかに目を伏せる。


「あります。・・・・・・普通なら、それほどまでに身体を弄れば、魔法を”起動”するたびに、肉体のどこかが確実に損傷を受けるはずです。でも彼は──そのタイミングに合わせて、自分に“回復魔法”をかけるよう、無意識に処理しているのです」


その言葉を聞いた瞬間、ヒカルの脳裏にけいの姿がよぎる。

魔法を使うたびにフラつき、時には眠るように倒れてしまう──その理由が、今、初めて繋がった。


「そういう事か・・・・・・あれは・・・・・・魔法の反動だったんだな」


ヒカルは、小さく呟いた。


「ケイ様は、普通の魔法使いとは違います」


その声には、悲しみ、何も出来ない自分に対しての無力さが入り混じっていた。


「彼は、“魔法を使えるようになるために”、自分のすべてを賭けました。その代償として、常に“魔力枯渇”という問題と隣合わせにいます」


シグルは間をおいて、視線を遠くに落とす。


そして、残酷な言葉を告げる。


「───彼は、魔法を使うたびに、命を削っているようなものなのです」


その告げられた言葉にヒカルは、自分の背中に死んだように寝ている存在を抱きしめてやりたい衝動に駆られた。


誰よりも、他人の事を思いやり、

誰よりも、優しく、

誰よりも自分に優しくない


その存在を。





5人は校長室を後にする。


晴斗は夏原が預かるという形で夏原と共に仮設住宅で住むことが決まった。


「渡さんが目を覚ましたら、よろしく伝えてください。それと・・・・・・無理はしないでと」


夏原の言葉に、菊香は真っ直ぐに「はい」と頷いた。


別れ際、夏原はけいの容態を聞き、目を曇らせた。


その体に重い代償を抱えながらも、彼らと自分達を助けたけいの行動に、心からの敬意を抱かずにはいられなかった。


「それじゃあ・・・・・・また明日、校長室で」


今日一日で、彼らの世界は大きく動いた。


京都の拠点のリーダーである、シグルが異世界の人間だったこと。


そして、けいと過去に深い関わりがあったこと。


さらに、ヒカル達が思っている以上にけいの身に負担がかかっている事。


「コイツの事について、まだまだ知らない事ばっかだな・・・・・・」


「・・・・・・うん」


けいはきっと、自分のことを自分からは話さない。


彼が話そうとしてくれる時が来るまで、待つしかないのだろうか。


それとも、自分たちは、まだ彼にとって頼れる存在じゃないから、話してくれないのだろうか。


そんな、寂しさと悔しさが入り混じるような思いが、2人の胸に小さなしこりを残した。


「着いたな」


「だねぇ」


シグルから教えて貰った裏山の麓にある小屋に2人は辿り着く。


菊香は目の前の建物を見て、苦笑いする。目の前には廃れた廃屋があり、ぎりぎり雨風が凌げるレベルの小屋だった。


シグルから教えられた“比較的安全で住める場所”ではあるが、長く放置されたその姿にヒカルも無表情で眺めていた。


「流石に、ここで寝泊まりは無理だね」


「後で軽トラ、取りに戻るか」


「それは流石に賛成」


ヒカルの提案に、菊香もすぐに同意した。


──それにしても。


小屋を見つめながら、ヒカルはシグルの言葉を思い出す。


(申し訳ありません。近くに安全で住める場所はありますが、修理も手つかずです。それでも、今日から其方に向かわれるのですか?)


シグルから心配をされたが、ヒカルは迷いなく「構わない」と答え、けいを連れてこの場所まで来たのだ。


ヒカルは背中越しの温もりを感じながら考えていた。


(なあ、お前は何のために、自分の身体を改造してまで魔法を使いたかったんだ?)


その話しをいつかは聞ける事が出来るのだろうか。


そして───


(俺は、お前の優しさを利用しようとする奴らが、もしこれから先現れたとして、その時は、俺は菊香とお前を連れて”逃げてやる”)


誰にも追いつかれない場所で、誰にも期待されないような所で。


シグルならきっと、けいをそのように扱う事は無いだろう。けれど、それ以外の人間がどう思うか分からない。


「菊香、お前はここに着いてきて良かったのか」


夏原たちと共に、綺麗な場所で一日を快適に過ごせば良かったんじゃないかとヒカルは気に掛ける。


そんなヒカルに菊香はあからさまにムッとした表情を浮かべた。


「それ、本気で言ってる?」


「まあ、お前も年頃の女の子だし、わざわざこんな場所で泊まらなくても良いだろ」


「おじさんとけいさんが居る場所が、私の場所なの!」


言い終えるや否や、菊香は踵を返して言った。


「ほら、早く軽トラ持ってこようよ!」


菊香の、その一言に、ヒカルは一瞬目を見開き、固まる。


そして、何処か嬉しそうに笑みをこぼした。


場面は再び校長室。


窓の向こう、裏山をじっと見つめるシグルの姿があった。


「・・・・・・運命とは、つくづく不思議なものですね。まさか、ヒカル様とケイ様がこんな“かたち”で再び出会うとは」


その声は穏やかで、どこか祈るようでもあった。


「願わくば────この再会が、彼の新たな傷とならぬことを」




もし良かったら、ブックマークかリアクションスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!

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