第5話:魔笛
2025/8/6 加筆修正済み
繋が杖先を向けながら、Class3の周囲を確認するように目を動かす。
感知魔法ではClass3の周りには、Class3を守るようにゾンビが居たはずなのに、今は居なかった。
動きを止めたclass3の様子を見ていると、相手が先制する。
フルートの不協和音が空気を裂き、音の衝撃派が繋を襲った。
(なッ! そんな事まで出来るのか!?)
繋は咄嗟に杖に魔力を流し補強した状態で衝撃派を受け流す。
音が鳴り響く毎に、音の刃が無数に繋に襲いかかってくる。余りにも手数が多い相手の攻撃に繋は杖を下から上に振る。
ゴッ!と繋の前に土が勢いよく隆起し、壁が出来上がる。
土の壁を盾にして、繋は攻撃の隙を伺おうとした、その瞬間、土の壁が鋭い角に突き破られた。
(ッ・・・・・・まさか、ここでゾンビ化した鹿を突っ込ませるなんて・・・・・・!)
繋は直ぐに後方に下がって相手との距離を取る。
(ヒカルさんから聞いてた通り、やっぱりある程度の知能があるのか・・・・・・)
息をつかせる暇もなく辺りがざわめく。
(まさか!?)
近くにいたのは鹿だけじゃなかった。木々に沢山のゾンビ化した猿がいた。
顔が爛れた猿たちは繋を煽るように、手を叩いたり、キャッキャッと鳴きながら木々を飛び移っていた。
瞬間。───ビーッ!!!と、フルートの拭く音が大きくなる。
その合図と共に、近くにいたゾンビ化した鹿や猿たちが一斉に繋へと飛びかかってくる。
「フロス!」
空気が揺らぎ、シャボン玉のように柔らかく、透明な膜が彼の周囲にふわりと展開される。
鋭い爪や牙を弾く、繋専用の魔法の盾。
飛び掛かった猿と、突進した鹿がその膜にぶつかり、弾き飛ばされる。
繋はすかさず、杖を振る。
地面が隆起し、土が槍状になって勢いよく突き出される。突進してきた鹿の数体を串刺しにし、さらに跳ねてきた猿の動きを阻むように次の槍を作り出した。
(あいつは、あの場から動いてない。いや、動けないのか・・・・・・!)
(なら! 演奏が止まれば、統率も乱れるはずだ!!)
そう分析しながら、繋は小さく息を吐き、次の魔法の為に準備する。
だが、その間にも、Class3はフルートを吹き続けている。不規則で不快な音色が響くたび、新たな動物たちが森の奥からぞろぞろと現れた。
「数で押すつもりか!」
繋は浮遊魔法でふわりと宙に浮かび上がると、足元の植物に魔力を注ぐ。
「――グロウ!」
ブワッ――!
大地を割るように蔦が急成長し、周囲の動物やClass3の動きを封じるように、ゆっくりと絡みついていく。
それでもClass3は動じず、フルートの旋律を続けていた。
(あれが止まらない限り、無数の動物が湧いて来る。なら・・・・・・ッ!)
繋は飛びながら、下で土を固めた槍を何本も作り、遠距離からClass3を狙う。
しかし、演奏に呼応するようにゾンビ動物たちが盾のように前に立ちはだかる。
(直線は無理。だったら――)
繋は浮遊魔法で上昇し、真上から狙いを定める。
「これでどうだ!!!」
上空の浮かせた土槍を真下に投擲する。
だが、それすら動物たちが身を挺して防いだ。
「・・・・・・なるほどね、これは思ったより厄介だ・・・・・・」
繋はようやく小さく苦く笑い、次の手に出る。
(植物魔法の生成は、土の養分と魔力に左右される。なら・・・・・・土壌を魔力で強化して、根を爆発的に成長させれば・・・・・・――――!)
繋は空中から地面に向けて杖を振り下ろす。
「グロウ!!」
地面がうねる。次の瞬間、大地が裂け、先ほどの魔法と違い、大量の蔦と根がClass3の足元を襲った。
不協和音が一瞬、乱れる。
演奏に狂いが生じた瞬間、動物たちの動きが一瞬止まる。
「今だ!」
繋は宙を滑るように飛びながら、宙で一本の小さな土槍を作り出す。
それを杖で弾くように飛ばすと、槍はClass3の肩をかすめ、フルートを吹く口元へ衝撃が届く。
音が止んだ。
繋は着地しながら、深く息を吐く、その額には汗が滲んでいた。
浮遊を続け、防御魔法を張り、何度も攻撃を繰り返した今、彼の魔力は既に半分を切っていた。
「よし! 次こそ・・・・・・───」
繋が静かにそう呟いた直後、Class3のフルートが唸るような不協和音を響かせた。
「なっ・・・・・・!?」
口元を破壊した筈なのに、驚異的な回復速度で回復したClass3は、尚も不協和音のフルートを吹き続けていた。
今度は、鹿や猿だけじゃない。
片眼を失った熊、骨の見えた狼が、フルートの音色に呼ばれるかのうように森からぞろぞろと出てきた。
そして、悲鳴のような咆哮を上げながら繋に向かって突進してくる。
「来るか───ッ!!」
防御魔法を張ったままの状態で動物たちの動きを観察する。
しかし、フルートの音色が刻々と変化し、まるで指揮者がテンポを変えるかのように、動物たちの連携が次第に高度になっていく。
1体、2体ではない。十数体が一糸乱れぬ動きで、繋の反応を上回る速度で襲いかかってきた。
(なッ!!・・・・・・“音”を通じて意志を共有してるのか?!)
繋が土魔法で足元の地面を槍状に突き上げるが、狙いは外れ、動物たちは滑るようにかわしてくる。
「っぐ・・・・・・!」
一体の狼の鋭い牙が、繋の防御膜をわずかに裂く。肩口をかすめた傷から血がにじんだ。
繋は肩を抑え、防御魔法を再展開し、低浮遊で距離を取る。
次々とゾンビ化した動物達が繋を囲うように集まってくる。
(まずいな・・・・・・魔力を節約している場合じゃない・・・・・・落ち着け、ぼく・・・・・・。冷静に、“あいつ”だけを倒せばいい)
(それに、他のゾンビを操るコイツは此処で倒さないと、後から障害が出る・・・・・・!!!)
Class3は相変わらず演奏を止めず、まるで楽しんでいるかのように不協和音を響かせていた。
動けない代わりに、笛の音色で他のゾンビを操って完全に守られている――今のままではジリ貧だ。
(ごめん、ヒカルさん・・・・・・やっぱり少し、無理をする!)
傷口から流れる血を抑えながら、杖の先を地面に向けて「ダン!!」と強く叩き、力強く呪文を叫ぶ。
「スプリンガ(破裂しろ)!!」
自分の周りを円状に囲む様に、一斉に爆発するかのように槍状の岩が地面から飛び出す。
大量に飛び出した槍の岩は花の蕾のように展開し、操られた動物たちを吹き飛ばし、突き刺した。
繋はその勢いでClass3の足元を狙い、最後の槍が、ついに音を止めさせた。
一瞬、フルートの音色がまた止まる。
反動で繋の身体にも衝撃が返ってくる。視界が揺れ、耳鳴りがする。
(意識が・・・・・・ッ、遠くなる・・・・・・けどッ!!)
魔力が減っていく感覚、意識が遠のくのを我慢するように、奥歯をギリリと噛みしめる。
「───今だっ!!」
繋は手早く植物の魔法を発動し、蔦を一斉に伸ばしてClass3の身体を拘束する。
ビュッ!と左手を空を切るように振る。
繋の手には空間魔法で取り出した薄紫色のリアトリスの”花の栞”が指に挟まっていた。
全身に力を込めて魔力を一点集中させる。
指に挟んでいた、薄紫色のリアトリスの”花の栞”を目の前にふわりと投げる。
彼の足元に、光を帯びた橙色の魔法陣が出現する。
”花の栞”に魔力が流れ込み、形を変え植物の蔦に代わる。蔦は下に、地面に根を張り、急激に成長していく。
それは、ただの植物ではなかった。地脈と融合し、頑丈に成長させた魔法植物だった。
魔法で強化された大量の蔦は束となり、一つの槍となり、地面から根は離れ、Class3に矛先が向く。
繋は傷ついた腕を押さえながら、残った魔力を全て杖へ集中させる。
「――《簡易出力》!!!」
「《オルタナティブ・マジック!(概念抽出魔法展開)》」
「リアトリス(炸裂する槍)!!!」
ビュン!!と風を切るように発射された蔦の槍。
Class3は目を見開き、吹きかけた不協和音は───かき消された。
蔦が絡まりあい、一つの強靭の槍となった蔦の槍は、Class3のフルート状の腕と共に身体を貫通していた。
それでも、ぐぐぐとゆっくい身体を動かし何とかフルートに口を付けようとClass3は動こうとする。
「無駄だよ・・・・・・」
繋はそれを見て静かに言うと、ドスッ!と何かを突き破る音がした。
その一回目の音に続くように、何度も何回もの貫く音が響く。
Class3の身体に刺さった蔦の槍は、ゾンビの体内に急成長し、身体の内側から無数の蔦の槍が内側を突き破った。
Class3は悲鳴を上げることも無く、ゆっくりと事切れる。
そして、その身体は塵となり宙へと舞っていった。
それを確認した、繋は地面に膝を着いた。
杖で体を支える。魔力は限界を迎え、意識が遠のきそうになる。
はあ、はあと息を荒くする。
「良かった・・・・・・無事倒せた・・・・・・」
胸の奥で、ようやく息がつけたような安心感が生まれる。
だが同時に、左肩からは血が滴り落ちているのを確認する。
(・・・・・・もう少し余裕だと思ってたけど)
(久しぶりの戦闘だったからか、やっぱり色々と鈍ってるな・・・・・・)
異世界に居た頃であれば、色んなものがもっと研ぎ澄まされていた。
「でも、これで分かった・・・・・・」
Class3ぐらいなら、今の魔力でもまだ十分に戦える事を繋は認識した。
まだ、禁呪も、完全出力のオルタナティブ・マジック(概念抽出魔法)を使わなくても、今の魔力量と自分が使える初級魔法で戦える事を確認できた。
(次は魔力配分を調整しながら戦わないとね)
(・・・・・・取り合えず。2人に心配をかけないように、傷を治したら少しだけ休んで帰らなきゃ)
その場に崩れ落ちそうになるも、繋は歯を食いしばり立ち上がる。
(・・・・・・約束を・・・・・・守らなきゃね)
震える足で、一歩ずつ、ヒカルたちのいる場所へと歩き出す。
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