第4話:戦闘
2025/8/6 加筆修正済み
車を走らせる音が聞こえる。
夏原と晴斗は荷台の後ろに乗り、計5人のちょっとした旅が始まった。
「含蓄のある言葉だったな」
ヒカルは繋に出発前の言葉を思い出しながら言った。
「ははは、そんなんじゃないよ」
笑いながら繋は答える。だが、繋は恥ずかしそうに車窓に顔を向け、赤らんだ頬を隠していた。
その姿にヒカルは「ふっ」と笑いつつ、ヒカルは夏原に諭すように言った言葉を思い出しながらハンドルを回す。
(・・・・・・あの言葉はどういう意味なんだろうな)
ヒカルは、そういえば繋の「異世界の旅」の話を、詳しく聞いたことがなかったと思い返す。 「中学生の頃に異世界に紛れ込んだ」ということや、何年もその世界で生きて、魔物や魔獣と呼ばれる敵と戦っていたなど、ほんの一部の情報だけは聞いていた。
だが、どのように過ごして、どんな経験を積んで、どんな想いを抱えて、あの含蓄のある言葉が出てきたのか。
それだけじゃない。 地球で今まで平和に暮らしていたはずの繋が、文化も何もかもまったく違う世界に紛れ込んでしまい、どのような気持ちで生きていたのかを、純粋にヒカルは知りたかった。
それは、ヒカルの性格からすると異例なことだった。人にあまり執着しないヒカルが、繋にだけは気になってしょうがなかったのだ。
現に今も、ヒカルの中では、繋の過去を聞きたくてたまらない自分を何とか我慢する。
(だが・・・こいつは、きっとはぐらかす。それなら、聞くべきじゃない)
ヒカルはそう思い、心の中でそれをそっとしまった。
「能力か~」
後ろで菊香が、難しい顔をして何かを考え込んでいて、そういえばと繋は思い出す。
「ヒカルさんって過去にゾンビに噛まれた事あるの?」
「あ? いきなりなんだ?」
訝しげな表情を浮かべながら、ヒカルは運転席からちらりと繋を見る。
「あっそうか! おじさんの”雷”を出す能力も、感染によるものって事だよね───でも、私と一緒に行動してからは、おじさん噛まれた事あったっけ?」
繋の疑問に、菊香が首をかしげる。
「・・・・・・そういえば、あったかもな」
ヒカルがぼそっと答えると、「へ〜」と菊香が相づちを打ち、「だからか〜」と繋が納得したように頷く。
そのやり取りを聞きながら、ヒカルは無言でハンドルを切った。
そしてふと、眉間にわずかに皺を寄せる。
表情はすぐに無愛想なものへと戻ったが、その一瞬、何かを思い出すような、あるいは隠すような影が目に宿っていた。
(・・・・・・オレはゾンビに噛まれたことはない。・・・・・・きっと、俺の力は多分まったく別の由来のもんだ)
ヒカルの深層心理には、自分とよく似た雰囲気の男が居座っていた。
最初は自分の幻覚だと思っていた。しかし、日々を過ごすうちに、それは幻覚ではないと理解した。 男は時折、語り掛けてきた。
───それは、力の使い方だったり ───それは、過去の知らない記憶だったり ───ある日には、常に不機嫌そうなその男が、繋にだけ優しい顔を見せることもあった。
男から様々なことを教えられる度に、その存在は蜃気楼のように揺らめき、最終的には”自分”に統合されていくように感じた。
もちろん、それを繋に相談するつもりはない。理由は自分でもわからない。ただ、そうすべきだと直感していた。
「ってことは、私も能力に目覚める可能性があるってことだよね」と、菊香の明るい声が響く。
ヒカルは我に返り、隣に座る繋をちらりと見た。
「そうだった! 菊香ちゃんも噛まれてたもんね」
「そうなんです!」
繋の言葉に乗るように、菊香が後ろの座席から顔を出す。
「以前私も足首を噛まれた事があったから、もしかしたら力が発現するかも!」
「もし、発現したら私の場合どんな能力になるのかな~」
ワクワクと高揚している菊香に繋は優しく微笑みながら、菊香ちゃんに似合う能力だと良いよねと応える。
「いや、お前の場合は食いしん坊の能力だろ」
「はあ――!?ひどいんだけど!!」
ヒカルの茶化しに、菊香はムッとした様子になる。バッと後部座席に戻ったと思えば次にはヒカルの後頭部をポカポカとじゃれ合うように軽い力で叩き始めた。
「いてっ、いてて、こら、やめろ! 後ろから頭を叩くな」
「謝るまで許さない!」
「わかった、わかった! すまんかった」
「ったくもう!」
じゃれ合いのあと、緩い雰囲気が車の中を覆う。
「そういえばさ、気になった言葉あったんだよなあ〜〜。・・・・・・ねえ、難民キャンプって、いくつかあるんだよね・・・・・・」
上を向き何か思う事があるのか、神妙な雰囲気を出しながら疑問を口にした。
「菊香ちゃんも気になってた?」
「繋さんも?」
繋は「うん」と頷くと、バックミラー越しに映る菊香の視線に合わせながら話した。
「本当は、あの場で夏原君に詳しく聞きたかったんだけど、流石に時間を取られるかなと思って後から聞こうと思ってたんだよね」
「難民キャンプぐらい幾つもあるもんだろう」
ヒカルが不思議そうに言うと、繋は「数の問題じゃないんだ」と眉を下げながら否定する。
菊香は後部座席から身を乗り出し菊香が勢いよく言葉を続ける。
「そう! つまり、こういう事。別のグループがいて、しかも敵対してたら───」
「ゾンビじゃなくて、能力者同士で争っている可能性ってことか・・・・・・」
ヒカルの声が低く沈む。
しばし無言のまま、彼はハンドルを強く握りしめた。
「・・・・・・ったく。ただでさえ、ゾンビ相手で手一杯なのに、人間同士で潰し合いとか、馬鹿げてやがる」
繋はその言葉に深く頷いた。
(異世界でも同じだ・・・・・・)
人の心が追い詰められると、思いやりよりも恐れや利己心が勝ってしまう。
過酷な世界が、人をそのようにさせてしまう。
ゾンビ化の根本を解決したって、直ぐには良くならない事も知っている。
災害の後には人災がつきものなのだ。
そうだとしてもだ。
それでも、繋は今目の前にいる2人のために、希望を捨てずにいる。
――彼らには、できる限り穏やかな日々を過ごしてほしい。
その為に、自分に出来る事をやるのだと繋は常に思うのだ。
◇
「京都に入ったぞ」
繋は車窓から看板を確認し、地図を広げて場所を確かめる。
「難民キャンプは南、稲荷神社の辺りだから、あと少し運転よろしくね」
「おう」
このままゾンビと遭遇もしなければ、あと数時間で目的には辿りく筈だろう。
だがその安心も束の間、視界に異様な光景が飛び込んできた。
「なっ・・・・・・なに、あれ!? 鹿の大群!?」
「あれ? 鹿と言えば奈良だよね、てか奈良の鹿って、普通は角切ってるよね!?」
菊香の驚きに反して、繋が的外れな事を言っていると、様子が可笑しい事を確認する。
エンジン音が聞こえたのか、鹿たちは一斉に此方の方をグルンと振り向いた。目に生気はなく、腐敗した体と異様に成長した角が、不気味さを際立たせていた。
さらに、その統一された動きに気味が悪く感じる。
「ゾンビ化してる・・・・・・!」
咄嗟にヒカルがハンドルを切り、Uターンする。
グンー!と視界が切り替わる。
「おじさん! わたし、荷台に行く!!」
菊香は叫ぶと車外に飛び出し、荷台に飛び乗った。
「菊香ちゃん、それなら僕も!!」と菊香の後ろに続こうとして、菊香は首を振って叫ぶ。
「繋さんはおじさんのサポートをお願い!」
その言葉に一瞬だけ迷ったが、繋は彼女の思いを受け止め、「分かった」と頷いた。
ヒカルはバックミラーで彼女が乗ったのを確認すると、スピードを上げる。
「あ、赤井さんどうしたんですか?」
ただ事ではない雰囲気と急に走っている向きを変えた事で少しふら付き、戸惑っている晴斗が荷台に乗ってきた菊香に不安そうに尋ねる。
「ゾンビ化した鹿の群れが、後ろから追ってきてる!」
その言葉に夏原も身を乗り出し、後方を確認する。
身体は大きく成長はしているが腐敗しており、角は巨大化し、折れていたりと不気味な姿をした、成れの果てとなった鹿たちが、群れをなして此方に走って向ってくる。
「まてまて!! 鹿って確か最高速度70キロじゃやなかったか!?」
夏原は慌てるようにそう言うと、菊香は「うへえ、それはヤバイですね」と苦く笑った。
「まって! 前からも来てる!」
晴斗が叫ぶ。反対に逃げたと思っていたのに、まさかの挟み撃ち。
鹿の大群は物凄いスピードで車の後ろの方へ近づいてくる。
群れの何体かは既に近づいて来ており、その強大な角で突進しようとして来たその瞬間、瓦礫が宙を舞い、鹿たちをなぎ倒した。
(――繋さんだ!)
後ろを振り向くと、同じように次々と倒れていく鹿たちが目に入り、繋の仕業だと気づく。
(繋さんだけに任せられない!)
菊香は今度こそ繋とヒカルの為に戦える事を嬉しく感じる。
左肩にかけた多目的ベルトからコンパウンドボウを取り出し、トリガーを引く。
ガシャリと機械音が鳴り、コンパウンドボウが展開し、弦が張られる。
「赤井さん! どうするんですか?!」
晴斗が慌てて叫ぶ。腰に装着した矢筒から、折りたたまれたマジックアローを三本、手に取った。
弦に矢を添え、一呼吸。
(大丈夫。この”矢”なら、敵に直接当たらなくても――)
目を見開き、弓を弾く。
発射された三本の矢は鹿の群れの足元に着弾し、「ドカン!!」と爆発音を響かせた。
破裂したアスファルトと共に、前列の鹿たちが吹き飛び、後列のゾンビたちはよろけて足を取られ、混乱に陥る。
見事に前方の数十体は足止めに成功した。
その光景を後方から見ていた晴斗は、口を大きく開けて驚く。
「すごっ!?」
「赤井くん!! 凄いな!?」
夏原も目の前の光景に驚きつつ、興奮した様子で叫んだ。
(まだ来る!)
背後から聞こえる声援に、菊香は思わず照れる。それでも、初めて繋の魔法を見た時、自分もああだったのかもしれないと感じ、恥ずかしさをかき消すように、さらに弓を引いた。
一方、運転席――
「よし、菊香の方も問題なさそうだ!」
「さすが菊香ちゃんだねっ!」
ヒカルは、繋が向かってくる鹿たちをなぎ倒す中、倒れた鹿を避けながらハンドルをさばく。
繋は魔力を節約するため、浮遊魔法で木や瓦礫を持ち上げ、ゾンビたちにぶつけていく。
ゾンビの数を確認しようと感知魔法を発動すると、繋の表情が真剣になる。
「よし! こっちも、菊香の所も何とかなりそうだな――って、おい! どうした!」
ヒカルは一安心して、繋の方を見ると深刻そうな表情をしていた繋に声をかける。
「近くにClass3が近くにいる・・・・・・」
その言葉にヒカルは舌打ちした。
「よりにもよって、こんな時に出やがって!!」
ハンドルに拳をガン!と強く叩き付ける音が鳴る。繋は少しの時間だけ考えたあと、「ヒカルさん」と彼の名前を呼ぶ。
「僕だけ戦いに行く」
「・・・・・・ッ」
その宣言にヒカルは繋の手を掴んでしまいそうになる。
また一人で戦わせてしまう――ヒカルは繋を行かせたくなかった。しかし、今の状況での最善策を考えると、そうせざるを得ないことも理解していた。
だが、それでも納得できない自分がいた。
「・・・・・・」
そんなヒカルの心情を読み取ったのか、繋は安心させるように穏やかな口調でヒカルに申し出た。
「大丈夫、無茶はしないよ。だって約束したじゃないか、三人で、あの家に帰るって」
その言葉に、ヒカルはわずかに眉をひそめる。
(そう言いながら、“無茶”を隠すんだろうが・・・・・・)
だが、どう考えても繋に任せるのが最善だった。
「・・・・・・絶対、無事に戻ってこい」
ヒカルからの言葉に繋は優しく笑い「ああ」と返す。
杖を長杖に戻す。
まだ、走っている車のドアを開けて繋は言った。
「じゃ、行ってくるね」
まるで、ちょっとしたお出かけでもするような軽い口調で。
開けたドアから風をまとい、繋は空へと舞い上がった。
一瞬、風が強く吹き込むも、ドアは自動で閉まり、繋はそのまま空を飛びClass3のもとへと向かった。
繋は探知してClass3が居る場所に空から降り立つ。
Class3は、右手と一体化したフルートらしき物に口をつけ、不協和音を辺りに響かせる。
恐らく、先ほどの統率された鹿たちの動きはコイツが原因だと、繋は察知した。
繋に気づいたClass3。
不協和音が止む。
「ごめんね」
それはいつも通りの穏やかな声だったが、その雰囲気はまるで違っていた。
かつて異世界で数多の魔物を打ち倒した、歴戦の風格がにじみ出る。
繋は杖の先をClass3に向ける。
「倒させてもらうよ」
もし良かったら、ブックマークかリアクションスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!




