小話:悔恨
「そういや、蒼井くん大丈夫か」
「え、あっはい、大丈夫っす」
荷台に揺られながら、夏原は隣に座る晴斗の様子を気にかけた。
晴斗は夏原に救助されるまで、別の仲間達と居たはずだ。彼の仲間たちは夏原の部隊に救助されている途中で、ゾンビの襲撃を受けて夏原の仲間と共に命を落とした。
その中にはきっと、彼に親しい人間も居たのではないかと思い、夏原は彼を気に掛ける。
晴斗は小さく首を振る。
「いえ、どちらかというと、オレ、皆の足を引っ張る側だったので、あんまり・・・」
「・・・・・・すまない」
その言葉を聞いて、夏原は何となく察してしまった。そして、余り思い出したくない記憶を呼び起こさせてしまったことに気づき、すぐに謝った。
「え、いや、そこまで酷い扱いを受けてたわけじゃないっすよ」
晴斗は苦笑いをしながら、ちゃんとご飯も貰えたし、と付け加える。
「ただ、みんな常にピリピリしてたんで・・・おれが一番年下だったってのもあって、ちょっと八つ当たりされることはありましたけど」
「それでも。安全面はちゃんと守ってくれてましたし。・・・・・・こんな世界だし、しょうがないっすよ」
そう言った晴斗の表情は、どこか諦めにも似た静けさをたたえていた。
夏原もそんな事は無いと言いたかった。だが、心のどこかで「しょうがない」と思ってしまっている自分がいて、直ぐに晴斗の言葉に言い返せなかった。
言葉を探していると、晴斗が「でも」と小さく続けた。
「赤井さん達の仲間を見て、ちょっと思ったんです。・・・そうでもないかもって」
――こんな世界になってから、初めて見た。
ああやって、お互いを支えあって、心の底から笑い合える関係を築いてる人たちを。
恐らくその中心は渡 繋なんだろうと、まだ3人の事を良く知らない晴斗だが、そう直感的に感じていた。
「特に渡さんって・・・なんだろう、安心感を感じるんすよね。多分それは表面上だけの優しさを演じてる人なんかと違って、本当に優しい人だから、だと思うんです」
「だからなのかな、赤井さんが渡さんの事について話をするとき、めっちゃ嬉しそうな顔してたんです・・・・・・」
「ヒカルさんは怖いっすけど・・・」
「――――――ッふ」
繋の事を稀有な存在だと同じように思っており、途中まで夏原も真剣に頷きながら聞いていた。
だが、最後の一言に夏原は思わず吹き出しそうになる。
「あっははは! 確かに、怖いよな!」
数多くの現場を経験してきた夏原でさえ、初めて見た時は見た目より、ヒカルの滲み出る圧に気圧されそうになった。
現に今でも彼と話すときは、緊張しながら接してしまう。
反対に、繋に対しては、自然と背筋が伸びてしまう。
まるで正反対な2人に夏原は「本当に不思議な人達だな」と呟く。
「でも、確かにあの3人は、良いよな・・・・・・」
夏原はふと、自分の隊のことを思い出した。
救助隊のリーダーを任されている中で、仲間たちとはそれなりに信頼関係を築いていた。
しかし、元々警察官であった自分と違い、ほとんどの仲間は異なる業種をしていた人たちであり、誰かの為に命をかける覚悟までは持っていなかった
それでも、人を助けたいという気持ちだけは、本物だったと思う。
(そんな仲間達を死なせてしまった・・・。俺が・・・俺の判断が間違っていたから・・・。あの時撤退することを早く決めていれば、何か変わっていたかもしれないのに)
その思いとともに、夏原はある男のことを思い出す。
ふと、脳裏を過ったのは、ある男の姿だった。
――入道。
晴斗を夏原に託して、最後に命を落とした男。教師というまったく別の職種だったが、歳も近く、何か通じ合えるものを感じていた。
彼は教師で、俺とは歳も近かったけど、まったく別の分野の人間だった
そこまで話した事もなく、今回みたいに救助隊として動いた時だけに関わるという接点しかなかった。
深く語り合ったわけでもない。
それでも。
(まさか、あんなふうに・・・・・・俺に託してくれるとは思わなかった)
――――なあ、もしかしたら俺達・・・もっとちゃんとした仲間になれたんじゃやないか。
――――もっと、言葉を交わしておけばよかった、なあ、お前はなんで俺に託してくれたんだよ。
そんな後悔が胸の奥から、じわりと溢れてきた。
「夏原さん大丈夫っすか?」
「あ、ああ!」
こちらを心配する声に夏原は、ハッと我に返る。
「どんどん暗い顔になってたんで、心配しちゃって・・・」
「すまない。色々思い出してしまってな・・・」
一瞬、沈黙が流れる。車の走行音だけがやけに耳に残った。
沈黙を最初に破ったのは晴斗だった。
「・・・・・・こういう時、渡さんなら、何て言うんだろう」
「あ・・・」
その一言に、夏原の脳裏に繋の言葉たちが浮かぶ。
(そうだ・・・あの人が言ってたこと、今こそ思い出すべきなんだ)
夏原は目の前にいる少年を見やる。
――これだけ傷つきながらも、目は死んでいない。
(・・・この子は強いな。自分のことより、他人を気にかけられるなんて・・・・・・)
夏原は思った。この少年に、自分も恥じない姿を見せなければならない、と。
ことある度に自責の念が夏原を襲ってくるが、今は心配してくれる目の前の少年をちゃんと助けるためにも、夏原は自分に喝をいれる。
パンッ。
乾いた音が荷台に響く。
晴斗が驚いた顔で振り向くと、夏原が両頬を叩いていた。
喝を入れるために。
その姿に良かったと、少し元気を取り戻したみたいで、と安心したように笑う晴斗に夏原は自然と笑みを浮かべる。
「着くまでの間少し休むか」
「っすね!」
夏の終わり、まだ少し残る暑さの中。
ふたりは夏風を感じながら、荷台に揺られた。




