第2話:責任
2025/8/3 加筆修正済み
「ハァ・・・・・・助かった・・・・・・」
軽トラのブレーキがきしみ、モールの屋上駐車場に静かに停まる。しばらく誰も言葉を発さず、重い呼吸だけが空間を満たしていた。
ヒカルたちは車を降りると、バイクと一緒に荷台に押し込んだ二人の様子を見に行った。
「あ、ありがとうございます!」
2人とも見た目は土埃と血で汚れており、繋はヒカルに辺りを見張るようにとお願いをし、菊香には一緒に2人に応急手当をするように指示を流した。
「初めまして、僕の声が聞こえますか?」
繋は荷台に上がると、少し朦朧としている2人に優しく声をかけた。
「あ・・・・・・自分は大丈夫っすけど、おっちゃんが・・・・・・」
初めに返事をしてくれたのは少年の方だった。少年は繋の質問に戸惑いながら拙い言葉で何とか説明をしてくれる。
おっちゃんと呼ばれた男の方を見ると、血が流れすぎたせいか精悍な顔立ちが痛々しいくらい青ざめていた。
繋は一度軽トラの中に戻り、自分のトランクケースの中から応急キットを次々と取り出していく。
慌ただしく準備をする繋にヒカルは、辺りに注意を払いつつ近づく。菊香も、繋の後ろで待っていた。
ヒカルは繋が何故魔法を使わないのか気になり聞こえないようにコソリと耳打ちをする。
「魔法は使わないのか?」
ヒカルは、てっきり自分達を救った時と同じように魔法を使って治療をするのだと思っていた。
「今回は・・・・・・まだ様子見かな」
繋は困ったような笑みを浮かべながら、ごそごそとトランクケースの中から応急キットを取り出していく。
一瞬だけ表情が曇る。
ヒカルと菊香には、それがただの判断ではないとわかった。
ヒカルが何か言いたげな雰囲気を出しているのを察し、繋は説明する。
「・・・・・・ヒカルさんや菊香ちゃんの時とは状況も違うし、難民キャンプの人たちに魔法のことがバレるのは、ちょっとマズいかなって」と苦笑いをしながら答えた。
それを聞いた菊香は、何かに気づいたように何かに気づいたように目を細めて言った。
「それって・・・・・・過度な期待が寄せられるかもってこと、だよね」
繋の返事を待つ間、菊香は繋の横顔を見つめながら、指先でそっと袖をつまむ。
その言葉に繋は、こくりと頷いた。
ヒカルは「確かにな・・・・・・」厳しい表情で相槌を打った。
「まあ、それでも必要になれば使うんだけどね」
繋は明るく装いながら笑うが、その笑顔にヒカルと菊香は眉をひそめる。
繋と2人との付き合いは短い。だが、期間は短くとも一緒に居た時間は長い。
その時間の中で繋の性格を少しでも知っている2人だからこそ、その裏にある無理や優しさを見逃さなかった。
繋の後ろで、ヒカルと菊香は表情を曇らせる。
――この人は、必要とあらば迷わず魔法を使うだろう。
――そしてきっと、自分のことを後回しにしてでも誰かを助けるのだろう。
菊香は決心するように小さく頷く。
そんな 彼が背負いすぎないよう、そっと隣に並んでいようと、その背中を支える事が出来る自分であるように心に決める。
ヒカルは黙ったまま、無言で繋をじっと見つめる。
“以前”もそうだった。無理して、自分のことは二の次にして――だから今度こそ、もし無茶をしようとしたら――その時は、止めてみせると決意した。
「よし、これだけあれば大丈夫かな」
「私はこっち、持ちますね」
「ありがとう。じゃあ、ヒカルさん、さっきと同じように宜しくね」
繋と菊香は、両手いっぱいに医療道具を抱え、負傷者の元へ駆け寄っていく。
そして、その後ろ姿を静かに見つめるヒカルが立っていた。
◇
やがて応急処置を終え、5人は屋上駐車場でひと息ついていた。
少年の名前は蒼井晴斗。
年齢は16歳、学年で言えば高校1年生菊香とは2年違いだ。体格は発展途上ということもあり華奢で繊細な体格で、顔立ちは柔和で内気な雰囲気ながらも、瞳には優しさと賢さが見え隠れする。
男の方の名前は夏原 誠一。
年齢は27歳、警察官である。引き締まった筋肉質の体格を持ち、姿勢には自信と気高さが漂う。整った輪郭で顔立ちは精悍、今は痛みに耐えるように目を伏せているが、瞳には内なる不屈の精神を反映している。
2人とも幸い軽傷で済み、繋の応急処置だけで済んだため、魔法の出番はなかった。
夏原の方は血の流れすぎによる貧血がひどく、会話ができる状態ではなかった。そのため、繋とヒカルが簡易テントを張り、荷台からゆっくりと簡易テントの中へと移し、休ませることにした。
「本当にありがとうございました!」
少年もとい晴斗は繋たち3人に深く頭を下げた。
その姿に繋は、穏やかな口調で「頭を上げて。2人が無事で何よりだよ」と優しく言う。
「そうだ、お茶用意してくるから、菊香ちゃん此処で待ってもらっても良いかい?」
「もちろん、OKだよ!」
何があったのか聞く前に、少しでも落ち着かせようと、繋はお茶の用意をするためその場を離れた。
その時にはヒカルも一緒に話を聞くべきだと思い、ついでに周囲に結界を張るために駐車場の端へ向かう。
「・・・・・・」
2人きりになった菊香は晴斗の方を眺める。見るからに緊張してそわそわしている晴斗に、どう声をかけようかと考えていると、彼の方からおずおずと話しかけてきた。
「えっと・・・・・・赤井さん・・・・・・?」
「う、うん、どうしたの?」
久しぶりに年の近い子と出会ったのもあり、菊香もつい緊張してしまう。
「あの人、渡さん・・・・・・って言うんですよね? 2人は兄妹なんすか?」
思いがけない言葉に、菊香は目を瞬いた。
繋の本来の年齢を知っている菊香にとって、彼はヒカルと同じで“頼れる大人”という枠だった。それなのに、第三者から見た自分達を「兄弟」と言われて、一瞬驚いた顔をするが直ぐに菊香は、はにかんだ顔になる。
「ううん、兄妹じゃないよ」
そう笑って首を振ると、少しだけ言葉を続けた。
「でも・・・・・・家族みたいな存在、かな」
「兄弟」と言うより、どちらかというと「家族」だ。
繋もヒカルも、菊香にとっては大切な“居場所”なのだ。
「そうなんすね・・・・・・。なんかすっごく優しそうな人ですよね・・・・・・」
「そうなの!」
「うわっ!?」
晴斗の言葉に、菊香はぱっと身を乗り出した。
驚く晴斗をよそに、菊香は胸の奥から溢れる想いを込めて続ける。
「とっても。・・・・・とっても、優しくて暖かい人なんだ」
まるで大事なものを見せる子供のように、溢れる感情を、綻ぶような笑顔を浮かべながら語るその姿に、晴斗は頬をうっすらと赤く染めて顔を逸らした。
◇
「・・・・・・ううぅ、っぐ。・・・・・・ここは? どこだ、・・・・・・テントの中?」
一方その頃、テントの中で夏原誠一がゆっくりと体を起こしていた。
夏原は自分が何故このような場所で寝かされているか分からず、まだ少しふらつく頭を抱えながら、記憶の端々から記憶をたどった。
そして見知らぬ人に助けられたこと、治療をして貰った事を思い出す。そしてこの場に居ない晴斗に気づく。
「・・・・・・あの子は・・・・・・大丈夫なのか」
夏原はよろけながら立ち上がろうとするが、貧血で足元が覚束ず、前のめりに倒れそうになる。そのままぐらりと倒れかけそうになった瞬間、自分の背中を支える温もりを感じた。
「大丈夫ですか!?」
夏原の背中を支えたのは繋だった。ヒカルに声をかけ、結界も張ったあと、夏原の様子を見るためにテントに来たところだった。
夏原は自分の身体を前から抱き留めるように支えた、頭一個分低い青年を見下げる。
そして、戸惑いながらも言葉を発した。
「君は・・・・・・?」
「僕は蒼井くんとあなたを助けた仲間の一人です」
「名前は渡繋と言います。晴斗くんなら、外で仲間たちとお茶を飲んでますよ」
繋は夏原の背中を支えながらゆっくりと、地面に坐らせる。
「そうか・・・・・・無事で・・・・・・良かった・・・・・・」
切羽詰まったように聞く夏原に繋は大丈夫だと、大きな怪我もなく無事だと落ち着かせるように、柔らかな声で説明した。
晴斗の安全を確認できた安堵から、夏原は良かったと言うと膝を崩して片手で頭を抱える。
「・・・・・・難民キャンプから他の生存者の救助に向かっていたんだが、まさかclass1の大群とclass2が襲ってきたんだ・・・・・・」
夏原は安堵したからか、自分たちに起きた出来事をぽつりぽつり話してくれた。繋はその内容に、どうしようもないやるせなさを感じる。
救助隊は彼を含め7人。武装もしっかりしていたが、class2犬型のゾンビの大量奇襲により壊滅。
class1だけなら車で逃げ切れただろうが、運が悪く犬型のゾンビも居た為、機動力が高い犬型のゾンビに仲間達がやられてしまったらしい。
仲間を1人、また1人と犠牲にして、逃げて、生き残ったのは、自分と晴斗――2人だけ。
その事に、繋は何か言葉を掛けようとするが、それが慰めにならない事を知っているため、憚られた。
「・・・・・・俺に力があれば・・・ッッ!!俺が能力者として覚醒していれば・・・!!」
夏原の叫びに繋は”能力者”という単語にピクリと反応する。
しかし、それより絶望に暮れている夏原から目を逸らしてはダメだと繋は、いったんその単語を思考の端に追いやった。
「もっと、何か出来た筈なのに・・・・・・、もっと俺がしっかりしていれば・・・・・・」
夏原の最後に目が合ったのは、救助隊に同期として加入した入道という男だった。彼は夏原に『頼むぞ』とだけ呟いて、彼はclass2の前に立ちはだかった――その最後は、その姿が、あのときの背中が、夏原の目に今も焼きついて離れない。
それだけじゃない、ついさっきまで一緒にいた仲間たちの顔が、次々に脳裏をよぎる。
夏原は「くそっ・・・・・・くそっ!」と、感情のままに自分の髪をかきむしった。
自分を責めるように、両手でガシガシと頭を掻き、ふらりと肩を落として腕を垂らす。
「・・・・・・くそっ・・・・・・俺はなんて役立たずだ・・・」
救助隊のリーダーでありながら、仲間を全滅させてしまった――その重すぎる現実に、夏原は自分を責めることをやめられなかった。
繰り返すように心の中で「俺のせいだ」と呟きながら、どんどん深い場所へ沈んでいく。
その時、不意に差し出されたのは、温かく、まっすぐな言葉だった。
「そんなことはない。――あなたは、よくやっている。その責任に見合う行動をあなたはしているよ」
「・・・・・・え?」
自責の念に押し潰されかけていた夏原の心に、繋の労わりの声が静かに届く。
胸の奥に、なにかがぽたりと落ちる感覚。
その優しさに、救われそうになる。
けれど――
(でも、許せるはずがない)
全滅した隊。助けられなかった命。
事実は変わらない。
「分かったように言わないでくれ・・・・・・、君に・・・・・・何がわかる」
つい、子供じみた八つ当たりが口をついて出る。
そんな自分に気づいて、胸の奥が少しだけ痛んで、繋の顔を見ようとした。
(――――――ッ)
夏原の目に映ったのは、それでもまっすぐに自分を見つめる繋の瞳だった。
「あなたが最後まで頑張ったおかげで、あの子の命だけじゃない――あなた自身も生き残れたんです」
「救えた命がある。まず、その事をあなたは誇っていい。そして、あなたは生き残った。なら、まだ貴方にはこれからも救える人達がいる」
(一つ間違えば、呪いにもあなる言葉だけど、今の彼には慰めと新しい責任が必要だ)
繋は考える。そして言葉を選んでいく。
自身も責任感が強いタイプだと理解しているからこその言葉だった。
(それに、自分だけ生き残ってしまった事の罪悪感を、その重さを、苦さを、僕は、この場にいる僕だけが真の意味で彼を理解してあげる事ができる)
けれども、これ以上罪悪感に押しつぶされないで欲しいという気持ちも、出来るなら肩代わりしてあげたい気持ちも、ある。
───だから。
「初めて会った人にこう言う事を言うのは可笑しいかもしれないけど───」
「僕は、貴方一人だけ生き残ったとしても、僕は嬉しいよ」
まっすぐで、そして嘘偽りのない言葉だった。
(生き残ってさえいれば、終わりじゃない。生き残った、生き残された意味があるはずだ。・・・・・・僕もそれをずっと探している)
「俺は生き残った・・・・・・、俺にはまだこれからも助ける事が出来る・・・・・・」
その声音が胸に落ちるたび、押し込めていた後悔と絶望が、少しずつ、ゆっくりと解けていく。
夏原は、俯けていた顔をゆっくりと上げた。
視線の先には、変わらず穏やかに、自分を見つめる青年がいた。
(・・・・・・不思議だ)
どう見ても10代後半の若者にしか見えない。
なのに、その言葉の重みと包容力には、まるで長年を生き抜いた者の風格があった。
まるで、老練な大人がそこに座っているかのように――。
2025/8/3 後書き
ワタリケイと夏原との会話がいまいちだったので、今回の加筆修正で何とかコレだ!というものが書けたと思います。繋は人が欲しがっている言葉を見つけるのが得意だし、自分の事も理解しているのに、自分の本当に欲しがっている言葉や人からの感情には臆病、だから分からないふりをするし、自分は大丈夫だと暗示をかける。
もし良かったら、ブックマークかリアクションスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!




