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第1話:邂逅

2025/8/3 加筆修正済み


「やっと着いた~」


「はあ・・・何だかんだ大変だったけど、今までと比べたらずっと快適だったな」


「そう言ってくれると嬉しいな」


続けて、ヒカルが「何から何まで、世話になっててスマン」とけいへの負担を考えると無理をさせているだろうと思い謝る。


「これぐらいは大丈夫だよ」


けいはヒカルに向けて、問題ないと、大丈夫という顔で笑うもヒカルは納得できないまま、とりあえず感謝の言葉を述べた。


菊香が車窓から顔を出して廃れた道路看板を見上げる。


『兵庫県』


ヒカルたちは、ついに島根県から兵庫県へと辿り着いた。


出発からちょうど一日。


本来なら車で半日もあれば京都に着くはずだったが、道はあちこち陥没し、ひび割れも多く、悪路ばかりだった。


途中、通れる道をけいが上空から探したり、誘導をしながら進んでいたため、あっという間に一日が経ってしまった。


初日の夜は、途中で見つけたキャンプ場で過ごした。


けいの魔法のおかげでゾンビは近づかず、ヒカルが「焚き火がしたい」と言い出したときには、認識阻害の結界まで張ってくれた。


寝床についても、軽トラの車内を空間拡張魔法でキャンピングカーのように改造してあり、3人が余裕で眠れるほどだった。


終末世界とは思えないほど整った環境――そんな快適な旅を送ることができていた。


「私、車中泊に憧れてたから、すごく嬉しい!」


「・・・・・・俺も、こういう車中泊の旅って憧れてたんだよな。今回もありがとうな」


昨夜、嬉しそうにそう言った菊香とヒカルを見て、けいも思わず顔を綻ばせた。


けいにとっても、誰かと過ごす久しぶりの野外泊は、異世界での旅の記憶を呼び起こし、どこか懐かしい気持ちにさせてくれた。


静かな夜。

肌寒い風。

パチパチと温かく燃える焚き火を囲んで、仲間と何気ない話をしながら過ごした日々。


けいはいまでもあの時間をはっきりと思い出せる。


そして、今もスヴィグルたちは魔物の後始末に追われる日々を過ごしている。

遠く。とても遠く離れた世界でけいは彼らの事を思い出し、心配をする。


彼らは大丈夫だろうか。無理をしていないだろうか。ちゃんと休めているだろうか。


(でも・・・・・・僕が居なくても、スヴィグル達は大丈夫だろうな)


――いや――そんな事はない。


スヴィグル達との旅にけいの生活魔法は大いに重宝した。


時代が時代だけに、率先して戦闘魔法の代わりに生活魔法を覚えるような人等は居らず、生活魔法の開発さえ遅れていた。その証拠に様々な魔法を扱えるスノトラでさえ生活魔法だけは身に付けていなかった。


だからこそ、けいの魔法は過酷な旅を支える重要な力として、仲間から深く感謝されていた。


それだけじゃない。


けいの力だけでなく、常に周囲に気を配り、誰にでも親身に寄り添い、当たり前の日常をもたらしてくれる――そんな彼の存在そのものが、仲間たちにとってはかけがえのないものだった。


それは、ヒカルも菊香も同じだった。


「あともう少しだね。ヒカルさん頑張って」


「まあ、このまま何事もなく無事に着いてくれたらいいよな」


「まって、それフラグに聞こえるんだけど」


ヒカルの発言にけいは顔を引きつらせる。


あと1時間ほど頑張れば、京都に辿り着く。


けいは心の中で、class1以外のゾンビが出なければいいけどな・・・・・・とぼんやり考えていた。


そして、またのびのびとしたドライブが始まる・・・・・・そう思った、その瞬間だった。


(・・・・・・あ)


車窓から景色をぼんやりと眺めていた菊香の視線が、ある一点で止まる。


そこには、class1のゾンビに追われながら、必死に逃げている二人組の姿があった。


菊香の心に、迷いが生まれる。


助けるべきか、見捨てるべきか。


そんな思考が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。


(・・・・・・見捨てても、しょうがないよね)


だって、自分たちだって何度も見捨てられてきた。


こんな光景は、今では“よくあること”になってしまった。


しょうがないと。よくある光景だと。割り切りたかった。


(だって・・・・・・)


何度も信じた。何度も裏切られた。「今度こそ」と願っても、その度に裏切られる。


その繰り返しで、気づけば菊香の心は、とうに麻痺していた。


もう誰も信じられない。


そう思っていたはずなのに——


その“誰か”が、目の前に現れてしまった。


わたりけい


見ず知らずの自分たちに、何の見返りも求めず、たくさんのものを与えてくれた彼。


(「自分の事」を後にしてでも、私達の為に着いてきてくれた)


そんなけいの背中を菊香は見つめる。


(・・・・・・きっと、けいさんなら助けるんだろうな)


彼の優しさに触れて、沢山の優しさを貰った。


けいたちと過ごしたあの日々が、


菊香の閉ざしかけていた心の奥に、もう一度 “他人を思いやる気持ち” を芽生えさせた。


(・・・・・・なら、私もたまには誰かを助けたって良いかもしれない・・・・・・)


けいとヒカルに大声を出す。


「・・・・・・まって! 人が襲われてる!」


菊香の焦った声にヒカルは急ブレーキをかける。


「・・・・・・俺は反対だぞ」


菊香の声に反応してヒカルは急ブレーキをかけたが、正直見ず知らずの人を助ける事自体、ヒカルは余り賛成では無かった。


だから、ヒカルは反対する。


それは、菊香も同じ気持ちだ。


思い出すのは、けいと出会った頃のことだった。


けいと出会った時にヒカルの脇腹に刺し傷があったのも、菊香を囮にしようとした仲間にヒカルが反抗して出来た傷だった。


その仲間たちは優しい人たちだった。


食料を分けてくれたり、一緒にゾンビと戦ったり、共に笑いあったりと。


(仲間って、いいな)と思えるくらい――そんな日々の中で、菊香は少しずつ「仲間」という存在を信じられるようになっていた。


だが、あの日までは。


ある日、class1の大群に遭遇し、命からがら逃げる最中でメンバーの一人が足を怪我した。

歩けない彼を、菊香たちはなんとか必死に支えながら逃げていたが——限界がきた。


絶望的な状況の中で、彼は叫んだ。


「死にたくない・・・・・・! なんで俺だけがこんな目に!」


その叫び声が、今も耳に残っている。


菊香も、ヒカルも、見捨てる気なんてなかった。けれど、他の仲間たちは違った。


「あいつには、囮になってもらうしかない」――誰かがそう呟いた瞬間、空気が変わった。


菊香は必死に抗議した。ほかに方法がないかと訴えた。人として、それだけはしたくなかった。


だが、返ってきたのは冷たい視線と、突きつけられたナイフだった。


そして――


その刃から菊香をかばったのが、ヒカルだった。


その出来事があって、菊香は心を閉ざしかけていた。


もう誰も、信じないように。


(でも、この人に出会ったから――)


まだ、自分は自分らしく居られる。


そして今、逃げている二人の姿に、菊香は自分たちを重ねてしまった。


年下らしい少年と、けいの現在の姿より少し年齢が上に見える男。


まるで、かつての自分とヒカルのようだった。


「・・・・・・正直言うと私も助けるのはどうかと思う」


菊香は複雑で気難しい表情を浮かべて呟く。


「でも、このまま見捨てるのも寝覚めが悪いかも」


その言葉に、一瞬、空気が和らぐような、ふっと優しい笑い声が響いた。


「なら助けるしかないね」


けいが笑って、ヒカルに言葉を投げた。


「あークソ・・・・・・」


ヒカルは頭をガシガシと掻き、大きなため息をつく。


「仕方ねえ。確かにここで見捨てると、寝覚めが悪りぃよな」


「ちなみに、助けた後はどうする?」


けいは敢えて意地の悪い質問をした。もちろんけいは、最初から二人を難民キャンプに連れていくつもりだったし、ヒカルも結局はそうすると分かっていた。


「んなもん、助けてから決めるぞ!!」


ヒカルは悪態をつきながらも、車をUターンさせる。


そして軽トラは、救いを求める二人の元へと——猛スピードで走り出した。





「夏原さん! あともうちょっと頑張るっす!」


「いいから、君だけでも逃げろ!」


肩を支えながら走る少年の額には、汗が滝のように流れていた。


足元はふらつき、何度も転びかける。それでも男は何とか踏ん張る。


男の体重が片方に傾き、腕に痛みが走る。


男は片足を引きずりながら、歯を食いしばっていた。


脚の痛みは鋭く、息を吸うたびに肺が焼けるようだった。


男は隣で必死に支えてくれている少年の横顔を見る。汗を大量に流しながら、苦しそうな表情をしながら走る姿を見て男は自分を責めた。


(こんな小さな体に、重荷を背負わせている・・・・・・)


男は考えていた。この少年だけでも助ける方法を。


(そうだ・・・・・・この子だけは守らなければ)


男は意を決する。


男は少年の肩から身体を外した。


「あっ・・・・・・」


突然の動作に少年が声を漏らす。


少年の背中を押す瞬間、男の胸が締めつけられる。これで本当に守れるのか、わからない。


でも、今はただ――走らせなければ。


振り向いたその背中を、男は力強く押した。


「逃げろ!!」


その瞬間、耳をつんざくようなゾンビたちのうなり声が響いた。


背後から、ゾンビたちの唸り声と、足音の混じった地響きが迫ってくる。


耳がキン!と痛むほどの叫び声、血と腐臭の混じった生ぬるい風。


自分の命もここまでかと。


そう覚悟しかけたその時、突然、遠くからエンジン音が聞こえた。


近づいてくる音に、男も少年も思わず振り返る。


そして――ドンッ!!


鈍い衝突音が響き、ゾンビが吹き飛ばされた。


目の前に軽トラが突っ込んできて、ゾンビの群れを蹴散らす。


車から飛び出してきたのは三人。


先頭は、見るからにガタイが良くて、目つきの鋭い男で、思わず身構えそうになる。


続いて現れたのは、対照的に穏やかな目をした青年。


その後ろからは、少年と同じくらいの年頃の少女が顔をのぞかせる。


「大丈夫ですか!? 私の聞こえますか!?」


甲高く、でも優しさの滲んだ少女の声が響いた。


警察官の男は理解が追いつかないまま、ただ立ち尽くしていた。


「夏原さん、大丈夫っすか!? しっかりして下さい!」


少年の手が自分の腕を掴んで揺らす。その熱に、ようやく我に返った。


「おい、早く荷台に乗れ!」


「ゾンビがまだ来ます! 急いで!」


少年の方は少女が、荷台へ誘導してくれた。


自分の足が思うように動かない自分をガタイの良い男と青年が支えてくれて、荷台へと導いてくれた。


荷台に丁寧に乗せられた後、振り返ると、あの血塗れのゾンビたちが、こちらに手を伸ばして迫ってきていた。


警察官の男は未だに何が起きたのか、分からなかった。


それでも、少年と警察官は自分達は助かったのだという確かな実感だけが残っている。


2人が荷台に乗った事を確認したけいは「さあ、出発しよう」と言い、3人は車の中に乗り込んだ。


「いくぞ!!」


ヒカルの叫びと共に、アクセルが踏まれ、車は衝撃と共に走り出す。


警官の男と少年は荷台の上の振動で何度も体が跳ねる。


身体に鈍い痛みと衝撃が走る。


思わず、顔を顰めるがそれでも、男はこの震えが生き残っている証拠だと感じていた。




もし良かったら、ブックマークかリアクションスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!

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