第19話:稲光
鳴り止まない銃声と火薬の匂い、薬きょうが無数に落ちる音がモール内に響く。
重火器を左腕に一体化したclass3の重火器のゾンビの動き自体は遅いが、ガトリング弾をほぼ無限に撃つことが出来たため、隙間が無い猛攻にヒカルは攻めあぐねていた。
初めこそ相手も油断していたのか、class3が撃ち終わった後、すかさずヒカルはゾンビの懐に入り、その鎧のような身体に電撃を纏った拳を一発打ち込んだ。
だが、1発だけでは致命傷にならなかった。それも、ただのパンチではない。
class2のゾンビにも使った、相手の身体を貫通する程の威力を持つパンチを放ったのにだ。
間違いなく、相手を破壊する威力を持った一撃は確かにゾンビの分厚い筋肉の鎧を突き破り腹に穴を空けた。
致命傷を与えた事でclass3は動きが止まる。・・・筈だった。
ヒカルはそのまま頭を追撃をしようとしていたが、彼の頭上から重火器と合体した左手が轟音と共に大きく振りかぶり、ヒカルを攻撃した。
ヒカルは振りかぶる鈍器をギリギリで避けた後、後退する。
再度、タイミングを見てもう一発拳を打つ準備をしようとしたが、目の前の光景にヒカルは目を見開いた。
ヒカルが次の行動をするよりも早く、ポッカリと空いた肉体はボコボコと嫌な音を鳴らし、その損傷を治していった。
この個体だけなのか、class3全部がそうなのか分からないが、ゾンビが損傷した身体を回復するゾンビ等は見たことがなかった。
ただでさえ、近づくのが難しい敵なのに、回復能力まで持っているなんて厄介過ぎるとヒカルは舌打ちをする。
(どういう仕組みか銃弾が尽きたら、次に撃てるようになるまで40秒程空いている)
ヒカルがゾンビからの猛攻を躱しながら距離を置くために走る途中途中で、棚や色んなものを倒す事で相手の視界を阻害し隙を伺っていた。
だが、どれだけタイミングを見計らっても、銃弾を短期補充が出来るかつ、遠距離攻撃を持つ相手に接近戦のヒカルでは分が悪かった。
それに敵は厭らしい事にヒカルの方には決して距離を縮めることはせずに、ある程度離れた安全圏に居た。
ヒカルはそれに、嫌そうに舌打ちをしつつ、それでもと、何とか攻撃の隙間を探す。
(40秒・・・・・・撃ち終わって、全速力で向ったとしても奴が離れすぎてて弾の補充の方が完了しちまう・・・・・・)
何か盾に出来そうな物を探すが、近くに頑丈で盾に出来るものは無い。
しかし、辺りを探していると視界の端に赤い縦長の物が目に入る。
(消火器・・・!)
これだ!とヒカルは閃く。
class3が弾を補充している今、ダッシュで消火器が置かれている所まで走る。
無事に消火器を確保したあと、次の撃ち終わるタイミングが来るまで、また物陰に身を隠す。
(早く撃ち終われ)
銃弾が鳴り止んだ瞬間、ヒカルは消火器を片手で持ちながらゾンビの所まで走る。
ゾンビが弾を再装填するまで後10秒。
あと、もう少しだとヒカルは必死に足を走らせる。
ゾンビの再装填が完了する。左腕の銃口をゆっくりと走ってくるヒカルに向ける。
「これでも、喰らいやがれ!!!」
銃口を向けられたタイミングと同じタイミングでヒカルは消火器を思いっきり投げつけた。
ゾンビは自分に向かって投げつけられた消火器に気を取られ、ヒカルに向けていた銃口を消火器に変更し弾丸を打ち込む。
消火器が炸裂する音と共に、シューーッ!!と消火器から白い粉が煙のようにゾンビとヒカルの合間に蔓延する。
ヒカルはここぞとばかりに、ゾンビとの距離を縮める。
ヒカルの視界も煙幕で視界が遮られているが、相手との距離感と位置は把握し頭の中に入れていた。
(よし! 今度こそッッ!!!)
ヒカルは右ストレートを打つために、後ろ右足に体重を置く。
右拳にオレンジ色にスパークする雷を帯電させる。
パンチを打つ動作と同時に前左足へ体重を移動させ、右ストレートを打ち込もうとした。
が、ヒカルの顔面。目の前にゾンビの左腕が迫る。
重火器のゾンビに煙幕など役には立たなかった。なぜなら、視覚よりも聴覚の方が優れている為、ヒカルの足音や呼吸音で相手の居場所を判断していたのだから。
目の前の光景に、は?と一瞬ヒカルの思考が止まる。
そして、そのまま勢い良く、平手打ちを振る要領で思いっきり振られた左腕をヒカルは胸部で受けながら遠くへ吹っ飛ばされた。
ドガ!!!っと鈍い音が鳴る。
背中を壁に強く打ったのと、胸部への打撃にヒカルはカハっと一瞬息が止まる。
意識が一瞬遠のくが、ヒカルは何とか意識を持ちこたえる。
(くそッ・・・! どうすればいい?)
(どうすれば、倒せる・・・・・・)
ゾンビはヒカルを吹き飛ばした事で見失ってしまう。敵がヒカルを探しているお陰で少し休む時間を得ることが出来た。
その間に、ヒカルは思考を巡らせる。
ヒカルはもう一度消火器を探すが、近くに消火器はもう無い。
相手に近づく手段がない。
手詰まり。
いや、捨て身覚悟で挑めば、まだ勝機はあるとヒカルは脳裏に浮かぶが、もし倒したとしても、自分が重症だったら意味が無い。
だって、ここにはアイツは居ないのだから。
せめて、もっと早く動く事が出来れば。
相手が反応できないスピードで相手の懐に入れたら。
(なら、身体に雷を纏え)
「・・・・・・は?」
何時もの幻聴が聞こえ、ヒカルは戸惑う。
だが、その幻聴を受け入れるべきかを判断するには時間が無かった。
(やり方は・・・・・・いや、これも俺は知っている・・・)
右手に纏っていた雷を身体に纏う。脳に電気信号を送る。
ヒカルはゆらりと起き上がり、再度拳を構えた。
(シンプルに、頭に一発)
相手の動きを崩してから頭を狙うのではない、ただ単純に頭部に一撃を打ち込めばいい。
ヒカルは未だに距離を取っているゾンビを視界に入れる。
ゾンビも此方に気づく。既に向こうは再装填が完了しており、銃口をヒカルへ向けた。
ヒカルが立っていた場所には黒い焦げ跡だけが残る。
銃弾が発射されるよりも早く。
オレンジ色の軌跡が直線上を走り抜けた。
そして、
鋭い雷鳴と共に、ゾンビの頭部を拳が打ち抜いた。
頭部を破壊されたゾンビは、膝から崩れ落ちると同時に塵になって飛んでいく。
その瞬間、ヒカルの勝利が確定したのだった。
◇
「あ゛~、きっつ・・・・・・」
ヒカルは苦し気に言葉を吐く。
初めて違う力の使い方をしたせいか、身体のあちらこちらが筋肉痛のようにビキビキと痛む。正直、ここで一日休みたいぐらいだとヒカルは思っていた。
だが、ここで休むにもキャンプ用具も無く、いくらclass3がその他のゾンビを捕食して居ないとは言え、完全に居ないとは言い切れない。
ヒカルは仕方ないとため息をつき、バイクに乗ってさえしまえば何とかなるだろうとバイクが置いてある駐車場まで歩いた。
バイクが置いてある場所まで向かうと、その場に思いがけない人物が居てヒカルはびっくりした。
「なんで、お前・・・・・・」
「菊香ちゃんにお願いされて迎えに来ました」
ヒカルが置いたバイク横に立っていたのは、繋だった。
長杖を右手で持ち、腰に手を当て立っていた。
その様子だと、無理をしたみたいだねと繋は何処か呆れた表情をしながら、そこに坐ってとヒカルに屋上に置いてあるベンチを指さしながらお願いした。
いや、大丈夫だと言おうとしたが、どこか怒っている雰囲気の繋に多少押され気味でヒカルは言われた通りにベンチに座る。
ヒカルの前にしゃがむと、繋はヒカルの頭に手を当てて、治癒魔法をかける。淡い橙色の光がヒカルの頭を包み、切り傷を癒していく。
頭の傷を癒した後は、次は何処が痛いのかヒカルに確認しながら治癒魔法をかけていった。
「いつつっ」
「まったく、もう・・・。どんな敵と戦ったのか分からないけど、こんなになるまで無理したなんて」
ヒカルはしょうがなかったんだと繋に言うと、続けてclass3のゾンビが出た事を繋に共有した。
「class3はゾンビというか・・・・・・ほぼクリーチャーだね」
繋はヒカルの話を聞き終わると、深刻そうな声を出しながら頭を抱えた。
人間が使う近代武器を扱う事、回復能力が高すぎる事等、まるで異世界の魔物みたいだと繋は思った。
そして、そんな相手に良く勝ったねと繋はヒカルを労う。
でも、逃げれるときは逃げてね。と繋はヒカルに注意する。
「そう・・・・・・だな。今回は流石にどうかしていたかもしれん」
異能の力がどれだけ使えるのか試してみたかったこと、やけに戦闘意欲が湧いてた事。
そして、変な幻聴が聞こえ始めた事。
どれも、精神的なものだと思っている為、ヒカルは繋にこの事を言わないでいる。
これは、今まで何も出来なかった自分への焦燥感と不甲斐なさのあらわれだと、本人はそう思い込んでいるようにしているからだ。
ヒカルは疲れによるため息を吐いて、夕焼けに染まる空を見上げると、少し休んだら帰るかと繋に言う。
取り合えず、帰って美味い飯でも食ってゆっくり寝たいと、ぼやくヒカルに繋は眉を下げて困ったように笑う。
「そうだね。少し休んだら帰ろう」
菊香ちゃんも待ってるし、美味しいご飯も待ってる。
繋はヒカルの隣に「よいしょ」と言いながら座ると、同じように夕色に染まる空を見上げた。
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