第17話:薄氷
2025/10/13 呪文言語の統一
いつも通り、ヒカルと繋は浜辺の砂浜で訓練をしていた。
手合わせも終わり、繋は疲れたように砂浜の上で両足を放り出し座る。
すると、繋の頭上に影がかかり、何だろうと繋はふと顔を上げた。
顔を上げるとそこには、眉間の皺を深く寄せたヒカルが目の前に立っていた。
「菊香に戦い方を教えたみたいだな」
咎めるような声が聞こえ、繋はすかさず顔を防ぐように両腕をクロスさせ防御態勢に入る。
「待て待て! 何を勘違いしてんだ!」
「いや、殴られる覚悟を・・・・・・」
「馬鹿言え! 逆だ! 逆! 感謝してんだよ!」
独断で菊香に戦いの術を教えた事で、菊香を大切に思っているヒカルから小言か一発を貰う覚悟をしていていた繋は感謝を言われるとは思わず、逆に戸惑ってしまう。
ヒカルはそんな風に思われていた事に若干ショックを受けていたのか、ブツブツと俺はそんなに簡単に手を上げる奴に見られてんのかと愚痴を零していた。
頭をガシガシと掻いて、どさっと繋の隣に座り込む。
「何を勘違いしてるか分かんねえが、あいつだって何度かゾンビやゾンビに成りかけていた人を手にかけた事だってある。大切にしてはいるが、何でもかんでも過保護してる訳じゃねえよ」
ヒカルが語った菊香の過去に、やはりそうだったのかと、繋は暗い気持ちになり、何とも言えない表情になってしまう。
それにだ、とヒカルは続ける。
「もし、俺に何かあったとして、あいつ一人で生きていかなきゃならねえ事があるかもしれねえ」
だから。とヒカルは重苦しい表情をしながら、色んな戦い方を知ってる事に越したことはねえだろと繋に話す。
ヒカルは、何度も「もしも」を想像する。
戦う相手は何もゾンビだけじゃやない。時には人間と戦う必要があるかもしれない。
そして今までの事を思い返す。
運が良かっただけの今までを。
2人だけの旅で、碌な装備も物資も無い状態で2人とも五体満足でいれたのは奇跡としか言いようがなかった。
そして、今回も。
ゾンビの大群に襲われたあの時、あの場所に繋が居なければ、ヒカルはきっと死んでいただろう。
そして、菊香はこの終末世界を一人で孤独に生き抜いていくしかなかったかもしれないのだ。
今は、ヒカル自身何かあっても、繋が居てくれるので、少しは安心はしているが、それでも繋も超人ではないのだ。
魔法が使える繋だって、死んでしまう可能性は十分にある。
だからこそ、菊香が一人になってしまったその時に「力」を持っておく事に越したことはないとヒカルは思うのだ。
だから、もし俺に何かあった時はあいつを頼むぞと笑いながらヒカルは繋に言った。
きっと、繋の事だ、「まかして」と快く引き受けてくれとヒカルは思っていた。
だが、彼から返ってきた答えは予想していない言葉だった。
「ごめん、断る」
繋はきっぱりと否定した。
横からさっくりと、ヒカルの覚悟を切り捨てるかのような言い方にヒカルは「おい」と突っ込む。
ヒカルは何時もの軽口だろうとヒカルは思っていた。
だが、それは違った。
「そんな事起きないし、起こさせない」
「命に変えても、絶対に」
繋はいつものような優しく落ち着いた声で言葉でヒカルの目を見て断言した。
覚悟を感じさせる言葉の強さで宣言をする繋に、ヒカルは心の中がざわつく。
言葉こそ、いつもの優しい繋そのものだったが、その姿は何時もの穏やかな雰囲気の繋ではなかった。
(・・・この違和感はなんなんだ・・・・・・)
(こいつの、その言葉に嘘は無いと信じてるが・・・・・・)
ヒカルは知らない。繋の危うさを。
だから、繋の言葉に何処か変な違和感をヒカルは感じる。だが、それに対する違和感の正体を探すも、見つからなくヒカルは繋の言葉を「・・・おう」と生返事するしかなかった。
「そうだ! 菊香ちゃんと弓の練習を続けきたお陰が大分上達したから、ヒカルさんも見てあげなよ」
繋は思い出したかのように、両手をパンっと小気味良く叩いた。
その音とともに、ヒカルはハッとする。
そこには、先ほどまでと違い何時もの穏やかな繋が居て、ヒカルは一瞬本当に彼なのか見間違う。
取り合えず、ヒカルは繋の言葉に後でどれだけ上達したか見てやるかと返答する。
繋はそれに、笑って、じゃあ夜ご飯を作る時間だし帰ろうかと言うと、立ち上がって背伸びをした。
ヒカルはその姿を座ったまま、見上げる。一瞬、どこの誰か分からないが面影が重なりかける。
「ヒカルさん?」
此方を見る、ヒカルに気づきどうしたのかと尋ねられ、重なりかけた影は散る。
「・・・そういや、お前本当の年齢の姿じゃないんだよな」
「そうなんだよね。これでも30歳なんだよね」
「いや、やっぱり30歳は嘘だろ。想像がつかん」
ひどい!と繋は悲しそうに突っ込みを入れる。そりゃあ、童顔だし、元の年齢の姿でも皆からは20代だろって言われるし、でも、あっちの世界の人は全員老け顔というか、ブツブツと言う繋を見てヒカルは杞憂だと笑う。
(・・・・・・いや、今は良い。俺が強くなれば、菊香もコイツも助けてやれるぐらい俺が強くなれば良いだけだ)
ヒカルはその日、もう一人守るべき人間を増やした。
◇
「調子はどうだ」
菊香の練習を確認しに、裏庭にヒカルは来た。弓を構え的を射る後ろ姿を見て、ヒカルは菊香に声をかける。
その瞬間、放った矢は的の真ん中から少しずれた右上に当たった。
それに、ヒカルは「おお!」と驚く。
「はー・・・びっくりした~」
もう!と、少し頬を膨らみ、睨み付ける菊香にヒカルは笑いながら謝罪する。
「でも、急な事が起きても命中するようになるくらいには上達したな」
ヒカルにそう言われた事で直ぐに機嫌を取り戻した菊香は恥ずかしそうに照れる。
ころころと感情が変わる菊香を見てヒカルは内心安堵していた。
「でも、まだまだ真ん中を当てる事は難しいかな・・・」
菊香は少し困ったように言う。
繋から渡されたコンバウンドボウはブレ等を自動補正してくれたり等、的に命中しやすいように改造されているお陰もあり、短い練習期間の中でも、制止した相手であれば菊香は100発100中で的に当てる事が出来るようになっていた。
しかし、菊香は未だに的の真ん中に当たらない事に焦っていた。
的の真ん中。敵で言えば頭。
ゾンビを一撃で倒すには頭への攻撃が必須となる。
まして、相手は動くのだ。
ただでさえ、制止している的の真ん中に命中しないのに、動き回る相手だと、当たらないのではないかと菊香は焦っていた。
一応、ゾンビの身体に当たってしまえば、相手の動きを阻害する事は出来るが、それでも菊香はなるべく妥協はしたくなかった。
どこか焦りを見せる菊香にヒカルはポンっと頭を撫でる様に軽く叩く。
「おじさん?」
「何のための俺たちだ」
外したんなら、俺とあいつが居る限りで2人で仕留めるだけだ。もし俺たちがその時に居なくとも逃げればいいとヒカルは菊香に言う。
俺たちが戦ってるのはスポーツのような勝ち負けの世界じゃない。
生きるか死ぬかの世界だ。逃げて、逃げ続けて、最後には生きてれば良いのだ。
「だから、もう少しリラックスしてやってみれば良いんじゃねえか」
意外とその心の持ちようだけでも、意外と変わるんじゃあねえのかとヒカルは菊香に言う。
そうなのだ。実は菊香に足りないのは精神的な面だけだった。
弓を射る技術に関しては、1日に何時間、そして二週間の間ずっと練習を続けた。
豆が出来ても、つぶれても、ひたすらに練習を続け、そのお陰か既に申し分ない程上達していた。
菊香は、ヒカルの言葉に肩の荷が少し降りたのか気持ちに余裕が出来る。
菊香の表情が和らぐ。
菊香はありがとう!と言うと、もう少し練習をすると言い弓を構えだす。
「ああ、そういや、もう少しで夕飯らしいぞ」
渡さんに少し遅れるって言っておいて欲しいと菊香はヒカルにそう頼むと、深く息を吸い込み、遠く先の的を睨み付ける。
今なら命中すると。そう確信し弓を放つ。
放った矢は真ん中に命中した。
◇
家の二階。そこに一人。欄干の前に立ち、掃き出し窓を開け、真夜中の月に照らされながら潮風を浴びる。
正直なところ、ヒカル達と住んでから3週間経つが、未だに繋の魔力量は50%も戻っていなかった。
この夏休みのような一か月も終わりを迎えるまで、あともう少し。
このまま、この場所で3人で過ごす事も考えたが、本当の意味での自由はそこには無く、4LDLの狭い世界で、ただ生きてるだけなんて、緩やかな死と同じなのかもしれない。
本当に2人が安心して暮らせる世界にするには、また過酷な現実に戻る必要がある。
以前、繋は2人に京都の難民キャンプに辿り着いたら、その後は自分だけでも世界を救うために動くと伝えた事がある。
その時の2人の返答を今でも繋は心に残っている。
───自分達もついていくと、一緒に戦おう。と言ってくれた。
(・・・・・・いや。言わせてしまったのかもしれない)
”魔法”という”希望”に魅せられたのだろうと、繋は考えていた。
だが、それは繋の勘違いだった。
2人は純粋な気持ちで、繋と共に付いていきたいと、一緒に戦い生きていきたいと、そしてまた3人でこの家に帰って来れるようにと思っていたのだ。
しかし、繋にはその思いは届いてない。
今の彼の胸中を占めるのは、2人を絶対に守る事。
だから、繋は唱える。
「リーヴ」
異世界で魔力不足を補うために使っていた禁断の魔法の言葉を。
「ブレイタ」
繋の足元に魔法陣が展開し、繋の身体を月光が纏うように薄く光る。
「セイズル」
最後の呪文を唱え、そして光は消えた。
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