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『ゾンビだらけの世界でただ1人の魔法使い』  作者: mixtape
第1章:インセプション
16/83

第16話:同感

早朝。


ご飯を炊く時になる音、味噌汁の香り、ネギを刻む音。平和な、なんでもない普通の日常の姿。


今日も今日とて繋は誰よりも早起きをし、3人分の朝ごはんを作っていた。


繋は朝ごはんを作りながら今日の予定を立てる。


朝食を食べた後はヒカルとの戦闘訓練。お昼過ぎには畑に行って草刈りと水やりをしに、そして帰ったら夜ご飯を作って、菊香が寝たら、偶のヒカルとの晩酌の時間。


ほぼ毎日行うヒカルとの手合わせは、戦いの腕が訛ってしまう事を懸念していた繋にとってありがたい事だった。


自分の力はどこまで通用するのか。


未だにclass2までのゾンビにしか出くわしていないのもあり、class2以降のゾンビがどんな物なのか不安を感じているばかりよりかは、無心に身体を動かしている時間を作った方が繋は精神的にも楽だった。


ヒカルに至っては着実に戦闘技術が向上しており、魔法による搦め手を使わない繋との戦闘ではヒカルが勝つことが増えてきた。


けい相手の勝利だけではない。2日前のことだった。繋とヒカルは共に育った野菜を収穫しに畑へ向かった。


その時の繋は完全に油断をしていた。油断、もしくは少しの間の平和に平和ボケしていたのかもしれない。


2人がトマトやなすび等の収穫に励んでいたタイミングで畑の近くの森林からのそりと黒く大きな塊が這い出てきた。


それは、ゾンビ化による原因なのか、高さはおよそ4メートルで、長さは約7メートルの体を持ったイノシシだった。上下の牙も体の大きさに合わせて、大きく発達していた。一突き喰らってしまえば、間違いなく死に至る凶悪なものだった。


繋もヒカルも余りの大きさに唖然としていると、猪が2人の存在に気付き、けたたましく咆哮した。


次に2人に突進する為に、猪は足踏みを鳴らす。


イノシシの突進スピードは時速45キロメートルと言われている。通常のサイズでさえ突撃を受ければとけがを負う危険があるというのに、あの巨体で突撃を受けてしまえば即死は免れないだろう。


繋は直ぐに反応できなかった自分に一瞬だけ反省をして、ヒカルを庇うために身体を動かそうとした。


だが、繋の行動よりも早く、行動に移したのはヒカルの方だった。


彼の予想外の行動に繋はヒカルさん?!と驚きの余り叫ぶ。


ヒカルは身に着けていた黒いリストバンドをナックルグローブに変化させる。


猪に向かって走るヒカルは繋に援護を頼むと叫ぶ。


ヒカルの援護要請に繋は思考を切り替え、杖を何もない空間から出現させる。短いままの杖をびっ!と空を切るように鋭くイノシシの居る方向へ振る。


「グロウ!」と声を張るように呪文を唱えた。


今にも突進しようとしていたイノシシだったが、猪が立っていた地面からぬるりと蔦が伸びる。急激に成長した蔦はイノシシの手足や身体全体を搦めるように伸びていった。


身動きが取れなくなった獣だったモノは怒ったのか狂暴な鳴き声を辺りに響かせる。


ぶちぶちと蔦を強靭な身体で無理矢理ちぎっていく。


だが、そんな抵抗も無意味だった。


バチバチと電気が弾ける音が鳴る。


オレンジ色に発光する雷を右拳に纏いながら、猪の眼前まで近づいたヒカルが右拳を振り上げる。


両足を肩幅に開き、左足を前方に踏み出す。


腰をしっかりと回転させ、構えた後ろの腕を、まっすぐ目標に向かって、力強く撃ち抜いた。


その瞬間、拳に帯電させていた電気が一瞬収束した後、爆発するようにスパークする。


眩い光と轟音が辺りに響いた。


余りの眩しさに繋は手をかざす。光が収まり、かざした手を下げ、ヒカルの方を見る。


「・・・・・・ははは」


目の前の光景に繋は乾いた笑いを漏らすしかなかった。


意想外。予想の範囲を超えた威力だった。


ドシン!とイノシシだったモノが倒れ塵となって宙へ飛んでいく。


それよりも、繋はイノシシが倒れた先の光景に視線を奪われていた。

ヒカルが放った一撃は。


猪の身体を貫通させただけではなく、猪の後ろの茂っていた木々を薙ぎ払う一撃だった。





そんな事もあったなあと繋は手元の大根を桂むきしながら思い出す。


(凄かったな・・・・・・)


繋はヒカルのポテンシャルに羨ましさを感じつつも素直に凄いなあと感心する。


自分なんか魔法を使えるようになるまで、1年以上かかったというのに、ああも異能の力を使いこなせるのは才能だと繋は思う。


そして、場数を踏んでいる筈の自分より、咄嗟の行動が早かったヒカルに繋は自分がどれだけ平和ボケしていたのか反省する。


次はどんなモノが来ても遅れを取らないようにするのだと自分を律する。


剝き終わった大根をまな板の上に置き、縦に厚めに切っていく。


(ヒカルさんに何かあったら菊香ちゃんが、菊香ちゃんに何かあればヒカルさんが・・・)


2人には今以上の悲劇など遭って欲しくない。自分が近くにいる間は、そんな事に遭遇して欲しくない。エゴだと分かっていても、2人を助けるために自分は居るのだと。


包丁をゆっくりと置く。両手を作業台の上に乗せて、繋は虚空を見つめ自分を戒める。


(・・・・・・)


ふうっと息を吐く。


繋は気持ちを切り替える。ついでに気分を変えるために鼻歌を口ずさみながら朝食を作っていると、後ろから「渡さん」と声をかけられ繋は「ぎゃあっ!」と変な声を出しながら驚いた。


「わ、渡さん大丈夫です?」


後ろを振り向くと声の主は菊香だった。


丁度包丁を持ってないタイミングで良かったと繋は内心ほっとしながら、この時間帯はヒカルも菊香もまだまだ寝ている筈の時間帯なのに、どうしたのかと繋は菊香に尋ねる。


菊香は「あのー・・・」「えっと・・・」と話しにくい内容なのか中々話し出さない。


繋は全然ゆっくりで良いからねと菊香に言い、立ちっぱなしもなんだから座って話す?と尋ねる。


菊香は「・・・はい」と縦に首を振り台所に置いてある小さな横長のテーブル席に座った。


繋は、せめて飲み物でも用意をしようとコンロの火を止めて冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出し、コップにとぽとぽと注ぐ。


はい。と繋は白い花がプリントされているレトロなコップを菊香のテーブルの上に優しく音を立てず置いた。


菊香は「ありがとうございます」とコップを手に取る。


彼女は麦茶を飲むわけでもなく、コップから滴り落ちる水滴を指で何度かなぞる。何度かなぞった後、彼女は意を決してけいに言った。


「・・・・・・繋さん、私に戦い方を教えてくれませんか」


「・・・・・・え?」


デジャブ。


先日似たような内容をお願いされた事を思い出しながら繋は「理由を聞いても良いかい」と理由を尋ねる。


「・・・・・・わたしも、戦えるようになりたいんです」


「おじさんに負担をかけさせたくない・・・。そして渡さんにも・・・」


ずっと足手まといなのは嫌なんです。と俯き、何処か苦しそうに菊香は吐露する。


ヒカルとの旅でずっと守られてばかりで、情けなくて、悲しくて、いざという時に何も出来ない自分が嫌だと、菊香は胸の内を言葉にした。


「・・・そんな」


その言葉を聞いた繋はそんな事無いと言いたかった。


でも、彼女の気持ちもわかる自分が居た。


守られる事は悪いことじゃない。でも、親しい人が自分なんかを守って傷つく姿を見てしまうと、なんで自分は何も出来ないんだと、情けない気持ちになるのも分かるのだ。


そんな事を考えていると菊香は「ごめんなさい」と謝った。


「あの、ごめんなさい・・・。急で迷惑ですよね・・・。2人が訓練をしている姿を見て、私もって思っちゃって」


繋に心の内を吐くだけ吐き出した事で一時的にすっきりしたのか、菊香は引き下がろうとした。


そんな、菊香に繋はぎょっとする。


物分かりの良い子供に戻って欲しくなくて、繋は「まって!」と慌てて菊香を引き留めた。


「全然、迷惑なんかじゃないよ」


「じゃあ」


何処か期待する菊香に「・・・うん」と繋は頷く。


でも、本当に良いのかいと繋は真剣な表情で菊香に聞いた。


ゾンビと言えど、元は人間だ。それを手にかける事に対して、菊香は大丈夫なのか心配だった。


菊香は考えるそぶりをしたあと、真っ直ぐと繋の目を見て言った。


「大丈夫です」


「・・・・・・分かった、それなら後で菊香ちゃんに合いそうな武器を一緒に見繕おっか」


やったと喜ぶ菊香に、繋は優しく微笑みながらも菊香の発した言葉が気になった。


(大丈夫です。・・・か)


余りにはっきりと淀みなく言う菊香に繋はそれ以上追及しなかった。


(・・・そうだよね・・・僕が知らないだけで、彼女もこの世界で生きるために戦ってきたんだよね)


その境遇に繋は過去の自分と重ねる。


(ヒカルさん的にはどうなんだろうか・・・)


親代わりでもあるヒカルの立場から考えると、きっと前線で戦って欲しくないと思う。


でも、彼女自身の心。


所謂、気持ちを大事にした方が良いと繋は思うのだ。


繋はヒカルが起きたら菊香の事について説得をしようと思っていると、ガタッと寝室の方から物音が聞こえた気がした。


繋は寝室の方に視線を向ける。


襖の向こうから大きな人影が動いて、消えた。


それに、繋は勘づく。


恐らく、ヒカルが起きて此方の話しを聞いていたのだろうと。


(これは・・・僕の思い過ごしかな)


菊香は音に気付いていないのか、目の前で麦茶をごくごくと飲んでいた。


恐らく喉が渇くくらい緊張をしていたのだろう。


繋は菊香に、取り合えず朝食を作り終えるまで待っててねと言った。


菊香は手伝いますと言ってくれるが、菊香はゆっくりしててと菊香の申し出を有難く思いながらもやんわりと断った。


「なら、台所に居ても良いですか?」


「良いけど、つまらなくない?」


菊香は首を横に振り、「ここに居たいんです」と言った。


そこまで言うならと思い、繋は朝食作りに再度取り掛かる。


菊香は冷蔵庫から麦茶を取り出すと、台所に置いてあった小さな横長のテーブル席に座って静かに中庭を眺め始める。


(渡さんに話せて良かった・・・。これで、やっと本当の意味で2人の後ろについて行ける)


菊香は中庭を眺めながら、隣で料理の音を聴く。


たまにチラリと繋の姿を視界に入れる。


(・・・この空気感というのかな、懐かしくて好きだなあ)


菊香はたまにだが、こうやって繋が料理しているときに台所に来ることがあった。


基本は繋の手伝いをする為に来るのだが、手伝いが無い時はテーブル席に座って、何かをする訳でもなく、繋がいる台所の光景を眺めるのが好きだった。


一定のリズムで野菜を切る音。ガスをつけ鍋を置く音。やかんが沸騰する音。


ご飯を作る時に香る様々な匂い。


その光景、音、匂い、全てに対して。


菊香は家族の事を思い出し、懐かしくなって、恋しくなって、寂しくなる。


でも、その寂しさが薄れるぐらい、この時間が幸福だと感じるのだ。





「あっ、私これが良いです」


「おっ、これね」


朝食を作り終えた後、繋と菊香はヒカルが起きる時間が来るまで、裏庭でどの武器が良いか吟味していた。


トランクケースの中から、様々な魔道具を取り出し、置いていく。


その中で、菊香は目に惹かれるものがあった。


それは、滑車とケーブルで組み上げられ折りたたまれた弓、いわゆるコンパウンドボウと呼ばれるものだった。


紺色で塗装された折り畳まれていたコンパウンドボウを菊香は手に取る。持ち手を持つとカシャっと金属音が鳴って、折り畳まれていたコンパウンドボウが展開される。


収納されていた弦も、展開と同時に貼られていた。


菊香は持っているコンパウンドボウに隅々まで見入っていた。


繋は菊香にグリップを二回ほど握りしめてごらんと言うと、菊香は言う通りに握りしめた。


すると、カシャカシャっと音が鳴るとどういう原理かコンパウンドボウのサイズが半分ほどのサイズに縮まり、コンパクトな形に変形した。


「威力を出したい時は通常のサイズ。小回りが利いた戦闘をしたい時はこうやって小さくすれば、威力は下がるけど、連射もし易くなるし立ち回りもしやすくなる」


菊香の安全面を考えると、遠距離武器である弓は打って付けの武器かもしれないと繋は思った。


それに普通の弓と違い、弓を使った事が無い人にでも、誰にでも使う事が出来るように改造している。


「朝ごはんが食べ終わったら、一緒に練習してみよっか」


「はい! よろしくお願いします!」


明るく返事をする菊香に、繋も此方こそよろしくねと答えて、2人はヒカルを起こしに家の中へ戻るのだった。




もし良かったら、ブックマークかリアクションスタンプでも押して貰えると更にやる気が出ます・・・!

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