第13話:回顧
2025/10/13 加筆修正
「ほんとにいいのか?」
「え?」
道の駅で準備を終えた後、三人は元来た道に戻り、繋の祖父の家のある場所へと歩いていった。
前を歩く菊香を見ながら、菊香には聴こえないように、ヒカルは繋に再度問いかける。
繋は、意図が分からず顔をかしげるが、ヒカルは直接的に言い直す。
「しつこく何度も聞いてすまん、ストレートに聞く。お前には何のメリットがある?」
ヒカルは、昨日今日出会ったばかりの繋がここまで自分たちを助けてくれることに、いまだ納得ができずにいた。
そんなヒカルの気持ちを察した繋は、ただの人助けだよと穏やかに答えた。メリットなんて考えていない、とも。
しかし、ヒカルの眉間の皺は消えない。繋は困ったように笑う。
けれど、これが本心なのだから仕方がないのだ。
「強いて言うなら、彼女はまだ子供だし、守ってくれる人が必要だと思って」
「いや、お前も俺から見たら十分子供だけどな」
大人のように振る舞う繋に、ヒカルはお前もまだ守られる側の存在だろうと遠慮なくツッコむ。
繋は「へ?」と間の抜けた声を出し、歩みを止めた。急に立ち止まった繋に戸惑ったヒカルも、ヒカルは戸惑いながら同じように足を止める。
「おい、どうした?」
「あの〜、その〜・・・・・・」しどろもどろとはっきりしない。繋はそういえばヒカルに対して説明してなかったとどぎまぎした。
「実は僕、見た目はこんなだけど・・・・・・30歳なんだよね」
「はあぁぁっ!?」
衝撃のあまり、ヒカルは繋の顔をガシっと掴み、頬をぐいっと引っ張った。
「ちょっ、痛い痛い! 何するの!?」
「どう見ても年齢詐称だろ! これも魔法か!?」
「たぶん・・・・・・?」
「たぶんってお前な・・・・・・!」
「それが僕にもさっぱりで。こっちに来たら何故か若返ってて・・・・でも、今のところ支障は無いし、大丈夫かなあって・・・」
「いや、何も大丈夫じゃねぇよ」とヒカルは呟くと頭痛を覚え、額を押さえる。
自分の体のことなのに無頓着すぎる繋に、呆れるしかなかった。
(どおりで幼い顔立ちに似合わない落ち着き方してやがると思ったぜ・・・・・・)
「・・・・・・菊香には伝えてあるのか?」
「うん、昨日に」
その答えに、ヒカルは「なら、良い」と答えた。
「菊香ちゃんの事、大事にしてるんだね」
「・・・・・・まあ、な」
歯切れの悪いヒカルの返答に、繋は無粋な事を聞いてしまったと思いヒカルに謝罪する。
いきなり謝る繋に「はあ?」とヒカルは訝しげな顔をする。繋は余り聞くような事じゃなかったかもと話した。
「あ? いや、違う。ただ、どう答えるのが正しいか分からなかっただけだ」
ヒカルは頭を掻きながら、ぽつりと言った。
「ほらよ、アイツと俺どう見ても親子には見えねえしな。大事な存在だとは思ってるけど、大切って言われると・・・・・・ピンとこねぇ」
不器用に言葉を選ぶヒカルの様子に、繋はふっと微笑んだ。彼自身にその自覚が無くても、彼女を大切に思うヒカルの姿に繋は微笑ましくなったのだ。
「・・・・・・おい、何笑ってやがる」
「ううん、なんでもないよ」
居たたまれなくなったヒカルは話題を切り替えた。
「とにかく、お前には気を遣わずに済むな!」
自分とそんなに歳が変わらない事、年下だと気を遣わないで済むから楽で良いと。笑いながら肩を叩くヒカルに、今度は繋が驚いたように目を見開くのだった。
◇
海沿いの道を三人で歩き続ける。
ようやくたどり着いたのは、静かな海辺の町だった。
そこは海沿いの小さな住宅街。コンビニすらない、時が止まったような場所。
繋は記憶を頼りに歩き、祖父の家を探す。その後ろを菊香とヒカルがついてくる。
(懐かしいな・・・・・・)
繋は祖父の家に泊まった過去を懐かしく思い出す。
祖父の家の隣には道路があり、その向こうに砂浜が広がっていた。
丁度今日のような、澄み渡った青空。潮風。
祖父と海で遊んでもらった記憶、素麺を用意して待っていてくれた祖母の笑顔。
そんなありし日の夏が、青空が、海の匂いが、繋の心臓を締め付ける。
繋は、ふと立ち止まった。
そこにあったのは、倒壊した祖父の家だった。
胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。
少し感傷に浸っていた矢先、
「きゃあっ!」
菊香の悲鳴と、ヒカルの怒鳴り声が背後から聞こえた。
振り向くと、2人を囲むゾンビ化した野犬たちの姿があった。
全部で8体。2人を囲み今にも襲い掛かる準備をしていた。既に1体はヒカルが近くにあった木材で応戦をしているが、菊香の方は何も武器を持っていない状態だった。
(まずい!)
狙いやすい菊香を対象にゾンビ化した野犬が一気に菊香に飛び掛かる。
咄嗟に繋は杖を取り出した。
「フロス!!」
菊香の周りに防御魔法を展開し、飛び掛かった野犬たちはシャボン玉のような膜に弾かれる。だが、野犬たちはすぐに態勢を立て直し、繋の方を見ると、狂暴な声を出しながら今度は繋に襲いかかってきた。
繋は菊香に防御魔法を展開したまま、繋は杖の先を野犬達に指して、下から上に杖を振る。
杖を振ると、地面が隆起し、鋭い土の槍が野犬の腹を貫いた。
土の槍を避けた数匹が向かってくるが、残った数匹に、近くの瓦礫を浮かせて叩きつける。
襲ってきた野犬全てを無事片付けたあと、ヒカルの方へ加勢しようと、既にヒカルが相手していた野犬も倒そうと杖を向けたが、ヒカルは既に野犬を木材で倒していた。
繋は2人に駆け寄る。
「2人とも大丈夫?! ケガはない?」
菊香は震えながらも「無事です」と答え、ヒカルも「ああ、問題ない」と答えた。
繋はほっと胸を撫で下ろす。
「本当に良かった・・・・・・」
倒したゾンビが塵となって宙に消えていくのを確認したあと、繋は祖父の家を見つけたと話し、2人を祖父の家の前まで案内する。
「じゃーん、ここが僕の祖父の家です!」
「「・・・・・・」」
明るく説明をする繋にヒカルと菊香は顔を見合わせ、何とも言えない表情をする。
壊れた家を前に、二人は無言だった。
それはそうだろう。倒壊した家を目の前にしてどのように反応すれば良いか戸惑うに決まっている。
流石の繋もそんな2人の感情を読み取ったのか、「んんッ」と咳払いをすると、ここを拠点としますと説明をした。
「こんな状態でか?」
「あっ! そうか、こういうのも直せるんですね」
「その通り、こういうのも・・・・・・直せるのさ!」
腕を組みながら訝しむヒカルに対し、少し興奮気味な菊香。繋は杖を元の大きさに戻し、くるりと手の平で杖を回転させ、地面に叩きつける。
倒壊した家を囲む様に魔法陣が展開される。
オレンジ色の光が広がり、瓦礫たちがゆっくりと浮かび上がった。
崩れた柱、壊れた壁、鉄くずたちが組み直されていく。
その光景を見ていたヒカルは凄いなと驚いた声を上げていた。
やがて、少し古びれた二階建ての家ががそこに現れた。
少し古さを感じるのは、繋の当時のイメージの通りに復元した為である。
(ふう・・・・・・やっぱり大きい建物は疲れるな・・・・・・)
疲れの原因はそれだけではない。
身体が若返った事により、魔力の出力調整は難しくなったのだ。
そのせいで、この改造した身体はいつも以上に精神エネルギーを消費させ、直接身体へのダメージも増えてしまってる。そして、身体のダメージを治す為に回復魔法も回さないといけない。
悪循環なのだ。
さらに、今回は復元する過程で結界術を組み入れた。
他にも、電気やガスが通らない分、地脈エネルギーを抽出して補えるように改造したせいもあり、精神的疲労と肉体的ダメージが繋にのしかかる。
そんな疲れを繋は吐き出すように、繋は息を整え、ふっと微笑んだ。
「2人とも、さあどうぞ、どうぞ中に入って」
引き戸を開けて2人を中に招く。
「お、お邪魔します」
菊香とヒカルは顔を見合わせ、少し困惑しながらも家に入っていった。
◇
「わあ・・・・・・ひろい!」
「昔ながらの田舎の家だからかな。結構広いよね」
菊香は家の中を見渡し、子供らしくはしゃぐ。そんな姿を見て繋は微笑んだ。
繋の祖父の家は、4LDKの広い間取りの家で、真ん中には5畳ほどの小さな中庭もあった。
(今が植物は無いけど、祖母が中庭で色んな植物を育てていたな)
繋は懐かしい祖父の家を当時を思い出しながら、歩き回る。
2階へ上がり、欄干に寄りかかる。掃き出し窓を開けると、潮風が頬を撫でた。
小さい頃の思い出がフラッシュバックする。
祖父と一緒にスイカを食べながら海上花火を見た事、海で泳いだ事。
その時も、両親は居なかったが。
チリン──
風鈴の、夏の音が鳴る。
(・・・・・・風鈴まで、ちゃんと復元されてたんだ)
(田舎の夏って、どうしてこんなに切ないんだろう)
(なんか・・・スイカ・・・久しぶりに食べたくなってきたなあ)
特段スイカが好きな訳ではない。なんとなくあの時に戻りたくなっただけ。
(ダメだなあ・・・此処に来てから過去に囚われすぎてる・・・・・・)
そんなことを考えていると──
「お、いい景色だな」
「わっ!」
いつの間にか2階に上がっていた2人に繋は驚く。
ヒカルが下から呼んでいたらしいが、繋の返事が何時までも無くて上がってきたとの事だ。
菊香は「いい風だね」と言った。
「本当にね」と繋は返すと
少しの間だけ、三人で海を眺めた。
──そして。
ぐうぅぅと。どこからかお腹の鳴る音が聞こえた。
音が鳴る方を向くと、テヘヘと恥ずかしそうにお腹を押さえる菊香。
繋とヒカルは顔を見合わせ、優しく笑った。
「そういや、俺も腹減ったな」
「私、ペコペコだよ~」
「じゃあ、ちょっと早めの夜ご飯にしようか」
繋の言葉に、三人は揃って階段を降りていった。
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