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54.たった1人の相棒

 大股で部屋の中へと歩み入ったグレンは、鎖に繋がれたアンを見て盛大に顔をしかめた。


「可愛い顔して悪趣味な奴だな。ハート候がこの事を知ったらどうなるのやら」


 嫌味たっぷりのグレンの言葉に、シャルロットは小動物のように噛みつき返した。


「どなたか存じ上げないけれど、扉を蹴り開けるなんて非常識じゃなくて?」

「強姦行為を働いている犯罪者が常識を語るんじゃねぇよ。ほら、早くアンのそばから離れろ。見たところまだ未遂のようだし、床に手をついてアンに謝罪すれば、ハート候にはお前の悪趣味を伝えないと約束するぜ」


 グレンはしっしと追い払う仕草をするけれど、シャルロットはなおも果敢に言い返す。


「残念だけれど、お父様は私の性癖を存じているわ。今夜だって『好みの女性を1人好きにしていい』と、お父様の方から提案してくださったのよ」

「……あ、そう。親子ともども救いようがなく悪趣味ということね」


 これ見よがしに溜息を吐いた後、グレンはシャルロットを睨みつけた。凡人であれば足がすくんでしまうような睥睨(へいげい)であるにも関わらず、シャルロットは怯んだ様子がない。それどころかすねた子どものような表情で、グレンの碧眼を睨み返す。


「あなたの目的は何? 何のために姿かたちを変えてサバトの会場に潜り込んでいたの?」

「魔女の妙薬のことを知りたかったからだ」

「誰に命ぜられたの?」

「誰にも。俺とアンが勝手に調べていただけだ」


 シャルロットは声を荒げた。

 

「嘘よ! 希少な魔法の使い手がそろっているだなんて、誰かに雇われているに決まっているわ!」

「俺たちが同じ変貌魔法の使い手なのはたまたまだ。偶然酒場で出会って、偶然仲良くなっただけ。魔女の妙薬の秘密を探るために組んだわけじゃねぇの」

「そんな都合のいい話を信じられるわけないじゃない!」


 グレンは冷静な説明を続けるけれど、シャルロットの興奮は治まるところを知らない。

 

 いまだ鎖に繋がれたままのアンは、シャルロットを刺激しないように息を潜めた。現状でこそグレンが優位に立っているけれど、もしもシャルロットがアンを人質に取ろうとすれば、また状況は一変してしまうからだ。

 

 グレンも同じことを考えているようで、アンには視線を向けずまっすぐにシャルロットを見つめている。


「さてシャルロット。こんな物騒な事態になっちまったことだし、最低限仕事はさせてくれよ。あんたはハート商会が怪しげな薬を売りさばいていることを知っているはずだ。あの薬はどうやって作られた物だ?」


 グレンの質問にシャルロットは答えない。唇をへの字に折り曲げ、すねた子どものように口をつぐんだままだ。

 

 沈黙がいくらか続き、グレンが静かな声で催促した。

 

「正直に話した方がいいと思うぜ。俺はここで見たことを黙っているつもりはないし、遅かれ早かれハート商会には終わりが訪れる。俺にたこ殴りにされてまで、魔女の妙薬の秘密を守る意味があると思うか?」


 そう言ってグレンがこぶしを握りしめれば、シャルロットはついに観念した。

 

「……魔女の妙薬は私が魔法で創りだした物よ。サバトの会場で提供された薬もそう。『媚薬魔法』と私たちは呼んでいるわ」


 グレンは声に驚きをこめた。

 

「ほー……なるほどね。つまりはあんたが『魔女』ってわけか」

「おっしゃるとおり、私が人々を破滅に導く魔女よ」


 シャルロットは自嘲気味に笑った。


 この世界には魔法という不可思議な技があふれている。

 1人の人間が会得できる魔法は生涯で1つだけ、それもどのような魔法が発現するかは発現のときまでわからない。幼少時に魔法を発現する者もいれば、老人になってから発現する者もいる。生涯魔法を使えない者もいる。

 

 そんなあいまいで謎に満ちた技が、魔法と呼ばれている。

 シャルロットが『媚薬を創り出す魔法』を使えるのだとしても、それは何ら不自然なことではなかった。

 

 いくらか間をおいて、グレンの質問は続く。

 

「魔法の産物を世に売り出すことは、あんたの意思か?」

「お父様の判断よ。お父様はハート家の繁栄を誰よりも強く望んでいらっしゃるから」

「魔女の妙薬の服用者が、依存から抜け出す方法は?」


 シャルロットは投げやりで答えた。

 

「強引に飲むことを止めさせるだけ、他は知らないわ。私の魔法は『他者を興奮状態に陥らせる薬を創り出す』こと。私が人々に直接魔法をかけているわけではないの。あなたが変貌魔法を解いたように、簡単に薬への依存を止めさせることはできない」


 つまり依存した本人が頑張る以外に、依存から抜け出す方法はないということだ。

 調査の成果として十分とは言い難いが、服用者に強い意志があれば、時間はかかっても人生を取り戻すことは可能だということだ。


 グレンは少し考えた後、また質問を重ねた。


「あんた、少し変わった人物に結婚を申し込んでいるだろ。あれ、何で? 男嫌いなんじゃねぇの?」


 シャルロットはグレンを睨みつけ、悲痛の叫びをあげた。

 

「男が大嫌いだからよ! だからお父様に『私を嫁がせるなら決して私の身体に触れられない人物にして』と言ったの。服越しに触られることも嫌なのに、直接肌に触られるなんて拷問よ。子どもだって欲しくない……」


 その場しのぎのでたらめ、というわけではなさそうだ。


 ティルミナ王国の貴族の間では、女子は家長の判断により他家へと嫁ぐことが一般的だ。よほど特殊な事情がない限り、未婚でいることは許されない。

 

 そして他家へと嫁げば、その家の後継ぎを産む必要がある。男嫌いのシャルロットにすれば悪夢のような国風だろう。

 だからシャルロットはアーサーを選んだ。心を失くした王子様が相手であれば、口付けも抱擁も夜の営みも行う必要がないから。子どもを作らなくても咎められることがないから。


 もしも生まれた土地が違えば、シャルロットがここまで性癖をこじらせることはなかったかもしれない。もしも生まれた家が違えば、シャルロットが悪事に加担することはなかったかもしれない。そう思えば哀れみは募る。

 

 だが目の前の少女をいくら哀れんだところで現状は変わらない。


「あんたにはあんたなりの事情があるわけね。でもアンに対するこの仕打ちはいただけねぇわ」


 グレンは語尾を強くしてこぶしを握りしめるものだから、シャルロットは「ひっ」と短い悲鳴をあげた。


「私を殴るつもり? 私にはもう抵抗の意思がないのに、一方的に殴るなんて卑怯だわ。た、体格だってこんなに違うのに。顔の骨が折れたらどうするの……」


 シャルロットは涙ながらに訴えるが、グレンはこぶしを解かない。

 

「あいにく俺は、大切な相棒をひどい目に遭わされて黙っていられるほど温厚じゃない」

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