7-9 暴力メイドは素手が強い
「国王陛下、王妃殿下、ご入来」
会場入り口に控えた侯爵家の使用人が、よく通る声で会場内に宣言する。
ざわざわとしていた会場内がぴたっと静かになる。
もっとも、それは国王に対する敬意、ではなく王妃に対する畏怖の念のためである。
暇にかまけてそこらの夜会に顔を出しまくっている国王は、市井や地方の人間ならばともかく、王都社交界にいる人間にはさして珍しくない。
それよりも、王妃がこの舞踏会に出てきたということを皆驚いていた。
王妃の実家とバレス侯爵家の不仲は有名であるし、それ以上に王妃と王の不仲も有名であった。
実際、別々の馬車で来ているわけであるし。
国王と王妃が並んで入室する。
部屋にいるそれぞれの知り合いに愛想は振りまいているものの、2人は手すら取りあっておらず、少し離れて歩いている。
その後ろを王女、そこから一歩下がってメイドが歩く。
王女のほうは特に注目されないが、それが従えているメイドを見た何人かの貴族が目を剥いて驚いている。
驚いているのは、概ね金主になっている商売でマリアと関わりのある貴族である。
そして、彼女を見たそういう貴族はそそくさと帰り支度を始めた。
接触のある彼、彼女らはマリアの顔を見て気付いてしまったのである。アカン、こいつなんかやる気や。と。
そんなことにはこれっぽっちも気付かず、バレス侯爵は得意満面の笑みで舞踏会の開会を宣言するのだった。
国王が挨拶する段になって、国王と侯爵は目を合わせ、次いで国王は王妃の方を悪い顔をして見る。
なお、王妃はそんな国王を呆れた顔で見ているが、愚王はそんなことには気づかない。
「皆にこの場を借りて聞いてもらいたいことがある」
愚王は話し始める。
ここで何を言うのかまでは王妃やマリアも把握していないので、それがそう言う場合に相応しいかどうかは別にして、何言うんだろうなぁとわくわくした目で見つめている。
「余は王国に一方的に不利な条約を勝手な一存で結び、王国に多大な損害をもたらした現王妃を反逆罪で逮捕、それと同時に廃妃し、バレス侯爵の娘を正妃として王室に迎える!」
大声でばばーん!を宣言したものの、それを聞いた全てのものの感想は、所属する派閥や思想信条に関係なく、こいつここまでバカだったのか。というものである。
まず、根本的にバカなのが、「まだ王妃が逮捕されていないし、される様子もない」ということ。
普通そんなもんは、先に逮捕監禁して、完全に連絡を絶って、王妃の権力基盤を潰してから発表しないと間違いなく反撃を受ける。
そして、何よりも会場の極々一部を恐慌状態に陥れたのは、メイドの存在である。
初級とはいえ、体術と斧術という2つの戦闘用スキルを持ち、しかも剣士殺しと言われる体術のレアスキル「無刀取り」を使用可能な戦闘メイドである。
アビリティ効果の身体能力極大上昇も合わせると、多分騎士団長より強いんじゃねぇか?というのが彼女を知る人間共通の思いだった。
そんな空気も読めずに愚王は話を続ける。
「クリスティア第一王女は辺境伯に降嫁する。以上だ!新しい王国に乾杯!」
「というのは全て冗談で、国王は退位して王位を私に譲るそうです」
全員がぽかんとするなか、最期に王妃が被せて締めた。
それで半分くらいの人間がはっと気付いて、王妃に拍手を送り、新国王万歳!と叫んだ。
王妃側の動きは早い。マリアはホールに紛れ込んでいる連絡係に合図を送り、近衛にこの屋敷を包囲させ、かつ王宮に残っている国王派を拘束させた。
「さて、せめてもの情けです。この杯を飲み干せとは言いませんから、死ぬまで尖塔の部屋にいてください」
「バカめ!余が何の用意もしていないと思うたか!者ども、出会え!出会え!」
この現場を見ていた自衛官がいれば、「こんなところに王妃が居ろうはずがない」というセリフが抜けてるよ。と突っ込みそうなセリフを吐いて、愚王は騎士団長と侯爵の私兵を呼んだ。
近衛が全て王妃についているあたりに愚王の悲哀を感じさせる布陣である。
「ぐはは、馬鹿どもめ!今頃辺境伯殿の軍勢が王都を包囲しようと展開しておるわ!」
「ああ、それはあり得ませんわ。あなた方が辺境伯に送った手紙は全て辺境伯から私に転送されてきましたから。面倒な手紙を送ってくるバカがいるから息の根を止めてくれというお願いも添えられておりましたよ」
おほほ、と王妃は笑うが、他についていた恋文の内容までなぜか知っているマリアが胡散臭いものを見る目で王妃を見ているのは誰も気づかなかった。
「ぐぬぬ、だがここで貴様を亡き者にできればそれまでよ!騎士団長!」
王国最高の剣士である騎士団長は中級のスキルが使える。
中級のスキルは中級のスキルでしか止められない。そう世界神が決めたからである。
「我が剣技の冴えを見よ!」
そう言って、騎士団長は剣術スキル中級の五月雨斬り王妃に向かってを繰り出した・・・つもりだった。
実際に起こったのは構えも踏み込みもない子供のチャンバラごっこのような、斬撃とも呼べない、ただ剣を振っただけの動作。
「「「「は?」」」」
その場にいる全員の頭に???が浮かんだのと、メイドのハイキックが騎士団長の顎を綺麗にとらえて意識を刈り取ったのは同時であった。




