7-8 舞踏会の夜
王都での噂も旬を過ぎたころ、バレス侯爵家での舞踏会の日が来た。
朝から侯爵家には様々な業者や警備担当者が出入りしていた。
警備担当者は国王の警護を名目に、騎士団からも派遣されていたが、騎士団から来ている人間は全て騎士団長、つまりバレス侯爵の弟の息がかかった人間である。
「なるほど、王妃は不明だが王女は来るのだな?」
「はい。それは間違いございません。護衛の近衛が2名同行しますが、こちらは会場の外で待つでしょう。中に入るのは側仕えのメイド1名のみとのことです」
バレス侯爵に情報を伝えているのは、その騎士団から派遣されてきた騎士である。
騎士団の中では魔族排斥派として知られている中堅幹部である。
「メイドなのに舞踏会に来るのか?」
公爵が一瞬不快げな顔をする。
「えー、それはその、王女のフォローといいますか、その」
「ああ、よいよい、それでわかった」
復讐の一念で突き進む侯爵は王族をなんとも思っていないが、騎士は魔族排斥派ではあっても王国に忠誠を誓っている。
王女を悪く言うというのは彼の矜持に反することであった。
抜けている王女をフォローするためにどこに行くにもメイドがついて回っている、というのは王都の社交界では有名な話であった。
近衛が同行しないなら特に気にする必要はないだろうというのが侯爵の判断だった。
「しかし、王妃はわからんのか」
「はい、辺境伯絡みの政務が立てこんでおるようで、説明と説得のために出立するのでは、という話もありました」
「ふむ、辺境伯に動いていただいているのが裏目に出たか。そのあたりは騎士団長に任せよう」
うむと侯爵は大仰に頷いたのだが、当然、王妃と辺境伯の関係は知らないし、辺境伯が計画を全て王妃に知らせているなどということは考えてもいなかった。
ちなみに、辺境伯が伯爵への降格をごねる(ふり)ため、説得に王妃が向かうというのは、当然2人が示し合わせたもので、「辺境伯領でなら2人でいちゃいちゃできる!」という完全なデート気分であった。
ずっと離れているせいで、2人は今でも熱々なのであった。
「では、今夜」
「ええ、今夜」
騎士は打合せを終えて部屋を出て行った。
すでに計画が破綻していることを、知らぬは当事者ばかりであった。
夜、会場には大勢の貴族たちが集まっていた。
落ち目の侯爵とはいえ、家自体の格式はあるうえ、魔族・日米排斥派としては知られているので、そちら方面からの参加者も多い。
「ううぅぅぅ、緊張してきた」
「バカなこと言ってないで、あなたは教えた通りにしていなさい」
「そうです。所詮私の操り人形なんですから、ちゃんと仕事してください」
バレス侯爵の屋敷へ向かう馬車の中、弱音を吐くクリスティア王女を、シャーロット王妃が励まし、元メイドのマリアが罵倒している。
ちなみに、マリアは今側仕えをしていた頃のメイド服である。
会場内に入れて、王妃を守りつつ侯爵をぶっ飛ばせる人間がすぐに手配できなかったため、王女のメイドとして会場内に入ることになっていた。
「というか、私は王妃を守れとは頼まれましたが、王女を守れとは頼まれていませんので」
「ええ、構いませんよ。守る必要はないでしょう。治癒魔術があるんですから、怪我しても死ななきゃ大丈夫です」
「死にかけてたら自分に治癒魔術なんてかけれないんですけど!?」
王女はぎゃーぎゃー言っているが、王妃も一応手配はしている。
とはいえ、侯爵が狙っているのは王妃だとわかっているので、そちらの対処を優先しただけである。
「しかし、シャーロットも性格悪いよねー。舞踏会に行かないような情報流しといて、実際行くんだから」
「こういうのは元から断って今後起こらないようにしないと。役に立たない王を蟄居させるにもちょうどいい機会ですし」
王のことが嫌いだということを隠そうともせずに王妃は言った。
「そういうのをもろに聞かされてる娘は複雑なんだけど」
おずおずと王女が発言したが、2人には無視されるのだった。




