7-6 辺境伯は午睡を楽しむ
クルセイド王国の西の端。
魔王領改め魔王国との境界に面する場所に位置するのが、王国最大の貴族領である辺境伯領である。
辺境伯とは、文字通り国の中央から離れた辺境とされる場所を治める貴族である。
基本的に国境に配置されることが多く、国防も担う関係上、通常の貴族より権限や領土、保有する軍事力は圧倒的に多く、様々な特権も与えられている。
それと引き換えに、世襲はできず一代限りとされているのだが、抜け道はないわけではない。
そんな辺境伯領の領都にある辺境伯の屋敷のテラスで、辺境伯はデッキチェアに寝そべって優雅なティータイムを楽しんでいた。
そこに届いた手紙を持った執事がやってきた。
「王都からお手紙が届いております」
「そこに置いておいてくれ」
興味ないといった感じで辺境伯はサイドボードを指差した。
「かしこまりました」
執事は手紙を置いて立ち去る。
辺境伯は手紙を見ることなく、ティータイムを続ける。
王都からの手紙は、仕事のモノ以外で辺境伯が待っているのは1つしかない。
辺境伯はずっと未婚であり、武に生きる武人と思われているが、実は鮮烈なラブロマンスを繰り広げたことがあり、そのお相手とは今も手紙の遣り取りを秘密裏に続けている。
その手紙があれば、執事はそう告げるので、何も言わずに去ったということはどうでもいい手紙しかないということである。
「はぁ、無視するわけにもいかんか」
気の進まぬまま、サイドボードに手を伸ばす。
「またあいつか」
辺境伯領を縮小し廃止、通常の伯爵にという話をどこで聞きつけたのか、それを降格ではないかと憤り、同情するような手紙を送ってきた変な侯爵だ。
無視するのもなんだと思ったので、当たり障りのない返事を出しておいたのだが、それ以後どうやら辺境伯が今の王国に不満を持っているとでも勘違いしたらしく、叛乱の誘いや計画を送ってくるようになったので、迷惑している。
辺境伯自身は魔族との和解はいいことだと思っているし、実は通常の伯爵にというのも何とも思っていない。
元々今の辺境伯は王都の貧乏男爵家の次男であり、軍での武勲と縁によって辺境伯に抜擢された人物であり、彼からしてみれば世襲できない辺境伯よりも、そのまま家が続く伯爵にというほうが遥かに魅力的だったのである。
まぁもっとも、表向き未婚で子もいないことになっているので、どのみち養子ということになるが、血の繋がっている娘はいる。
母親のほうも事情があり、孤児として生まれることになった娘へのせめてもの罪滅ぼしで、自分の一存だけで家を譲れるのなら伯爵家になるほうが良かったのである。
「お呼びでしょうか」
辺境伯が鈴を振ると音もなく執事が現れた。
「この手紙をいつものところへ」
辺境伯はバレス侯爵から届いた叛乱計画にざっと目を通したあと、それをそのまま王都にいる想い人に転送するように伝えた。
「まぁ、こんなものが無くても彼女はうまくやるだろうが」
誰も聞くことのない独り言をつぶやいた辺境伯は、再びデッキチェアに寝そべり目を閉じた。
目を閉じて考えるのは王都にいる娘や想い人のこと。
ラブロマンスを繰り広げたものの、自分は辺境伯に、相手は王妃に。
そしてその時すでに身篭っていた娘は、無かったものとして孤児にするしかなかった。
「無能な王の代わりに国政を」と王妃になった者に、辺境伯との子がいるなど、全ての者に災いの元となる。
かといって、辺境伯も王妃も、その娘を抹殺するなどということはできなかった。
貴族としては甘いのだろうが、それでも娘に生きてほしいと思ったのだが、この歳になって思うのは結局、自分達の野心とわずかな良心の呵責を、子に押し付けただけだったか、という後悔だけだ。
王妃は「娘は孤児として生きている」ということを知っているだけで、どこにいるどんな娘なのかは知らない。
辺境伯が死んでしまえば、その娘を見つけることは不可能になる。
「早いうちに家に迎えてやらねば」
最早、辺境伯もお役御免。母親さえ伏せておけば、隠し子がいたとバレたところで問題あるまい。
そう思い、辺境伯は筆をとるのだが、この時点で辺境伯は知らなかったのである。
その娘が、王女をアホだのスカポンだの言ってしばきまわしたり、実の母である王妃を顎で使っているなどということは。
辺境伯が、娘がかなりぶっ飛んだ人間になっているということを知るのは、まだしばらく先の話であった。




