7-4 悪だくみってだいたい穴がある
「帰ったぞ」
愚王との密談を終えたバレス侯爵は馬車で王城を出て、屋敷に帰ってくるなりどかっとソファに腰を下ろした。
「おかえりなさいませお父様」
それを迎えたのは、体つきは普通だが顔の容姿が、こう、残念な件の娘である。
「愚王のお相手ご苦労様でございます」
「お前ほどではないさ」
バレス侯爵の娘は、王に愛を囁いているとはとても思えぬような、嘲るような表情で愚王と口にした。
「お前には苦労ばかりかけている。あげくあんなクズの子など・・・」
「お父様、それは言わぬ約束です。ようやくここまで来たのではないですか」
「ああ、そうだな。我が妻の、お前の母の無念を晴らすために、ようやくここまできたのだ」
バレス侯爵家はどちらかというと落ち目である。
当代のバレス侯爵夫人は商才に恵まれていたのだが、早くに亡くなっており、それ以降バレス侯爵家の保有資産は急速に目減りしている。
もともと、クルス公爵家との間で商売上の諍いがあったのだが、その諍いの最中に侯爵夫人が亡くなったせいで、公爵家が容赦なく権益をかっさらっていったためである。
侯爵夫人の死自体は、偶発的な馬車の事故によるものであり、そこに人の意思は介在していないのだが、タイミングがタイミングだっただけに、侯爵は夫人の死は公爵家によるものだと信じて疑わない。
その話を幼いころから聞かされ続けた娘も、父の話を信じているので、父以上に公爵家への恨みは深い。
クルス公爵家。
現王妃の実家であり、元々由緒ある系譜の貴族である。
王妃は王家へ嫁いでからは特に実家への便宜などは図っていないのだが、賢妃と呼ばれる王妃の兄が現在の当主であり、優秀な妹と愚劣な兄、なんてこともなく、妹以上に優秀だった。
とはいえ、いくら当主が優秀で、王妃は何の便宜を図っていない、とは言ってもそれに敗れた側のバレス侯爵家から見れば、王妃が便宜を図ったに違いない、妻の死は闇に葬られたのだ。と思ってしまうのも仕方ないといえば、仕方ない。
「しかし、王妃は来るでしょうか?」
「愚王には連れてくるよう念を押したが・・・来なかったときは来なかった時よ。そのあたりは騎士団長のジェロームに任せてある」
「叔父様にもお世話になりっぱなしですわね」
ちなみに、ジェロームは桐島たちが魔王討伐に旅立つ際に、この国最高の剣士だと紹介されたが、歳食ってて扱いにくそうという理由で置いて行ったおっさんである。
もともと剣の腕は悪くないのだが、偏屈な性格のせいで騎士団では閑職であり、主力を自衛隊と米軍が吹っ飛ばしたせいで、とりあえず繋ぎとこれまでお勤めご苦労さんという意味で騎士団長になっていた。
「逆賊どもを排除したあとは彼にも報いてやらねばな」
「しかし、魔族の連中は辺境伯に抑えていただくとして、日本とアメリカはいかがいたしましょう」
「なによりも王都近郊のあの醜悪な施設だな!しかも支払いは全て我が王国と来ている!」
彼らが王妃達と決定的に反りが合わないのは、王妃が実利重視で多少の妥協もやむを得ないとする考えに対し、バレス侯爵は狂信的な国粋主義者だった。
その国粋主義も、王国が唯一の強国であれば(王国内では)問題なかったものの、魔族と和解が成立し、日本やアメリカまで介入してきている現状では、どう考えても踏み潰されるだけなのだが、侯爵の頭には「世界最強のクリスティア王国」という頭しかない。
国内政争に明け暮れ続けた弊害である。
現状への認識が数年遅れているのであった。
「辺境伯も哀れな方ですね。愛国者として魔族と戦うことに生涯をかけておられたのに、突然その魔族と和解しろなどとは」
「うむ、それに辺境伯から通常の伯爵に実質降格とは。憤懣やるかたないであろうな」
「辺境伯、騎士団長には別に動いていただくとして、こちらは?」
「ノウム男爵とパスイ男爵が当日は直接動いてくれる。あとは舞踏会の会場に限れば、当家のメイドや執事も使える」
穴だらけの陰謀を包んで、王都の夜は更けていくのだった。




