7-3 利益を享受する者はそのことに文句を言わない
クルセイド王国王都の近くに設けられた施設。
日本とアメリカによって設置された異世界の施設としては最大規模を誇るそこを見た人は、皆同じことを思うだろう。
まるで刑務所みたいだなぁ。と。
それは半分正解である。
この世界で生死問わずのような重犯罪人は、ほぼ漏れなくこの施設に犯罪奴隷として収容され、その後二度と出てくることは無い。
それほどの重罪人でなくとも、多数の犯罪奴隷が収容されており、刑務所としての機能を持っていることは確かである。
もう半分は、ここは研究施設であるということである。
平たく言えば、マスコミの目の届かないところで人体実験しているわけだが、これは止むを得ない面も多分に含まれている。
止むを得なくない面は、とりあえず人体にいろいろ投与してみて、効果がでたものを地球にバックフィットするような実験。
つまり、動物実験も何もかもすっ飛ばして、いきなり病人に投与してみたりして、効果が出たものを地球で「新薬」として通常の開発ルートに乗せるという逆ルートである。
完全な人体実験なので、行われていることは当事者たちの一部しか知らされておらず、被験者は重犯罪奴隷である。
止むを得ない面は、異世界で得られた様々な知見の確認。
魔法は勿論のこと、異世界にしかない薬草であったり、食料が人体に害がないのか、どのようなことが体内で起こっているのかといったことを確認するためのものである。
こちらは、この世界にあるものの効果を確認するだけなので、犯罪奴隷だけでなく、金で雇われた人間も被験者になっている。
そんな研究施設の一角で、白衣を着た研究者が大きく伸びをしている。
「ああ、疲れる」
「とはいえ、ようやくこの研究も終わりが見えてきたじゃないか。近年の医療研究としては記録的な早さだぞ」
2人は、ともに防衛医科大学を卒業した所謂防衛医官という奴だが、現在は防衛装備庁に出向になり、治癒魔法とその普遍化についての研究を行っている。
「まぁ、答えは目の前にあるから、それがなんで起こってるのか調べるだけだしなぁ」
「研究資料は勝手に集めてきてくれるし」
自分達の研究が外傷治療に革命を起こすことになるという実感は薄い。
多分、何の苦労もしていないからだろう。
「誰でも同じように扱えるっていうのも、例の特殊な石に治癒魔法を封じ込めるっていうので解決しそうだし、あとはどうやって量産するかだな」
「量産化は俺達の管轄じゃないだろ」
実際、すでに魔石に治癒魔法を封じ込め、使用すること自体は成功しているので、どうやって量産するかという問題になっている。
これが量産できれば、戦場での負傷は即死でないなら命はほぼ助かるようになると言われている。
もっとも、失われた腕や臓器が再生するわけではなく、あくまで「傷を修復する」だけなので、重傷者の後送が必要なことは変わらないが、軽傷ならそのまま戦線復帰も可能になる。
まぁ、戦場がより凄惨になる未来しか見えないので、現状では公開する予定はないようだが、使っていればどこかから漏れるだろう。
漏れたところで、地球では再現不能だから問題ない、ということらしいが、それなら初めから公開しろよという気もするが、彼らは国費で医者になり、国費で研究している防衛医官であり、階級持ちの自衛官である。
特に不満が無ければ上の指示には従うのであった。
「そういや、次のキャラバンいつだっけ」
「好きだねぇ。君も」
「それくらいしか楽しみねぇんだからいいだろうが」
呆れるようにいった方も、実はキャラバンの常連なのだがそれは言わぬが華である
この研究施設では結構な数の日本人やアメリカ人が働いているものの、施設外への外出は禁止されている。
警備上の理由と未知の感染症への対策とのことだが、自衛隊や米軍は外を飛び回っているうえ、施設内での犯罪奴隷との接触にも一部を除いて、特に防護服なども使用していない現状では何を言っているんだという話であるが、規則は規則である。
そこに目を付けないはずがない商人が物資や奴隷、治験者の搬入にかこつけて、施設敷地内でいろいろな店を出すのである。
支払いは搬入される資材等にまぎれて、王国に付けられているので施設内の研究者たちはタダで土産を買ったり、一期一会の恋愛を楽しんだりするのである。
施設に搬入し日米が使用したものは全て王国が支払いを持つという協定に従って為されていることだが、実際に物品やサービスの提供は行っているので問題ない、とはマリアの言葉である。
そんな美味い商売を独占していては、マリアを潰そうと画策する動きが活発化しそうなものだが、あのメイドはその辺と商人ギルドの力関係は把握しており、うまいこといくつかの業者を抱き込むことで手出しできないようにしている。
例えば、連れて行く世界最古の職業の皆さんは、いつも特定の2つの娼館から連れて行っている。
王都で一番とされる娼館ではないものの、名は通った高級娼館である。
マリアがその2つを選んだ理由は、金主がそれぞれ公爵家と伯爵家だと知っているからである。
犯罪奴隷を仕入れている奴隷商も、表向きは独立商人だが、実はオーナーは商人ギルドのギルドマスターだとか、一事が万事そんな感じである。
まぁ、どんだけこの国の支配層は腐ってるんだという話だが。
そんな腐った既得権益まみれでも、利益を享受する人たちは文句を言うはずもなく、利益を受けない人はそんなことは知らないので、世界は今日も回るのである。




