7-2 愚王と奸臣の悪企み
無駄に華美な装飾を施された部屋、豪華な服に身を包んだ腹の出たおっさん2人がソファに向い合せで座っている。
1人は皆に愚王と呼ばれるこの国の(名目上)最高権力者、クロノ・ウノム・クルセイド。
もう1人はこの国の有力貴族であるバレス侯爵である。
「いや、しかしバレス侯爵には世話になってばかりだな」
下卑た嗤いを顔に貼り付けながら、国王は言った。
愚王と呼ばれる国王は、国民にまでその無能が知れ渡っているので、実務面では一切の権限を取り上げられ、ぼーっとしているしかすることがない。
「いえいえ、陛下の周りは奸臣ばかり。嘆かわしい限りです」
大袈裟なジェスチャーをしながらバレス侯爵は王を気遣うような表情をつくる。
まぁつまるところ、このバレス侯爵は実権を取り上げられて隠居状態の国王に、娘を餌に近付いた奸臣ということになるのだが、そんなことは愚王にはわからない。
王妃にも(最初から)見放されている愚王は、このバレス侯爵を王城における唯一の味方、真の忠臣だと思い込んでいた。
そして、このバレス侯爵の娘と王の関係は(元メイド一名を除き)、全く露見していなかった。
愚王に関心をもつ人間がいなかったと言えばそれだけだが、2人の逢瀬は双方が出向く形で毎回場所を変えて行われ、バレス侯爵は娘を利用することで王と連絡を取っていた。
愚王とバレス侯爵が直接会うのは、”会っても不自然とされない時”だけ。
ちなみに、今日はバレス侯爵の屋敷で開かれる舞踏会に王の行幸を賜るためという名目になっている。
夜会への王の行幸などというのは、本来無闇に行われるものではないはずだが、仕事がない愚王は暇なのでしょっちゅう貴族の屋敷に遊びに・・・げふんげふん、行幸あそばしていた。
こんな王でも招ければ主催した貴族は箔がつくので、この手の依頼と行幸はわりと頻繁に行われており、バレス侯爵とその娘はそういった機会をうまく利用してこの愚王を掌中に収めていたのである。
「我が宝玉は変わりないか」
愚王は何気なくといった感じでそんなことを言った。
「ええ、勿論でございます。我が家で丁重にお預かりしておりますが、そのことに関して口さがない者達は我が娘を侮辱しております」
「おお、労しいことだ。彼女には不自由をかけ、誠申し訳ない。我が不徳の致すところ」
「勿体ないお言葉でございます」
ここは王城の一室であり、人払いはしているものの、間違って耳に入ってもいいように具体的なことは何も言っていない。
つまるところ、宝玉とは王とバレス侯爵の娘の間にできた子供のことであり、そのことは一切秘匿されているので、未婚のまま子を産んだバレス侯爵の娘は各界でゴシップのネタにされているということである。
まぁ、そんなゴシップがあれば誰が父親か調べる人間がいても良さそうだが、今のところ答えに辿り着いたのはマリアのみである。
これはマリアがクリスティアの側仕えをしていたころに、王城で開かれた舞踏会を抜け出してサボっていたら件の2人の密会現場を目撃したためである。
ちなみに2人が密会していたのは愚王の寝室。マリアがさぼっていたのも愚王の寝室である。
皆、舞踏会の開かれている大ホールのほうに行ってしまい、こっちに人は来ないという読みで大胆にも王のベッドに寝転がってさぼっていたマリアだったが、人の気配を感じベッドの下に隠れた。
すると部屋に入ってきたのは、部屋の主。
さすがにこれはやべぇと思ったマリアだったが、バレス侯爵の娘も一緒に部屋に入ってきた。
これはいいネタが手に入ったとほくそ笑んでいると、2人はマリアが隠れているベッドの上で事をいたし始め、げんなりする羽目になった。
マリアにとって幸運だったのは、舞踏会の最後に王の挨拶があるのでタイムリミットがあったことと、王が早かったことである。
2人が部屋を出て行ったあと、ベッドの下から這い出したマリアが吐き気を抑えながら大ホールに戻ったのは、腹の出たおっさんである愚王と、普通体系だが顔が残念なバレス侯爵の娘の情事をベッドの下でリアルに想像してしまったせいである。というのは余談である。
さて、翻っておっさん2人。
「しかし、辺境伯にクリスティアを嫁がせる。うまくいきますかな」
「なに、辺境伯もきっと喜ぶでしょう。魔王との対立が無くなって、権限が縮小されるのではないかと心配でしょうからな。辺境伯は今後も変わらず国の重鎮であると示すにはちょうど良いでしょう」
「うむ、そうだなぁ」
もっとも、バレス侯爵としてはクリスティアを王都から遠く離れたところにやってしまえればそれでいいのである。途中で亡き者になってくれたりするとなおいいとすら思っている。
「問題は王妃様ですな」
「うむ、あれなぁ。余としては早く卿の娘を王妃にしてやりたいのだが・・・」
政略結婚で無理やり結婚させられたうえ、王としての権限をほぼ全て奪っている王妃を愚王は心良く思っていない。
もっとも、彼女と結婚していなければ、有力貴族達に廃嫡されていたということに頭が回らないあたりが愚王の愚王たる由縁である。
「奴の実家も奴のせいで中々の権勢。どうしたものか」
「なに、所詮は王を食い物にして好き勝手振る舞う逆賊どもです。王妃さえどうにかできれば、あとは簡単でしょう」
バレス侯爵はそう言って暗い笑みを浮かべるのだった。




