6-9 陸の王者前へ
砂煙を上げて進む主力戦車
アメリカ陸軍のM1A2SEPが、夕陽を背後にその威容を誇りながら、ジェット機のようなガスタービンエンジン独特の轟音と共に進む。
それを援護するように、M2A3歩兵戦闘車が続く。
理想的な編成の機甲部隊が進むのは、東ヨーロッパ平原でソ連機甲師団を迎撃するため、ではなく、二足歩行兵器、魔導騎士との戦闘のためである。
戦闘開始が夕暮れになりそうなのは、双方の指揮官の短気が原因だが、陣営によってその目論見は大きく異なる。
この世界で最大の軍事国家であるスタインバルト皇国は、未知の国の使節に舐めた条件をだされて激怒して拙速に戦場に進出した。
対してアメリカ軍は、戦端が開かれるのがちょうど夕暮れになるように、スタインバルト皇国の部隊展開に合わせて進出した。
スタインバルト皇国側は、魔導騎士も持たず、攻城兵器らしきものを使う弱小国など踏み潰してしまえ。と考えており、アメリカ軍は距離と暗闇はお友達だと考えている。
もし、これが仮に地球での戦闘であれば、スタインバルト皇国軍はまず間違いなく爆撃機によって潰されてしまい、陸軍の出番はない。
が、この世界では野戦飛行場を作ったものの、B-52が離着陸できるようなものではない。
結果、機甲部隊による決戦となったのだが、アメリカ側の士気は旺盛である。
彼我の距離3000で米軍は左右に広く展開、射撃姿勢をとったが、皇国軍は気付いていない。
この世界で最大の軍事力を誇るスタインバルト皇国は、この戦闘に4つある師団のうち2つを投入しており、戦闘用の魔導騎士が2000騎近い。
前の世界も最大国家の面子を潰して、最大戦力を叩き潰していたが、特に交渉の仕方を改めようとは思わなかったようである。
そもそも、交渉というよりも「こっちが欲しいものよこせ」というだけなので、交渉ですらない。
皇国軍は、この世界の常識で考え、間もなく日没であるから決戦は明日と想定し、夜襲は警戒しつつも、大部分は野営の準備に入っていた。
魔石に魔力を供給する補給ユニットに魔導騎士をつないだり、テントを設営したり、糧食の準備をしたり。
少数の歩哨では起伏も利用して距離3000で布陣した機甲旅団戦闘団に気付けるはずもなく、斥候を出さなかったのは皇国軍指揮官の明らかな慢心だった。
主力のM1A2は60輌が皇国軍野営地を射線に収めて布陣。とはいえ、車体は後ろに向けての、いつでも全力ダッシュで逃げ出せる体制である。
同じくM2A3も対戦車ミサイル発射機を展開して60輌が射撃体勢で待機している。
やがて、日没間際の人の目が暗闇に慣れ切る前、120輌の装甲車両は一斉にその持てる火力を皇国軍野営地に叩き込んだ。
距離3000、TOWも120mm滑腔砲も有効射程ギリギリとはいえ、静止目標への射撃である。
そうそう外れるものではなく、数発の風に流れた120mmHEATMPが直撃を免れた程度で、概ね目標に命中した。
混乱に陥った皇国軍野営地で、卑怯者とか、非常識だ、とか叫んで事態に対処できない兵士が大勢いた。
日米連合軍には関係ないし、知る気もなかったが、一応この世界にも「戦争」に関するルールはある。
戦闘は魔導騎士同士に限定するとか、後方部隊や民間人には危害を加えないとか、そんなものだが、抜け穴があり、あくまで「魔導騎士同士が」戦う場合のルールでしかない。
つまり、相手が魔導騎士を持たない弱小国や反乱勢力の場合は、何をしても「戦争」ではないから問題ではないと、勢力を拡大してきたのが今の皇国である、
つまり、自分たちが魔導騎士を持たない相手にやってきたことをやり返されただけなのだが、そんなことは頭から抜け落ちている。
好き勝手に喚くだけで事態の収束の役に立たない後方部門はともかく、魔導騎士を中心とした戦闘部隊の反応は早かった。
一斉に自機に向かって走り、魔導騎士を起動して反撃の態勢をとった。
が、ここで何人かは気付いた。はて、見たところ魔導騎士に被害はないし、敵は何を攻撃したのか?と。
米軍が何を第一目標としたのか?
それは常に米軍が第一目標として攻撃する部分、兵站である。
魔導騎士に魔力を補充する魔素タンクとでも言うべき補給ユニットを集中して破壊したのである。
機甲師団に置き換えるなら、燃料輸送車を集中して破壊したのである。
一日行軍してきて、魔導騎士への補給は始まったばかりである。つまり、大多数の魔導騎士は活動可能時間が極端に短い状態で戦闘状態に突入することになる。
技術優位とはいえ、数で押されて接近されると戦車は魔導騎士に対して不利であろうということで、補給を潰して逃げ回れば勝手に敵の数が減るようにという作戦である。
ほとんどの逆上した魔導騎士は補給が済んでいないことにも気づかぬまま、米軍の思惑通り、攻撃してきた機甲部隊へ向かって突撃を開始したのである。




