5-16 会議は踊るよどこまでも
―マータメリ帝国 帝城 第一会議室―
世界最大の国家であるマータメリ帝国、その帝城の中でも限られた人間しか入室を許されない奥まった区画。
その中でも、滅多に使用されることは無く、半ば伝説と化した部屋。
その部屋が使用されるのは、国家の存亡に関わる戦争指導のみとされており、ここ数十年における国家間紛争においては使用することが検討もされなかった部屋。
それが帝城にある第一会議室であった。
「では、被害状況を報告させていただきます。戦艦4隻が大破、内2隻は着底、1隻は横転しております。港内警備の水雷艇3隻が撃沈。帝都防衛要塞は、要塞砲の概ね半分が修復不能な損害を受けております」
その報告に室内を重苦しい空気が支配する。
「対して、交戦した敵艦船は1隻、報告では有効な損害は与えられず、索敵範囲外に逃走したとのことです」
正確には、護衛艦しまかぜの他に、米海兵隊のAV-8Bがペイブウェイで攻撃しているのだが高度4000mからの投下だったので、飛行機がないこの世界の人間で気付いたものはいない。
「交戦の理由ですが、帝国にいくつかの島の領有権を認めるよう持ち掛けてきた日本及びアメリカと名乗る国の使節に対し、乗ってきた艦を帝国が接収すると通知したことで交渉が決裂したためです」
「交渉が決裂しただけで交戦になるとは、随分と好戦的な国なのだな、その国は」
これまで報告者1人が喋り、他は黙って聞いているだけだったところ、何人かいる偉そうな軍服を着た人間のうちの1人が口を挟んだ。
もっとも、当人はなぜ交戦に至ったのか知っている風である。どちらかというと、事実を余すことなく報告せよという圧力であった。
「いえ、交戦の引き金となったのは帝国の陸戦隊が接収を強行したことです」
その報告に場は微かにざわめく。
誰かが声をあげたわけではないが、このことを知らなかった人間もそれなりにこの場にいるということである。
「そも」
1人の人物が声を発するだけで、その場の空気は一気に張り詰めた。
「朕はかような国が交渉を求めておるなどという話は聞いた覚えはないのだが、誰ぞ覚えはあるか」
自らのことを朕と呼ぶ人物の問いかけに、一部の人間は顔を真っ青にして嫌な汗をかいている。
そのことを誰が握りつぶし、この事態を招いたのかは明白だった。
外交交渉の開始と終了の決定はマータメリ帝国において、皇帝の専権事項とされている。
その皇帝が、「いつ外交交渉をはじめ、終わらせると決まったのか?」と問うているのである。
下手をすれば大逆罪すら有り得る重大な事態だった。
「え、えー、そのことについてですが、そのような国が交渉を外務省に求めてきたのは確かに事実ではありましたが、い、いかんせん聞いたこともなく、どこにあるかも定かではない」
求められてもいないのに立ち上がって発言を始めた外務大臣にこの部屋にいる人間が抱いた感想はひとつであった。
ここは黙っておいて部屋に戻ってから自殺でもすれば家族は助かるものを・・・と。
そもそも、先ほどの皇帝の問いかけも、答えを求めたものではない。
当事者たちに「わかっているな?」と責任をとるように求めたものであったが、外務大臣には伝わらなかったようである。
「まぁ、いわば船は持っている海賊のようなものであろう、ということで交渉するふりをしてその船を接収するのが良かろうということで、第四海軍卿に相談しますれば」
名前を出された第四海軍卿は、こいつ殺してやろうかという凄まじい形相で外務大臣を睨んでいる。
陸戦兵力を統括する第四海軍卿は、それまで必死に遺書の内容と部屋においていた拳銃に弾が入っていたかどうかを考えていたのである。
「もうよい」
第四海軍卿の名前を外務大臣が出したことで、明らかに怒気を孕んだ皇帝の声が外務大臣の発言を遮った。
第四海軍卿は、皇帝の従兄弟にあたる人物であり、個人的に皇帝と仲が良いことでも知られている。
そんな人物を巻き込み、名前を出した外務大臣は、明らかにそのことを利用しようとしていたが、それは皇帝の更なる怒りをかっただけであった。
一応、補足しておくと、外務大臣は決して無能な男でも、空気が読めないわけでもない。
ちょっと勢力を持った海賊が、島を占拠して国を名乗るなんていうのは、この世界ではよくはなくとも10年に何回かはある話だし、そんな集団が帝国にお墨付きを求めてくるのもある話だった。
そんなものをあしらい、うまく罠に嵌めて捕まえるのも手腕のうちだった。
ただ、その「成り上がりの海賊」と思っていた集団が、実は遥かに進んだテクノロジーの世界からきた海軍だっただけである。
「そも、なぜ艦船の接収などに拘ったのか。決裂したのならそのままお引き取り願えばよかろう」
皇帝はもはや外務大臣のほうを一顧だにせず、他の臣に問う。
が、誰も発言しない。
当たり前である。
知っている人間はどんな遺書を書いて自殺すればいいかで頭がいっぱいだし、それを考えなくていい人間はなぜ接収に拘ったのか知らないのである。
「・・・よろしいでしょうか」
沈黙を破ったのは第四海軍卿である。
外務大臣に名前を出された彼の心境は、すでに「どうにでもなぁれ」と言うものである。であれば、知っていることは全て伝えてしまうのが、最後のお勤めだろうと考えたのである。
ちなみに、第一海軍卿は艦隊運用・編成を統括する海軍大将、第二海軍卿は予算編成・人事を担当する海軍大将、第三海軍卿は建艦計画・工廠を担当する海軍大将、第四海軍卿は陸戦隊・海兵隊という陸上戦力を統括する海軍大将である。
それらの海軍大将を統括する海軍元帥が海軍大臣という、文民統制を鼻で笑うような軍国主義国家である。
「以上のことから、交渉団が乗ってきた艦艇が、海賊に強奪されたユーニービ以上の技術遺産であるとの判断を受けたため、強行に接収するよう指示がありました」
「それを持ってきた相手が友好的であったのに、こちらが敵対してどうするというのか・・・」
第四海軍卿は外務大臣と違い、関わった人間の名前は出さなかったものの概ね誰がどう関わったかわかる内容であった。
それを聞いた皇帝の感想は、「なぜ自らより進んだ技術を持つと思われる相手に積極的に敵対していくのか・・・」という関係者に対する呆れだけだったが、それでも最終的に帝国が勝利すると思っているあたり、皇帝もまた「帝国は圧倒的強者である」という驕りがあるのだった。




