5-11 高校生、機関長と初めて会う
僕は今、ユーニービの入渠しているドックのある造船所に向かっている。
今日は副長に用事があるとかで、いつもの勉強会は無しである。
用事というのがデートのことかとからかってみたら、げんなりした顔で艦長とだと言っていた。
仕事らしい。
ちなみに、その後、彼氏がいるのに男の人を家に泊めるわけないじゃないですか、とじっと見つめられた。
え、もしかして僕狙われてるの?いやいや、まさかね。
あんな引く手数多っぽい美人が、こんなさえない男に好意を抱いてるとか無いでしょ。
で、副長は今日は帰れないとのことだったので、僕もいい機会なので外泊することにした。
といっても、ユーニービで寝るだけだが。
造船所の入口には当然、警備員がいるのだがユーニービの乗員だと言うとフリーで通してくれる。
そんなのでいいのか。
水が抜かれたドックの中で、ユーニービは完全に船体を晒していた。
周囲には足場が組まれ、船体に付着したフジツボを落とした後、再塗装されるのだという。
普段は海中にある部分まで露出しているので、いつも以上に巨大に感じる。
ドックの底から見上げるとなかなかの迫力だと副長は言っていたが、ドック内は作業中なので邪魔しないように底には降りず、さっさと船内に入ることにする。
船内は清掃や整備の入っている機関周辺を除けば、いつもと違いはない。
船員の私物も置きっぱなしである。
不用心な気もするが、一般の船員の私物は各自大きめのボストンバッグ程度の大きさの箱に制限されているので、防寒具等が中心で貴重品はないし、そもそもそんなものは各自持っていっている。
まだ船が入居してから2週間もたっていないのだが、なんとなく懐かしい気分になる。
あれだけ陸でゆっくり寝たいと思っていたのに、今は早く出港したいと思っている。
多分、副長に教わっていることを実地で試してみたいという好奇心のせいだろうが、現金なものである。
「そういえば機関長はずっと部屋にいるって言ってたな・・・」
食事とかどうしてるんだろうか。というか船内の設備は使えないのでトイレも使えないはずだが。
まさか瓶に・・・
うん、恐ろしい想像はよそう。どうにかしてるに違いない。
「あれ、あなたは確か新入りの甲板員」
「え?」
突然声をかけられ振り向くと、大量の荷物を持った女性が立っていた。
「えーと」
「あ、私は機関科だからあんまり面識ないからね。”機関長の世話係”って言った方がわかりやすいかな」
あははと女性は苦笑いしている。
話は聞いたことがある。機関長と唯一まともに話ができる船員がいると。
これはちょうどいいか。
「その荷物は?」
「機関長の餌・・・食料ですよ」
ごまかしても餌って言いきってたからな。
「ずっと部屋に籠もりっぱなしなので定期的に持って行かないと餓死しちゃうんですよ」
どんだけ筋金入りなんだよ。
「んで、部屋の掃除もしないと不衛生ですからねぇ。その、ほら、いろいろとため込んじゃうので・・・」
言葉を濁してるけどこれは・・・。
深く考えることは止めた。
「あ、機関室って行ったことないので付いて行ってもいいですか?」
「いいけど、動いてない機関見ても面白くないよ?」
多分整備でバラされてるしと付け加えた。
それでもいいですと言って、付いていかせてもらう。
そこで簡単に話を聞いたところ、一応彼女の本職はボイラー技士らしい。
まぁ、筋骨隆々のマッチョではないので投炭手ではないと思っていたが。
ちなみに機関室に一度も行ったことが無いのは、その筋骨隆々の投炭手が怖かったからである。
今ならみんな船を降りているし、いないだろう。
船内を下に降りながら、機関長について聞いた話は、副長から聞いたのとあまり変わらなかった。
国内屈指の蒸気機関の研究者で、オリジナルと呼ばれるユーニービの機関の研究を行っているらしい。
結局、構造的にはほぼ解析は済んでいるものの、造られている材質や純粋な工作精度の問題で完全なコピーを造れずにいるらしい。
「最近は何やら船内に残されていた書物を片っ端から解読しようとしてるね」
「え、でもマニュアルって降ろされてどっかの図書館に入れられてるんじゃ?」
「それ以外にもいろいろ本やノートが残されてたんだけど、言語の問題でほとんど解析されてないんだよ」
言語で思い出したが、この世界は日本語でもないのに読み書きも含めて言語に問題ないな。
これが異世界転移のチートって奴だろうか。・・・もっとこう魔法とか欲しかったです。
「よし、到着」
世話係はある部屋の前で立ち止まった。
おそらく機関長の部屋なんだろうが、扉になぜか軍艦の銘板が掲げられている。
「ここが機関長の部屋で、隣が機関室。見たいなら自由に見て行っていいよ」
「1人で大丈夫なんですか?」
ボトラーの世話、とは心の中だけに留める。
「いつものことだから」
仕方ないといったような力のない笑顔で世話係はいう。
「でも、なんで部屋に軍艦の銘板なんて掲げてるんですか?」
「ん、なんかこの艦が漂流中に発見されたときについてた銘板なんだって。というか軍艦の銘板だって良く分かったね」
「え、だって・・・」
そう書いてあるじゃないですかと言いかけて、口を噤んだ。
この世界の言葉じゃない!?
「君はこれが読めるのか!?」
「「うわああああ」」
突然扉がバンと開かれ、中から見るからに不健康そうな眼鏡をかけた少女が飛び出してきた。
あまりの予想外に、僕と世話係はお化け屋敷みたいに悲鳴をあげた。
「君はこれを読めるのかときいている」
思ったより強い力で両肩を掴まれてガクガクと激しく前後に揺すられる。
そりゃ読めるだろ。
だってそこには
軍 海 國 帝 本 日 大
艦 傍 畝
と書かれていた。




