5-10 高校生、船乗りになるために学ぶ
「艦内での役割ですか?」
「はい、正直甲板磨く以外何もできないというのはどうかと思いまして」
副長の家に住むようになってから数日が経過していた。
この街でもそこそこ良いとされているアパートの一室は、副長が言うように確かに1人で住むには少し広い。
数か月に1度しか帰らない家としては、かなり贅沢なんじゃないかと思う。
そんなアパートでの夕食時に、この前の戦闘時に思った、何もできないということをどうにかしたいという相談をしていた。
ちなみに、ここでの生活は副長がやたらとスキンシップをとってくるので、僕を宥めるのが大変な以外は実に快適である。
「甲板磨きや伝令も立派な仕事なんですが・・・」
「けど他にも出来た方がいいのは確かでしょう?」
特に全ての人員が不足しているユーニービでは仕事ができる人間は1人でも多い方がいい。
「そうですねぇ、私は一応海軍士官学校を出ているので、一通りのことは教えられますよ」
海軍士官学校卒って海軍ではエリートなんじゃ?
なんで海賊船なんて乗ってるんだろ?
方向音痴のせいで何かやらかしたのだろうか。
「・・・何か失礼なこと考えてません?」
「ソンナコトナイデスヨ」
危ない危ない。顔に出てただろうか。
「あとは見張り員だと単純に視力が良ければなれますし、弾薬運搬員や投炭手は力仕事ですよね」
「視力は鷹人族に勝てる気がしませんし、力仕事は苦手ですね」
いじめられっ子のひきこもりだった僕に体力勝負の仕事はつらいです。
「私の立場で言うと航法ができる人間が1人でも増えると助かりますね」
ちらっちらっと期待するようにこちらを見てくる。
そんな中途半端に回りくどいいい方しなくても、お世話になってるんだからそれくらいは返すんですが・・・。
「あー、海図の見方とか測量の方法を覚えようかなぁ」
副長に合わせて棒読みで希望を伝えてみると、副長は見るからに嬉しそうになった。
そんなに喜んでもらえるのなら、頑張って覚えようという気になる。
「他にもできるといいことって何かありますかね?」
「うーん、あんまり同時にいろんなことをやるのはオススメできませんが・・・」
少し渋る様子を見せた後、副長はあっと突然思いついたようで声を上げた。
「機関長と会話できるといいですね」
「・・・それは特殊技能なんですか?」
そもそも機関長と会ったことないんだけど。・・・いや、誰も会えないから機関長と会話できるのは特殊技能なのか。
「というか、入居中も機関室横の自室から出てこない人でしょ?どうやって会話するんですか?」
「だから機関長と仲良くなれたらそれだけで特殊技能なんですよ?」
いや、なんでそんなのが機関長なんだよ。
あの船の機関て、オリジナルと呼ばれるこの世界の蒸気機関の元になったものなんでしょうが。
「蒸気機関の研究ではこの国でも屈指の技術者なんです。ただちょっと、その人か・・・日常行動に問題があるだけで」
人格に問題があるって言いかけたな。言い直したあたり配慮してるんだろうが。
「自分の研究をしてるときは周りが見えてないといいますか、そもそも極端な人見知りといいますか」
とはいえ、一緒の船に乗ってるんだし、一度くらいは会ってみたい気がする。
乗ることになったきっかけはちょっとあれだったが、なんだかんだ言っても僕はあの船が気に入っているのだと思う。
まぁ、機関長のことはおいおい考えよう。
「とりあえず機関長のことは置いといて、航法について知りたいと思います」
「そうですね、では順番に行きましょう。航法と一口に言っても沿岸と天文だけでも覚えることはいくらでもありすが、まずは海図の見方からいきましょうか」
果たして、現在地を全然合わせられない副長に航法を教わるのが正しいのかどうかは別にして、お世話になっている人が嬉しそうだからそれでいいかと思うのだった。
「そういえば、どうしてユーニービにのることになったんですか?」
海図の見方を教えてもらいながらの小休止で、副長に聞かれた。
「あんまり言いたくないんですが・・・まぁ副長なんでいいですけど、今みたいにお金が無くて泊まるところも無かったので、夜中に表通りを歩いてたんです」
この世界に飛ばされてすぐのとき、神様に会うことも無く、召喚されたわけでもなく、気付いたら突然この街に立っていた。
ここがどんな場所でどうすればいいかも、何もわからずただ街を彷徨っていたら、突然赤い髪が特徴的なナイスバディの女性に声をかけられた。
何をしてるのかと聞かれたので、泊まる場所がないのだと言ったら、泊めてやるからついてこいと言われた。
怪しすぎた上に、雰囲気が完全に夜のお仕事というか春を売ってそうな感じだったが、歩き疲れてもはやどうにでもなれと思っていたので、ふらふらと着いていった。
そして、着いた先は怪しげなアパートの一室。
部屋に入るといきなり服を脱がされ、僕のさくらんぼはあっという間に食べられてしまったのだった。
で、事後に突然、強面の男が部屋に乱入、俺の女になにやってんじゃーからの金を要求されて、ないとなったら船に放り込まれたわけである。
所謂、美人局という奴だが、これの悪質なところは、女が艦長で、男が掌帆長だというところである。
そうやって無理矢理借金をつくらせて船員にしてしまうのだという。
ちなみに、艦長に素人船員はみんなああやって連れてきたのか、と聞いたら実際に夜の運動会をやったのは僕だけだと言われた。理由は「おいしそうだったから」
その手口を聞いて副長は頭を抱えている。知らなかったのか・・・。
あ、ちなみに、僕のチェリーが食べられるくだりは副長には省略して伝えた。




