5-4 高校生、初戦闘の気配にビビる
のんびりした船内の雰囲気が突然変わったのは、あと数日で母港に帰港という時だった。
「右舷30度、煤煙を見ゆ!」
見張り所の報告で船内に緊張が走った。
一応、海賊船ということになっているこの船が母港を知られるのは非常にまずい。
母港近辺での目撃報告というのは可能な限り避けたいのである。
「向こうも気付いてるかな?」
「この晴天ですが、どうでしょう?無煙炭のおかげで煤煙はそれほどでもないですが、向こうが軍艦なら気付いているかもしれません」
珍しくぴりっとした雰囲気の艦長といつも真面目な副長が話している。
ちなみに、俺は艦橋の床掃除中だったので、そのまま伝令になったので艦橋で待機。
「総員、戦闘配置」
艦長が真面目な雰囲気のまま告げる。
「いつものストーカーでしょうか」
「女の尻ばっか追いかけまわすとか、最低野郎だよな」
”ストーカー”とはこの船を追いかけまわす軍艦のことである。
曰く、この船は「オリジナル」と呼ばれるこの世界に存在する蒸気機関の大元らしい。
貴重なサンプルということで係留されていたのを艦長と掌帆長が奪ったらしい。
・・・おい。
なんでも、この世界ではもともと船は風を受けて進む帆船のみで、魔術師の風魔法で一時的にブーストしたりすることで航行したり、海戦を行っていたらしい。
とはいえ、帆船というのは風が強すぎるとマストが折れたり、転覆したりする恐れもあるので、条件が最良の状態の最高記録でせいぜい17ノット、普段ならその半分も出ればラッキーといった程度である。
そこに突然、風に寄らず最大18ノット、巡航でも10ノットちょいという石炭蒸気ボイラーの船が現れたのだから、その衝撃は凄まじかったのだと掌帆長が言っていた。
この船自体は、ある日突然、無人の状態で漂流しているところを発見されたのだという。
誰が造ったのかも、誰の持ち物だったのかも、なぜ漂流していたのかも不明という幽霊船だと聞いたときは背筋が寒くなった。
というか、よくそんな船乗ってるな!?
とはいえ、その機関を解析することができたのは、マニュアルが船内にあったからだという。
そのマニュアルは現在、王立図書館の一般閲覧禁止の書庫に納まっているという。
ともかく、この世界に存在する全ての蒸気機関が、この船の機関をベースに造られているというのだから、なんつーものを盗んだんだって話である。
しかもそれを取り返そうと追いかけてくる軍艦をストーカー呼ばわりとは・・・。
というか、副長もしれっとストーカーって呼んでるよね。
「2本煙突、艦首にラム!連装砲架を確認!間違いありません、ストーカーです」
見張り所から続報が入る。
「残りの石炭は?」
「特に問題はないはずですが、延々追いかけっこできるかと言われると・・・」
「ちゃっちゃと振り切るか、沈めるか、2つに1つか」
何か艦長が物騒なことをいっている。
「機関長、機関の調子は?」
伝声管に向かって艦長が叫ぶ。
『80%なら回せると機関長が!』
機関長、自分では返事しないのかよ。どんだけ筋金入りの引きこもりなんだ。
「8割か・・・」
「振り切れそうですね」
というか、8割の出力で振り切れるんだ。
「8割で振り切れんの?って顔してるねぇ」
突然艦長がこっちに話を振ってきた。
「こいつのエンジンがオリジナルだって話は聞いてるだろ。他のはぜーんぶデッドコピー」
「他にも、このエンジンで使われている冶金や精度を完全に再現できていないので、同じ大きさで造ればこの船より出力は低いんです」
もともとこの船のエンジンも結構きまぐれなところがあると聞いている。
それをデッドコピーしていて、かつ制度や材質も悪いのなら、向こうが機関絶好調で出力120%とかでなければ振り切れるのだろう。
「あ、左舷150度、煤煙を見ゆ!」
まぁ、1隻で追い付けないなら複数で囲む。
当たり前の話だよね。
・・・え、どうすんのこれ。




