5-1 高校生、海賊(?)生活をそれなりに楽しむ
「俺たちゃ海賊~♪今日も大海洋を征く~♪」
調子外れの大声で掌帆長が今日も歌っている。
他に聞こえてくるのは船体が波を切る音と蒸気レシプロ機関の騒音だけである。
そんな音をBGMに今日も今日とて、甲板磨きに精を出す。
最初のころに比べるとだいぶ慣れてきたとはいえ、なんでかがんでゴシゴシやらなきゃならないんだろうか。モップで良くない?というか、毎日ごしごしやる意味あんの?
一度、酒を飲んで機嫌のいいときに掌帆長に言ってみたら
「貴様は何もわかっとらん!」
と怒鳴られて次の日、わかるまで1人でやれと言われた。
昔、いじめグループに嵌められて一人でプール掃除する羽目になったことを思い出しながら、半泣きで半分くらいやったところで、わかったか?と言われたのでわかったと言っておいた。
未だにさっぱりわからないが、とりあえずもうこの話題を出すのはやめようと思った。
ちなみに、艦長に聞いてみたところ
「そんなもんだと思って諦めな」
と言ってガハハと笑われた。
一説によると彼女はまだ30になってないとのことだが、なんであんな女捨ててるんだろうか。
というか、この船に乗る原因になった夜のことを考えると、びっくりするくらい女性らしく振る舞えるはずなのだが、普段の彼女は掌帆長と並んでがさつで豪快である。
デッキ磨きは下っ端の仕事とはいえ、喋っていると掌帆長にどやされるのでみんなあえて離れて作業している。
しんどい作業とはいえ、暇ではあるので近くにいるとつい無駄口を叩いてしまうので、自衛のためである。
ちなみに、こっそり全員に聞いてみたところ、みんななぜ、かがんでごしごししなければならないのかはわかっていなかった。
僕が掌帆長に聞いたとき、水兵は全員心の中で快哉を叫んだようだが、その後を見てお仏壇に手を合わせる気持ちだったとのこと。あの後、妙に先輩の水兵が優しくなったのはそのせいらしい。
艦長に引っ張り込まれて海賊船に乗ることになったときは、どうなるのかと心配で夜しか眠れなかったが、慣れてしまえばどうということはない。
不登校引きこもりだったもやしには体力的にきついが、この3ヶ月、ただただ船に乗っているだけで、他の船を襲ったり、海軍に追いかけられたりはしていない。
どうやって稼いでいるのか不思議ではあるが、ちょいちょい荷物を積んだり降ろしたり、人を乗せたり降ろしたりしているので、密輸とか密航で稼いでいるのだと思う。
正直、やっていることはともかく、日本にいたころよりもはるかにやりがいというか、生きがいがある。
学校と違って理不尽に殴られたり・・・はする気もするが、できないことはきちんと教えてくれるし、物を隠されたり、お金を巻き上げられたりすることも(今のところ)ない。
『10時の方向に船影!煤煙を見ず、帆船、もしくは帆走中の機帆船と思われる!』
マストの上の見張り所から見張り員が声を張り上げている。
航海中に船を見つけることはちょいちょいあるものの、これまで全部接近しないように回避している。
「おまえらー、一応戦闘配置につきなー」
艦橋から気の抜けた声で艦長が号令する。
皆一斉にバケツを片付けて割り当てられた部署に移動する。
この世界の軍艦の部署は地球のそれとは明らかに異なっていた。
まぁもとの世界の軍艦の部署なんて詳しく知らないが、少なくとも魔術科なんて部署はないだろう。
艦長、副長がいて、その下に砲雷長、航海長、掌帆長、機関長、酒保長がいる。ことになっているが、航海長は副長が兼任しているし、酒保長も 掌帆長が兼任している。
要するにこの船は人が足りていない。
我らが艦長は赤い長髪がトレードマークのナイスバディで豪快でいい加減な人物。
副長は艦長とは対照的に、真面目でぴりっとした雰囲気を纏った金髪のちょっとお目にかかれないような美女。ただし方向音痴。航海長なのにそれでいいのか。
砲雷長はトリガーハッピーの頭のネジが2、3本飛んでるおっさん。1日1度は発砲しないと禁断症状でおかしくなるらしい。
僕の直属の上司になる掌帆長は、気合と根性で何でも解決しようとする僕の嫌いな体育会系である。
機関長は常に機関室かその横の自室にいて、外にでてくることがほとんどない。曰く、引きこもりで外が怖いのだとかで、艦内にはその姿を見たことある人間のほうが少ない。
砲雷長の下に、砲術科、水雷科、魔術科がある。砲術、水雷は文字通り大砲と魚雷を扱う部署だが、魔術科が何をする部署かわからなかったので、艦長に聞いてみたことがある。
「魔術科って何する部署なんですか?」
「そりゃお前、魔術を使う部署だよ」
聞く人を間違えたと思ったので、砲雷長に聞いてみたところ
「大砲を撃たねぇ玉無し連中だ」
と言われたので、美人すぎて近寄りがたい雰囲気もあり苦手な副長に仕方なく聞いてみた。
「白兵戦時の防御陣の展開や魔術攻撃、負傷者の治癒魔術による応急救護、凍結魔術による浸水の応急処置といったことを行う部署ですよ」
「防御陣で敵の砲弾防いだりはできないんですか?」
「そんな大魔術が使える人間は世界に5人もいないんじゃないかな」
とちゃんと教えてくれた。
他にも聞いたことはきちんと教えてくれるし、常に身だしなみもパリッとしていて、正規の海軍士官と見間違えそうなほどで、この艦の良心だと思う。
もっとも、そう思った僕の思いは、航海士が航海長が引いた航路がズレてて現在地がわからなくなったと怒鳴り込んできたことで砕け散ったのだが。
まぁ、そんな癖の強い人達に率いられて、今日も海賊船「ユーニービ号」は海を往く。




