0-3 元メイドは忙しい
「暇ですね」
彼女―元王宮メイドのマリアは昼間っからソファーに寝転がり、ブランデーがたっぷり入った紅茶を飲みながら言った。
もっとも、それは誰かに向けて発言したものではなく、独り言のようなものだ。
実際、部屋の隅に控えている、やたらとイケメンの執事も反応せずにじっとしている。
そもそもの問題として、彼女は暇ではなかった。
彼女の言う「暇」はなんか面白いことねーかなといった程度の意味である。
魔王と自衛隊が話し合いで和解した後、彼女は第一王女の尻を蹴り上げて王国と魔王の間でも和平を結ばせた。
そこに金の匂いを嗅ぎつけたからである。
第一王女が泣いて引き留めるのを無視して王宮メイドを辞めた彼女は、メイド時代に手に入れた情報とコネを使って商売を始めた。
王宮と魔王と自衛隊に顔が利く商人は世界で彼女ただ一人、というか、その三者に顔が利く人間が彼女しかいないので失敗する要素は何も無かった。
突然の新参者に商人ギルドは大いに反発したものの、彼女に金玉を片方握られた上級貴族や王族の権威と、彼女を便利使いすることで楽をしている自衛隊の武力の前では、せいぜいギルドに集まって酒の力を借りて気炎を吐く程度しかできなかった。
魔族領と王国間の通商をコネを使ってほぼ独占することに成功した結果、寝てても勝手に金が入ってくる状態になったのだが、彼女が決済しなければならない書類というのは多い。
「そういえば、日本から要望のあった人集めと施設はうまくいきましたか?」
部屋の隅で微動だにしない執事に声をかける。
「はい、施設の方は特に問題ありません。20人程度ずつ入れる部屋が複数ある監視のしやすい建物とのことなので、刑務所をベースに設計し、すでに建設はほぼ終わっています」
「それは重畳。自衛隊とは継続的な付き合いを続けなければなりませんから、なるだけ要望には沿うように」
いくら情報で抑えているとは言っても、それだけで抑えられるほど上級貴族や王族は大人しくないということを彼女は熟知していた。
まぁ、第一王子が実は王の血を引いていない王女の不貞によってできた子だ。とかいう事実でもあれば王族は抑えられるだろうが、そんな都合よくは行かない。
せいぜい、どこそこの侯爵とどこそこの男爵夫人が不貞な関係とか、どこそこの伯爵とどこそこの子爵が外で囲っている愛人が実は同一人物とか、そんな情報ばかりである。
こちらの「お願い」ぐらいは聞いてくれるだろうが、積極的にこちらの利益になるように動いてくれるような情報かというと微妙である。
むしろ、面倒なことを知っている小娘1人くらいいなくなっても・・・となりかねない。
そこで日本との関係が活きてくる。
「とはいえ、健康な男女200人ずつというのは難航しております。特に最終的な生死が問題にならない人間、となると犯罪奴隷くらいしか・・・」
何に使うのかしらないが、健康な男女200人ずつとそれを収容して監視できる施設を日本に要求されていた。
まぁ、日本がこちらで行うことの支払いは全て王国がやるように第一王女の尻を蹴り上げておいたし、そもそもこの程度で日本と継続的な関係を持てるのだから別に自腹負担になってもいい程度には儲けていた。
「それで構わないでしょう。労働させるわけではないと聞いていますし、頭数をそろえてくれればそれでいいとのことでした。なんだったら奴隷市場だけでなく、刑務所からも買い取りなさい。どうせ費用は王国持ちです」
「かしこまりました。ではそのように」
「あ、それと継続的に人が欲しいというような話もちらっとしていたから、奴隷商人に健康な犯罪奴隷が入ったら連絡するように手配しておきなさい」
一礼して執事は退室した。
すでに冷めている紅茶(8割ブランデー)を飲み干すと彼女は立ち上がった。
「うえぇぇぇまりあぁぁぁ」
その時騒々しく扉をあけてとても表に出せないような泣き顔のクリスティア第一王女が入ってきた。
「はぁぁぁぁぁ」
わざとらしく大きな溜息をつく。
「なんで私の家に勝手に入ってきてるんですか」
「だっでぇぇぇぇ」
門番にきつく言っておかねばなるまい。
面倒事を勝手に中に入れるなと。
「私は忙しいんです、帰ってください」
「そんなこと言ってまた昼間からお酒飲んでるじゃないぃぃぃ。そんなだからお金持ってるのに男が寄ってこないのよぉぉぉ」
こいつ思いっきりグーで殴ってやろうかと思ったが、踏みとどまる。
「大変なのよぉぉぉ、お父さんが私に嫁に行けってぇぇぇ」
「ふむ、それは面倒ですね」
マリアは真剣に考えこむ。
王宮で一番便利に使える駒であるクリスティアが嫁に行ってしまうというのは、いろいろ面倒だ。
こうなったらいっそこのポンコツを王位につけて傀儡化する方法でも考えるか?
悪い笑顔を浮かべながら元メイドは策謀を巡らせるのだった。




