0-2 官僚たちの時間
内閣府異世界問題対策本部省庁間連絡協議室
端的に言うと、異世界に関する面倒な管轄を各省庁が押し付けあったり、利権のために殴り合ったりするために設置された部署である。
「そういえば、あの話聞いたか?」
「どの話だよ」
経済産業省から出向してきている官僚が、同期で農林水産省から出向してきている官僚に声をかけている。
「BC001の世界の話だよ」
「核戦争後の世界だって話のところか?自衛隊も偵察活動だけで撤退したはずだろ?」
発見された世界には全てアルファベットと数字でナンバリングがされている。
1桁目のアルファベットはその世界の技術水準。日本と比べて、Aが劣る(つまり自衛隊で蹂躙可能)、Bが同等の可能性あり、Cが優れている(つまり軍事力で劣る可能性あり)という分類になっている。
2桁目のアルファベットはその世界から何か得られるかどうか。Aが収集優先度高(つまりこちらにない物質や魔法といった特殊なものがある)、Bがなんでもかんでも収集するほどではないが、得られるものがある世界、Cは収集の必要なし。
下3桁の数字は単純に見つかった順番である。
つまりBC001は、1番最初に見つかった技術水準が同等の恐れのある収集すべきものがない世界。ということになる。
ちなみに、最初に自衛隊が派遣された世界がAA001、滝川が勇者として召喚された世界はAA002となっている。
「基本的にCがつく世界には手出ししないって話じゃなかったか?」
「それがBC001は別で、使い道があるって騒いでる連中がいるんだよ」
「使い道?」
農林水産省の立場で考えれば、突然変異種の存在が気になる程度で、特に惹かれるものはないが。
「すでに汚染された世界なら、ちょうどいいじゃないかって話がでてるんだよ」
「え、まさか」
「そのまさかだよ。処分場はおろか、一時保管場所つくるだけでも揉めに揉めるんだから、いっそその世界に捨てちまえってことだ」
「IAEAがなんていうか・・・」
「残念ながらアメリカも管理費用がかからないからうちも捨てさせろと乗り気だ」
「廃棄処分の核弾頭で日本が武装する恐れとか考えないのか、あの国は・・・」
農水省からの出向者は頭を抱えている。
「まぁどうせ歩くだけでさくっと即死レベルに被曝する世界だ。使い道としてはいいだろ。除染も原発再稼働もこれで弾みがつく」
「農産物への風評被害とか考えなくていい最終処分場と考えれば、うちも楽でいいか」
それ以上は深く考えないようにする。
「魔法のほうは難航してるみたいだな」
「そういえば魔法書の解析がどこの管轄かで殴り合いしてた文科省と外務省はどうなったんだ?」
「例のつけてるだけで翻訳してくれる腕輪は外務省へ、魔法書は言語解析も含めて文科省だと」
「それはまた。というか、言語情報が欲しいのは防衛省もじゃないのか?」
「そ。んで文科省は大学やらなんやらに言語解析丸投げで、防衛省が大学に研究成果聞こうとしたら軍事研究には関わらないとか言って断られたらしい」
「文科省もそれくらい融通してやれよ・・・それ取ってきたの防衛省だろ・・・」
「でその文科省がその魔法書持ってこの魔法はどんな魔法だと防衛省に聞きにきて担当者がブチキレたらしい」
「うわぁ・・・うわぁ・・・」
すると防衛省からの出向者が話に加わった。
「その話には続きがあってな」
「え、まだ続くのこの不毛な話」
「防衛省の担当者は、実際に異世界で魔法を見た方が早いんじゃないですかと言って、異世界に行かせることにしたらしい」
「ほう?」
「だが、基本的に派遣できるのは自衛官と警察官だけだから、最低限の訓練は受けてくださいと言って問答無用で富士のレンジャー訓練に放り込んだらしい」
「レンジャー訓練は最低限の訓練なのか?」
利害が衝突すると言葉の殴り合いを始めるのがここに出向している官僚の仕事だが、普段から殴り合いをしていると仕事が進まないので一見すると普通の職場である。
「とはいえ、そんなことは関係なく魔法の研究が難航してるのは事実だな」
「攻撃魔法は使い道がないからとばっさり切り捨ててるのが技術体系の解析として成り立たなくなってる原因じゃないのか?」
「攻撃魔法なんて使うくらいなら拳銃撃つほうが早いからな。となると治癒魔法しか使い道がない」
「使い道がないからって解析もしないのが問題なのでは?」
日本で魔法が使えるようになる日は遠そうである。
「素材産業とか製薬業界ではあっさり成果が出ているし、しばらくは異世界フィーバーが続くだろ」
持ち帰られた未知の金属や魔法素材の解析や転用は順調に進んでいたが、製薬の方は人体実験まがいの治験を日米製薬会社が異世界で行っていることを知っているのは厚労省だけであり、ここにいる3人は「新薬ってそんなに簡単に作れたんだなぁ」という程度にしか考えていなかった。
早くも異世界の利用は巨大な闇を抱えつつあった。




