4-8 自衛官、被曝を心配する
結局、大した出来事もなく、教父にされて出発する日になった。
「外での勧誘は教父の通過儀礼のようなものです。絶対に連れてこなければならないようなものでもないので気楽に行ってきてください」
装甲車の前で見送りの教父が言う。
運転手はいるが特に監視役とかはおらず、同時期に教父になった人間とペアでいくらしい。
ちなみに俺のペアは桧山だった。ますますトンズラするには都合がいい。
「出て行って帰ってこない奴っていないのか?」
「逆に聞きますが、信者としてならともかく、教父としてここで生活する以上の環境が他の都市にあると?」
ないだろうな。この世界には。
「むしろ、そんなところを見つけたら必ず帰ってきてください。私も移住しますから」
まぁそんなところはないでしょうが、と教父はカラカラと笑っている。
信者を家畜以下程度にしか思ってないことを除けばここもいい都市だとは思うんだがなぁ。
まぁ、俺が支配者側の地位を与えられているが故の感想だろうし、そんなこと日本で言ったら袋叩きにあうのだろうが、この世界の状況を考えれば仕方なかろう。
教団関係者から聞いた話、そもそもここを造った大聖祖自身も別にこの状況を良しとはしていなかったという。
ただ、この世界で「人類」という種を残すためには、家畜として働く人と人間として生きる人を分けなければならないと結論付けて、そのようにやった。
なんせ、単純な構造の道具くらいはともかく、機械なんてのは新しく作ることができない世界である。
ここには放棄された製鉄所があるが、外の世界の状況を考えると、「都市だけで全てが完結しなければならない」のだから、どこそこから鉄鉱石を取ってきてあっちからは石炭をとってきてなんてことは不可能だ。
じゃあ、都市にあるもので増やせるのは何か?
人と植物くらいであろう。
そして、この都市には化学プラントがある。
驚いたことに、大聖祖が造った製鉄所に放置されていた石炭を利用するプラントだという。
石炭と水と空気からアンモニアを生成する。要は化学肥料のプラントである。
信者からは考える力を奪い、農業機械の代わりに働かせる。
教団関係者は現代に近い生活を(信者を好きにしていいという特典付きで)謳歌する。
とはいえ、いずれこの都市も限界は来よう。
何より、ろくなメンテもされていないであろう原子力発電所という時限爆弾を抱えた都市だ。
大聖祖の人類という種を残すという目的の割には、あまりにも先が見えすぎている。
だが、教都の中にいて、この街に終わりが来る。それも自分たちが生きている間にくるかもしれない。と考えていそうな人間にはついに出会わなかった。
結局のところ、人間というのはその日を生きられればそれでいいという動物なのだろうか。
いろいろと思うところはあるが、この愛すべき歪な閉鎖都市を後にする。
来た時と同じ、重度の放射能汚染区域を装甲車で通過する。
・・・この装甲車の装甲って鉛なんだよね?今更ながらすごく不安である。
2日かけてついた街はシュバルツスタンとは違う街だった。
結構いろんなところに人はいるんだな、と思うがシュバルツスタンと比べても小規模で、閑散として活気が無い。
ちなみに、装甲車は街の外に隠してある。
運転手もそこにいるので、3日たって俺たちが戻らなければ置いて行かれることになっているが、元々戻るつもりが無いので、運転手の心配をしなくていいこの方式は今回はありがたい。
こっそり持ち込んでいた無線機の電源をいれて、迎えに来るよう信号を発信する。
小型化に重点を置いた関係で、長距離は「至急救援を請う」と「偵察活動終了」のどちらかしか発信できず、通話は近距離のみという仕様である。
あとは(置いて行かれていなければ)発信位置を割り出して迎えがくるはずである。
・・・来るよね?
一応武器を渡されてはいるものの、街の周辺は危険地帯のようなので、何をするでもなく適当に時間を潰していると、あっさり音声通信がはいった。
なんでも、俺たちが教都にいる間に、この世界での移動は危険すぎるから日本から転移可能な地点を片っ端から調査する方向に切り替わっていたらしい。
この街の近くにも転移可能地点が設定されていたので、迎えが早かったとのこと。
結局のところ、日本人は見つからなかったらしい。
まぁ、ちょっと道間違えたら被曝で死んじゃう世界なんて相当運が無いと生き残れないだろうし。
収集できるものもないし、日本人もいないので俺たちが回収できれば撤退とのことだった。
うーん、なんか無駄に疲れただけだった気がするなぁ。
何もしてないし。
またこの世界に来ることはあるのだろうか?




