4-6 自衛官、(本業と関係ないことで)出世する
チャンスは思いのほか早く巡ってきた。
3日後の朝、仕事場に向かおうとするといつもの教父に呼び止められた。
「あなたは幸せですか?ここでの生活にはもう慣れましたか?」
「幸せです教父様、ここでの生活は素晴らしいです」
造ったような保衛部員の笑顔の質問に、こちらも造ったような笑顔で返す。
きっと俺たちの笑顔を使えば素晴らしい広告映像が撮れるだろう。
「そうですか。今日はあなたは個別指導になります。ついてきてください」
その瞬間、頭の中で警報が鳴り響く。
なぜ呼ばれた?
スパイだとばれたか?いや、それはない。まだ何もそれらしいことはしていない。
では桧山のほうか?それも考えにくい。桧山にはとにかく溶け込んで日常の中で情報収集するよう徹底してある。
ではなんだ?もしや俺の体か?尻なのか?
猛烈に行きたくない。
やだ。
俺の貞操の危機!
逃げるか?どこに?
虎穴に入らずんば虎児を得ずともいう。行くしかない。
「は、はい」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あなたにとってもいい話ですから」
それから黙って後ろをついていくと、近くにある保衛部の施設に連れていかれた。
規模としては交番程度のものである。
「キリシマさん、あなたはここの生活を幸せだとは思っていませんね?」
「いえ、そんなことはありません、私は幸せです」
なんかド直球なこと聞かれてるけど、ここはごまかす。
「私はあなたがここに来てからずっと見ていました。仕事のやる気もなく、バカげたお祈りをしているだけで三食もらえるなんてちょろい場所だと思っているでしょう?」
こいつエスパーかなんかか?
というか、多分これは新入りの通過儀礼だ。
あの厳しい外の世界で生きてきた人間なら、ここでの生活なんてレールにのっていれば命の危険もないちょろいものだ。
だが、ここで本音を漏らせばそのまま収監されて再教育とやらをされるのだろう。
「いいえ、そんなことはありません。ここは素晴らしい場所です。こんなお恵みを与えてくださる大聖祖様は素晴らしいと思います」
とりあえず大聖祖を崇めとけばセーフのはず。
外との違いを強調して、教都と教団を持ち上げとけば乗り切れるはず。
「ここには私とあなたしかいません。本音を話してもらって結構です」
「外に比べればここは天国です。大聖祖様には感謝しています」
貼りつけた笑顔は崩さない。
「私はその額の傷をどうやってつけているかも知っていますよ。わざとやすりでこすっていますね」
「そんなことはしていません、毎日大聖祖様に感謝を捧げています」
笑顔を貼りつけたまま教父とじっと向き合う。
どれくらいそうしていたのかわからないが、じっと向き合っていると、突然部屋に拍手が響いた。
「素晴らしい!保衛部は君を歓迎するよ」
拍手していたのは背後から部屋に入ってきた男だった。
どっかの半島北側の独裁国家の偉い軍人みたいにごてごてと勲章のようなものをつけている。
「私は信仰保安衛生本部副本部長のル・インジョだ。君のその演技力を買って、我が保衛部の任務についてもらいたい」
要するに信者の中にまぎれて反逆者を見つけるスパイになれ、とのことだ。
「勿論、話はそれだけじゃないよ。まぁ、状況にもよるが概ね半年から一年ほどで信仰心の篤い信者ということで教父に選抜されることになっている」
つまり、信者に希望を持たせる教父への昇格は最初から出来レースだと。
「まぁ、任務の過程で背教者として振る舞ってもらって他の連中を釣り出したりといったこともしてもらうが、君の演技力と胆力ならなんの問題もないだろう」
そりゃもともとここにスパイとして潜り込んでるわけだからな。
とはいえ、いろいろと融通のききそうな話だし、受けない理由がない。
「そういうことでしたら大聖祖様のためにお受けします」
俺は最後まで笑顔を貼りつけてその話を受けた。




