4-1 狂信者たちの祈り
「「「「「「幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです」」」」」」
大勢の信者が呪文のように唱えながら、土下座して額を地面に擦り付けている。
擦り付けすぎて額から血を流しているのは序の口で、骨が見えるのではないかというほど擦り付けている人間までいる。
ここは教都。
大崩壊を迎えた世界の中で、唯一人類の生存が許された都市である。
教都に住む人間は、1日に3度、この都市を築いて人類を救った大聖祖様が安置された、都市の中心の大聖塔に向かって祈りを捧げることが義務付けられている。
自分たちを救ってくださった大聖祖様への感謝を忘れず、謙虚に日々生きることを忘れないためだと教父様たちは信者に日々説いている。
地面を額に擦り付けた傷がひどければひどいほど、信仰心に篤く、謙虚な素晴らしい人間だとされている。
信仰心が一定以上に高まったと認められれば教父になることができるとされており、皆額を地面に擦り付けることに余念がない。
ピピピー
神聖な祈りの時間に突然けたたましい笛の音が響き渡る。
「「「背教者だ!」」」
祈りは一時中断され、額から血を流す集団の視線が一斉に一点に向けられる。
その先には、制服―日本人なら「共産圏の軍服みたいだな」と表現するだろう―を着た、信仰保安衛生本部、通称保衛部の職員2人に両脇から拘束された男の姿があった。
「この男を見ろ!」
保衛部の職員が声を張り上げる。
「「「「背教者だ!背教者だ!背教者だ!」」」」
信者たちが一斉に声をあげる。
拘束された男は、額に全く傷が無かった。
「お前たちは狂っている!こんな生活が幸せだなどと、頭がおかしいんだ!」
拘束された男は叫んでいるが、誰もそれに賛同しようとはしない。
そのまま保衛部にズルズルと無理矢理引きずられて、信者たちの前の講壇に上げられ、そこの椅子に縛り付けられた。
「諸君!この自らの立場をわかっていない愚かな背教者をどうすべきか!」
「「「「再教育!再教育!再教育!」」」」
祈り以上にその場を震わせる合唱が響いた。
「よろしい!では諸君!どうすべきかはわかっているな!」
すると皆ザっと、訓練された軍隊のように講壇の前に一列に並んだ。
「お前たちはおかしい!教父たちは嘘をついている!外の世界にも人はいるんだ!目を覚ませ!ここはおかしい!」
より一層背教者とされた男は大声で叫ぶ。
「では、諸君、順番に勤めを果たしたまえ」
すると保衛部の男は列の先頭に、お手玉のような固くもないが柔らかくもないものを渡した。
「背教者め!」
それを受け取った信者は、力一杯背教者に投げつける。
「背教者め!」
「背教者め!」
「背教者め!」
「背教者め!」
次々と順番に背教者に投げつけていく。
数発なら大したことはないだろうが、ここでお祈りをしていた信者は数百人。
その全てが順番に力一杯投げつけていく。
終わるころには最初の元気もなく、男はぐったりしていた。
「諸君らは勤めを果たした!では、この男をどうするか!」
「「「「再教育!再教育!再教育!」」」」
皆が声を揃えて返答する様は、まるで機械のようである。
「では、彼が皆のように幸せになれることを祈って、祈りを再開し給え!」
ぐったりした男は保衛部に引きずられていった。
「「「「幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです幸せです」」」」
そして何事もなかったかのように祈りは再開された。
この場に己の幸福を疑う者はいない。
なぜなら彼らはここしか知らないし、外の世界で人は生きていけないのだから。




