2-15 大学生、空を見る
ミスティルテイン王国の突然の侵略に対し、アリステイン公国とガリア帝国は無力であった。
なぜなら、どちらも軍主力は魔王軍との戦闘に投入されており、各都市には防衛に必要な最低戦力すら残されているか怪しい状況だったからだ。
その軍主力にしても、魔王軍との戦闘でかなりの損害をうけており、かつ魔王討伐後は統率を失った魔物を追い散らすために、小分けになって元魔族領に侵攻していたため招集も困難であった。
「連中、結局魔族領攻略には手を貸さなかったのか」
アリステイン公国へ急ぐ馬車の中でアレクシアに尋ねる。
「そのようです。というか、王子を解放せよと言って使者を斬ったみたいですね」
エクセルから聞いた話ですが、とアレクシアが言った。
・・・交渉する気あんのかあのアホ国家は。
「ほんま、めんどくさい国やとは聞いとったけど、まさか魔王討伐に協力せんと背中を刺しに来るとはなぁ」
コハクは怒っているような呆れているような、なんとも言えない表情である。
「しかし、これ以上なく致命的な一撃です。現状の戦力ではまともに籠城できるのも公都だけでしょう」
苦虫を噛み潰したような顔でアレクシアは言う。
この馬車に乗っているのは4人だけである。
アレクシアは防衛戦の指揮を執るため、コハクは妖術で攻勢を遅滞させられるから俺を手伝うついでとついてきてくれた。
勇者の能力を失った俺に戦闘面でできることなんてないのだが、士気高揚の役には立つだろうということでアレクシアに同行した。
なんかメルドーズもついてきたが、こいつもともとミスティルテイン王国に雇われたのではなかったか?本人曰く、報奨は帝国から貰ったから最早あの国はどうでもいい。とのことだが。
どのみち日本に帰るのに、ミスティルテイン王国で俺の召喚に使われた魔法陣が必要だ。
この混乱の隙にミスティルテイン王国に潜入して、というプランも無くはないが、散々世話になったアレクシアが困っているのに放って帰るというのは気分が悪い。
エリーシャは旧魔族領に散っているアリステイン公国軍の招集と本国への帰還のために残った。
エクセルは条約に基づきアリステイン公国防衛のための兵力参集の必要があると、エリーシャ同様砦に残っている。
ルルとコハク以外の獣人は、人同士の争いには干渉せずとのことでこなかった。
少し薄情ではないかと思ったが、魔王がいなくなった以上優先されるのはそれぞれの政治ということだろう。
むしろ部族にお伺いも立てずに俺についてきたコハクが変なのである。
兎にも角にも、馬車は公都を目指して突き進む。
今のところミスティルテイン王国主力は帝国に向かって進軍中らしい。
とはいえ、満足に防衛戦力のいない公都にも別動隊が向かっているらしく、落ちはしないだろうが無事でも済むまいという状況らしい。
「公都が見えました」
アレクシアが外を見ながら言う。
なんとか王国軍より早く戻ってこれたようだ。
とはいえ、俺達に随伴しているのは馬を潰すつもりで随伴してきた騎兵50に荷馬車が5という有様。
それでもいないよりはましだろうという程度の兵力である。
ちなみに出発時に騎兵は100に荷馬車も15いたのだが、馬が潰れて脱落した。
間に合わない援軍より間に合う援軍ということで強行軍になったらしい。
途中の都市で徴発して馬をかえたりしているので、文字通り昼夜問わずの強行軍だった。
さすがに尻も痛ければ腰も痛いし疲れた。
とはいえ、必死なアレクシアの顔を見ていると不満は言えなかった。
何ができるかわからないが、俺が士気高揚の役に立つというのなら少しくらいはアレクシアの役に立てるだろう。
助けられたことに比べれば些細なことだが、今できるせいぜいの恩返しだ。
馬車から降りて大きく伸びをして、戦場が近づいているなどと感じさせない青空を見上げる。
この空はいつ見ても日本で見るのと変わらない。
この空だけはそのまま日本につながっているのではないかと思ってしまうのだが
「・・・飛行機雲?」
そこには確かに今まさに伸びていく一条の飛行機雲があった。




