2-11 大学生、勇者になる
それからアレクシアは、彼女の過去を話し出した。
「3人目に初めて生まれた女で、最終的に末っ子だったので、結構可愛がられて好き勝手させてもらってました」
小さいころから活動的だった彼女は、礼儀作法の勉強などよりも外で剣術や槍術、騎乗を習うほうが楽しかったという。
「そのころは兄弟みんな仲が良かったんですよ。世継ぎは第一公子以外有り得なかったですし、実際10歳のころには父に献策するくらい優秀でしたから」
第二公子も兄がいるから自分の目はないと思っていたのか、特に政治に興味を示すこともなく遊び惚けていたらしい。
一方のアレクシアの方も嫁に行く修行など全くせずに、騎士団に入って実力で近衛騎士団を率いる立場になったらしい。
まぁ、年齢を考えれば第三公女の立場も影響しているとは思うが、彼女の指揮、戦闘能力が本物なのはこれまでよく見てきた。
そんな第一公子は絵を描くのが好きだったという。
そして、この世界で成人とされる15歳になったとき、突然宣言したのだという。絵を描いて暮らすから大公家は継がない、と。
「そこから大混乱ですよ。第一公子の兄は翌日には家を出て行ってしまいましたし」
そして、当然世継ぎを誰か決めねばならなくなったわけで、普通に考えれば男がいるのだから第二公子が次代の大公となるはずだった。
「何の勉強もせずに遊び惚けていた第二公子と、実力で近衛騎士団長になった私、どちらを推す声が大きくなるかは明らかでしょう」
第二公子が愚連隊のようなことを街でやっていたこともこの声を大きくした。
「それまで会ってもへらへら笑いながら、お前はクソ真面目で面白みがないなぁなんて言っていた兄は豹変しました」
次期大公になれると思って欲が出たのか、誰かに唆されたのか。アレクシアは恐らく両方だろうと言った。
とはいえ、第二公子のそれまでの素行が悪すぎて第二公子派はさして増えなかったらしい。
「そして、彼らは強硬手段にでました」
彼女は忌々しそうに続けた。
「ある日、一人で遠乗りに出ていた私は、第二公子の手勢と思われる賊に誘拐されたんですよ」
今思えば、そんな時期に一人で遠乗りにいくなど油断しすぎだが、当時はそれほど危ないとも思っていなかったし、何より彼女自身がさして世継ぎに興味がなかったのだと、儚く笑っていた。
「そこからは地獄でしたよ。最初は殺されると思っていたのですが、兄の思惑はともかく、私は殺されませんでした」
彼女はなぜかわかりますか、と問うてきた。
兄の思惑とは関係なく殺されなかった理由、それは
「女だから、か」
「自分で言うのもなんですが、当時14歳とはいえ、中々の美少女だったんですよ」
今ほどのスタイルではなかったですが、と舌を出しておどけて見せたが、それは―
「なんで私はこんな目にって思いましたよ。こんなところにいたくない、帰りたいって」
思った以上に壮絶な過去だった。
「結局、助けは来ませんでした。連中が油断した隙に見張りを殺して逃げだしたんです」
結局、その件が第二公子の仕業だと証拠も無かったために、大公によって事件そのものが無かったことにされた。
「その時誓いました。絶対に兄に国は盗らせないと」
そして、彼女は俺の目を見据えて言った。
「あなたがこんなところ来たくなかった、元の世界に帰りたいって愚痴っていたのを聞いて、あなたを助けようと思ったんです」
まさか酒を飲んでぶちまけた不満が彼女の琴線に触れていたとは思わなかったが、どうってことなかったかのように自分の過去を話す彼女の心境を思うと胸が締め付けられるようだった。
「あなたの協力のおかげで兄を完全に排除することができました。十分に助けられていますから、そんな顔をしないでください」
今、俺がどんな顔をしているのかわからない。が、心境が顔に出ているのは確かだろう。
「だから魔王を倒しましょう。そして、あなたがいるべき場所へと帰りましょう。私もお手伝いしますから」
俺の手をとって彼女が言う。
どうやって魔王を討つのかなんて今も全く想像がつかないが、彼女がそう言ってくれているのだ。何か策があるのだろう。
ならばそれに乗ってみよう。そしてこのふざけた世界におさらばだ。
「あ、でもできたら帰る前にあなたとの子供が欲しいですね」
それ、本気で言ってたのか。
まぁ、それが望みならいくらでも彼女の力になってやりたいと思う。
むしろ、帰ることで心残りがあるとすれば彼女と別れねばならないことだろうか。
「よし」
気合を入れて立ち上がる。
いざ行かん、魔王討伐!




