11-16 タコをめぐるあれこれ(日本)
独特の二重反転プロペラを持つTu-142が旋回しているのを見ながら、再び視線を海面に移す。
タコである。
何度見てもそこには巨大なタコがいた。
「目標の針路変わらず、依然として直進を続けています」
「引き続き警戒を続けよ」
護衛艦しまかぜ艦長の芳留一佐は、溜息をつきながら艦の前方を進んでいるタコを見る。
「なんであのタコ潜らないんでしょうね?」
「なんか他の世界では陸にいたらしいし、案外潜れないのかもな」
そんなどうでもいい会話を航海長と交わす。
「状況開始30分前」
時計を見ていた船務長が告げる。
「総員、戦闘配置」
前代未聞の巨大タコに対する有害鳥獣駆除は、空海共同作戦の予定である。
といっても、的がデカいので、とりあえず5インチ砲撃ちこんで、無誘導爆弾で空爆して、というだけのことだが。
でかいといっても所詮生物だし、それでどうにかなるだろ。というのが統幕の見立てらしい。
・・・大丈夫だろうか。
とりあえずあのタコが体内に貯めこんでいると思われるものを考えると、陸に近付けるわけにはいかないので、とにかく駆除ということらしいが、下手に殺したら漏れ出したりしないのか心配になる。
「あのTu-142、邪魔になりませんかね?」
「まぁ、タコが足振り回したらビビって下がったくらいだし、危ないって言ったら退くだろ」
最初、Tu-142は飛来した際、お前それ大丈夫なの?という距離まで接近したら、案の定タコが足を振り回して追い払おうとしたので、慌てて離れた経緯があった。
「しかし、ここは飛行禁止区域では?」
「軍用機には関係ないだろ。民間機だと免許の剥奪とかいろいろあるから誰も近付かんだろうが」
そんなことよりも、ほんとに5インチ砲と500ポンド爆弾であのタコを倒せるのか?という疑問の方が大きい。
「前ド級戦艦の大量撃沈で我がしまかぜは海自でぶっちぎりのエースです!自信を持って行きましょう!」
船務長は自信満々だが、そもそも5インチ砲で沈めたのって魚雷艇とかくらいじゃね?
あと全部ハープーンの戦果じゃん。
「まぁしまかぜもこれが終わればいよいよ退役だろう。最後の花道と思うか」
「しかし、西のほうが騒がしいようですが、大丈夫でしょうか」
「・・・死者がでていないことを祈ろう」
工作船の船団と接触していた海上保安庁の巡視船が戦闘になった情報は入ってきていたが、その後の続報が来ていない。
いずれにしても、潜水艦は来るだろう。
何事も無ければいいが。
ここで、場所は東京に跳ぶ。
「それでは領海侵犯した原子力潜水艦は貴国のモノではないと仰るのか?」
外務省の一室。
北朝鮮の工作船と連携して領海侵犯を行った潜水艦の行動に抗議するため、在日中国大使を呼び出したら、予想通りとはいえそのことを否定してきた。
「あの海域で行動している我が国の潜水艦は存在しません」
「そんな言い訳が通るとでも?」
「我が国ではその潜水艦がどうなろうと感知しない、と言っています」
ここで中国大使を呼び出したアジア・大洋州局長はん?と引っかかった。
普通なら領海侵犯を認めないとか、その潜水艦はうちのではない、とか言っても、平和裏に解決をとか言って武力行使に及ばないようにするものである。
「直に北京で外交部長が記者会見を開くでしょう。その場で、領海侵犯した潜水艦に遺憾の意を示すとともに、それが我が国によるものではないと明言するでしょう」
「・・・」
つまり、なんらかの中国内部でのいざこざもあって、あの潜水艦は見捨てられた。ということだろう。
まぁ、そもそも北朝鮮工作船との共同作戦なんてまともな奴は考えないだろう。
なんせ工作船が何をしでかすかわからないのだから。まぁ、実際米海軍に向けて無反動砲をぶっ放したわけで。
「わかりました。では本件について貴国は干渉しない。と」
「代わりと言っては何ですが、タコとは言わないのでワイバーンとやらの死体ゆずってもらえませんかね?」
「マッチポンプって言葉知ってます?」
そういうと中国大使は肩をすくめた。
「しかし、異世界での利権は全て日米が独占している。少しくらい分けてもらわないと不公平というものではないですかね?」
「そのデメリットが顕在化したのがタコだと思ってますがね。いきなり東京湾にでも現れてたらと思うとぞっとしますよ」
「そうですか?」
中国大使のその反応を見て、アジア・大洋州局長は意外と情報が漏れていないのだな。と思った。
公にされているのは「大きなタコがワイバーンと一緒に現れたが、なんか有毒っぽいから近付いたらダメ」と言う程度で、大きさや本当の危険性は公表されていない。
知っていれば、あんなものが東京湾に現れたらどうなるか、こんなところで悠長に会談などしている場合ではないとわかるはずだ。
もっとも、念のため関与していないのか確認しようとロシア大使に会った欧州局長は、会って開口一番「いやぁ、あんなものがモスクワに現れたらと思うとぞっとします。異世界なんてのと繋がるのも良し悪しですね」などと言われて頭を抱えることになるのだが。




