11-14 上に黙って進めるのはやめよう。ろくなことにならないから(中国)
1人の男が巨大な国の中枢を肩を怒らせて歩いていた。
軍服を着て、周囲を睨みつけるように誰かを探している彼に対し、周囲の人間は慌てて道を譲り、軍人は皆彼に対して敬礼した。
やがて、目的の人物を見つけた彼はツカツカと歩み寄り、大声を張り上げた。
「洪中将!どういうことだ!」
人民解放軍海軍最高位の海軍司令員たる洪中将を頭ごなしに怒鳴りつけられるのは、中国広しといえども、そうそういない。
「これはこれは軍委委員の李上将ではないですか。どうされたのですかな」
洪中将は余裕たっぷりに、そしてどこかバカにしたように李上将に答えた。
「潜水艦による異世界から来たとかいう蛸の捕獲だ!あのバカげた作戦は中止の命令を下したはずだ!」
「ええ、ですから中止しましたよ。使用予定だった093型潜水艦には太平洋での通常の哨戒任務を命じました」
「嘘をつけ!ならばなぜ北鮮の偵察局の連中と共同歩調をとっているのだ!」
そこで初めて洪中将は意外そうな顔をした。
「ご存知でしたか。ええ、そうですよ。なんでも連中が大規模船団を組んで太平洋を目指すとのことでしたので、目くらましにはちょうど良かろうということで利用・・・」
「この、バカ者が!!」
一際大きな声で李上将は怒鳴った。
あまりの声に、周囲で聴き耳を立てていた人間は、とばっちりを恐れて散り散りになった。
「なぜですか?連中はこれまでにない偽装船の数に気を取られて、我が軍の潜水艦にまで気が回らないでしょう。これで日本やアメリカに追い回されることなく、落ち着いて情報収集ができます。連中の目を欺て太平洋に出られるまたとないチャンスですよ」
「自分で立てておいて、作戦の経過も追っておらんのか・・・。救いようがないな」
それだけ言うと李上将は去っていった。
「ちっ、頭の固い死に損ないめ」
洪中将は李上将を忌み嫌っていた。
いつまでも人民解放軍海軍が小規模で時代遅れの海軍であり、アメリカやロシアはおろか、日本にすら敵わないと思っている、時代に取り残された老人だと思っていた。
洪中将は、日本とアメリカだけが独占している異世界へのアクセスを中国も得ることが出来なければ、せっかく追い付きかけた物が、また遠くなってしまう可能性を憂慮している。
だからこそ、異世界から来たというタコを潜水艦で極秘裏に捕獲する作戦を立てたのだが、開始直前に李上将に潰されていた。
不愉快な思いをした洪中将は、気を取り直して自らの部屋へと向かった。
副官にお茶を淹れるよう言って部屋に入ろうとすると、中に来客が来ている旨を告げられた。
予定は無かったはずだが?と首を傾げるが、副官は青い顔をするばかりで誰が来ているのかは言おうとしない。
仕方なく部屋に入ると、5人も人間が中にいた。
思わず直立不動になる。
軍委委員や国務院外交部はまだいいが、党中央規律検査委員会や党政治局に名を連ねる人物までいるとあっては、さすがの洪中将も横柄な態度はとれない。
「随分とゆっくりな出勤だな」
待たされていた1人が口を開く。
「申し訳ございません。朝から会合で出ておりましたもので」
嘘である。
実際には海軍への納入に便宜を図ってやったいくつかの会社に、大学に入る息子の入学祝の車をせびりに行っていただけである。
と、党中央規律検査委員が胡散臭げな目で見ていることに気付いた洪中将は背中に嫌な汗が流れる。
まさか、ばれているのかという疑心暗鬼が頭をもたげる。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。君は今回の件の責任をどうとるつもりかね?」
「は?」
いったい何の話だ。
「君はニュースも見ないのかね?君の軽率な作戦指示のせいで、外交部は大忙しだというのに」
政治局員は呆れたように言う。
そこで、誰かが部屋に置かれたテレビをつけた。
中国では見るだけで違法とされる衛星放送だが、ここでは見ることが出来る。
チャンネルはちょうどアメリカのニュース専門局の放送だった。
キャスターが浮上航行する潜水艦の画像をバックに、ニュースを読み上げていた。
「繰り返します、日本の領海に侵入した国籍不明の原子力潜水艦を日本の海上自衛隊と共に追跡していた、アメリカ海軍の駆逐艦ステザムが、漁船に偽装した工作船から攻撃を受け、多数の死傷者が出ている模様です」
洪中将は頭の中が真っ白になる。
「海軍筋では、非公式な話として、潜水艦は中国の商級潜水艦、工作船は北朝鮮の偵察局に所属する武装船であり、この2国が共同作戦を行っていたのは疑いようのない事実だと発言しました」




