11-11 因果応報(日本)
「無かったこと・・・にはできんな」
「哨戒機が墜とされていますし、紀伊半島での大規模な空路制限で伊丹と関空で遅延が発生しています。公表するしかないでしょう」
「こっちから連れて行くだけではなく向こうから来るとはな」
官邸の一室で、数人の男が話し合っている。
「しかし、紀伊半島で領空に侵入したワイバーンは問題ないでしょうが、室戸岬南方400キロの海上が問題ですね」
「撃墜の理由か・・・」
「いえ、それは当事者以外見ていませんし、無かったことにしとけば問題ないでしょうが、死体を回収しようと中露が出しゃばってくる可能性があります」
「200海里内だろ、排除できんのか」
「微妙に外側の延長大陸棚でして、ロシアはともかく、沖ノ鳥島も絡むので中国はいちゃもんをつけてくるでしょうね」
内閣総理大臣、外務大臣、防衛大臣、官房長官を中心に、所管する官庁の官僚数名も交えたワイバーン撃墜の後処理を巡る会合である。
「いっそのこと、ワイバーンの死体ぐらいくれてやったらどうだ」
「それはいけません。1つでも譲ってやれば厚顔無恥に次から次へと要求してくるのが中国です」
「沖ノ鳥島も絡む延長大陸棚です。そんなところで自由にさせれば、日本政府が沖ノ鳥島の権利を放棄しただのと騒ぎ始めかねません」
この部屋にいる人間の総意として、今更珍しくもないワイバーンの死体などくれてやってもいいと思っている。
しかし、それだけで済まないのが国際政治のめんどくさいところである。
「横須賀の第七艦隊はすでに出港してフィリピン海で展開しています。アメリカが中国を牽制する姿勢を明確にしている今、これを利用しない手はありません」
「ここで中国の手出しをさせないことで、間接的に沖ノ鳥島とその延長大陸棚を中国に認めさせることができます。強く出るべきです」
防衛大臣と外務次官が主張する。
もっとも、この2人が強く出ているのは、ここに来る前にアメリカからの圧力で、すでに護衛艦隊を出港させていたり、いらん口約束をしてしまったせいなのだが。
「ワイバーンは全て墜とせたのか?」
「恐らく、ですが」
「紀伊半島南方空域で計8、太平洋上で5、レーダーで捉えられたのは以上です。現在、念のため太平洋上にE-767を出して捜索を続けていますが、新たに見つかったとの報告はありません」
総理大臣は会合参加者を見渡して決意したように話始める。
「ワイバーンの異世界からの転移と、その撃墜を公表する。紀伊半島の8体については、領空侵入に対する自衛、太平洋上の5体については哨戒機撃墜に対する反撃と捜索救難活動の安全のためとする」
室内に1つ懸案が片付いたという弛緩した空気が流れる。
「では次の問題だ」
その言葉で、再び室内の空気に緊張が走る。
「こいつをどうするか」
テーブルに置かれた一枚の写真。
厚木を緊急発進したP-1哨戒機が撮影、伝送してきたものをプリントしたものである。
「タコ・・・ですよね」
「タコだな」
「だがでかいぞ」
見た物にタコだという感想以外抱かせない画像だが、問題は大きさが100mを超えていることである。
「いくつかの世界で報告のあがっている陸に現れた巨大タコだと思われます。転移するときと同じ光を放った後消えたとの報告を受けていますので、同一個体と思われます」
防衛大臣が報告する。
「それはいいが、映画の怪獣みたいに光線を出したりするのかね」
「いえ、そのような報告は受けておりません。ただ・・・」
「ただ、なにかね?」
防衛大臣が躊躇いながら発言する。
「出現した地点では線量の顕著な増加と、微量のびらん剤が検知されています。いずれも装備の問題で遠方からの観測でしたので、至近距離での影響は不明です。ただ、至近距離まで行っても影響を受けていない人間がいたとのことで、体内に何かしら貯めこんでいるだけで、外に出さなければ影響は限定的なのではないか、と」
びらん剤とは、まぁ要するにマスタードガスに代表される化学兵器のことである。
「外に出すというのは排泄物のことかね」
「タコですので墨を吐く可能性が」
それはヤバいということで部屋がざわつく。
「タコの針路は?」
「観測を続けていますが、まっすぐにどこかを目指しているようです。北東に向かって一直線に進んでいます」
「北東?」
ワイバーンの撃墜位置とタコの現在地が示された日本地図を全員が見遣り、タコの位置から北東を見る。
「このまままっすぐ進み続ける場合、下田近辺を通り、相模湾から平塚、藤沢間に上陸、首都圏を縦断します」
「タコだろ?陸にあがるのか?」
「目撃された他の世界では陸にいましたので」
全員が一斉に唸る。
「これの目指している場所はどこだ」
「おそらくですが、一直線上で言うとここしかないでしょう」
そう言って防衛大臣が指差した地点は東京から北に250キロの太平洋沿岸。
それを見た参加者たちは再び唸るのだった。




