11-10 ワイバーンを撃墜せよ(日本)
西の空に赤い光を残すのみとなった夕陽が雲海をわずかに赤く染めている。
そんな雲のはるか上空を、2機のF-15Jが音速に近い速度で飛行している。
「中空DC、こちらプリースト03。現在高度32000」
《プリースト03、こちらトレボー。誘導を開始します。》
スクランブル自体はさして珍しくも無い、というか、大体1日平均で2回以上のスクランブルが行われている。
とはいえ、小松から太平洋側に出撃する事例は珍しいと言える。
太平洋側に来るのは、概ねロシアの東京急行なので、対応は百里のほうが早いし、そもそも先に千歳や三沢が接触しているケースもある。
そもそも、小松は日本海側唯一の要撃基地としての役割の方が大きいので、百里が悪天候で上がれないなどの理由がなければ、わざわざ遠いところから向かわせる必要性は薄い。
《プリースト03、こちらトレボー。国籍不明機は飛竜との情報あり。目標方位210》
「・・・ワイバーン?」
思わず素で聞き返してしまう。
大方大回りでレーダー探知を逃れたTu-95が脅かしてやろうと普通とは違う場所でADIZに侵入したのだろうと思っていたので、理解が遅れた。
《目標、速度160、高度6100、領空侵入まであと30》
「トレボー、こちらプリースト03、会敵予想時刻を知らせ」
《プリースト03、こちらトレボー、会敵予想時刻まであと25》
ギリギリ領空に侵入される前に会敵できそうだが、そもそもワイバーンってなに?警告して聞いてくれるの?というのがパイロットと中空DCの正直な感想だった。
ちなみに、一足先に会敵した新田原305の感想は、「これに対領空侵犯措置って意味あるのか?」というものだった。
近畿上空の民間機で過密な空を、2機のF-15Jは縫うように抜けていく。
折しも夕方の離発着が多い時間である。
伊丹、関空、中部と離発着の多い空港に囲まれたエリアを突っ切て行くことになる2機は、空自の邀撃管制だけでなく、民間の航空交通管制も注意しつつ、目視の警戒も行わなければならないというハードワークである。
アフターバーナー全開で突っ切りたいところだが、そんなことをすれば、空中衝突の危険だけでなく、地上にもソニックブームの影響が出かねない。
《プリースト03、こちらトレボー、目標正面下方、距離50マイル、周辺の民間機は退避済み。降下を開始せよ》
「プリースト03了解、降下を開始する」
かなり早い段階で紀伊半島南部の民間航空路を全て迂回させる指示がでていたのだが、空域がクリアになったのはギリギリのタイミングだった。
遅延を嫌う各航空会社がギリギリまで粘ったせいである。
もっとも、彼らにしてみれば天候も問題なく、迂回の理由がわからないので、運航ダイヤを守ろうとするのを責めることもできない。
《目標正面、距離20マイル、レーダー探知どうか》
「レーダー探知」
アナログ計器も多い今となっては前時代的なF-15Jのコクピット計器盤左上方、レーダー表示ディスプレイに飛行物体を探知したことを示す光点が3つ表示されている。
「トレボー、こちらプリースト03、目標の数は3。速度差がありすぎる、報告より速度が落ちている」
スキャン中追跡モードのレーダー画面に追跡中の第一目標までの距離が表示されるが、接近するスピードからして、目標の速度が落ちている。
領空に入るまでの時間が伸びるので、歓迎すべき事態だが、フラップを出してもF-15で飛行可能な速度を下回ってしまっているのは問題である。
「一度やりすごして追跡を試みる」
とはいえ、相対して近付いているのは変わらず、こちらも速度を絞っていたとはいえ、まだ時速で600キロは軽く出ている。
一度やりすごし、速度を落とすのも兼ねて旋回、後はうねうねと煽り運転のように蛇行しながら着いていくしかない。
《プリースト03、こちらトレボー、武器の使用を許可。ワイバーンを撃墜せよ》
「トレボー、もう一度言ってくれ」
《繰り返す、ワイバーンを撃墜せよ》
「了解、ワイバーンを撃墜する」
聞き間違いではないことを確認し、マスターアームのスイッチが入れられる。
日本国内における自衛隊初の危害射撃が目前に迫っていた。
最後のやり取りがやりたかっただけじゃないかって?
そうだよ(開き直り




