11-2 教都とタコ(みっつめの世界)
かつて教都と呼ばれた「この世界で唯一文明が残る街」だった場所は、かつての面影を早くも無くしつつあった。
配給が滞ったことで、教団の言うことを聞くだけの奴隷たちはほぼ死に絶えた。
もっとも、配給が止まったのはそれを行う幹部達が、さっさと教都を逃げ出したせいで、備蓄自体はまだあったので、管理者が教都に残った区画だけが生き残っていた。
もっとも、それも風前の灯だが。
「備蓄自体はまだ持ちそうだが・・・」
「線量計の値が日々増しています。やはり発電所から漏れているとしか」
最早、2人だけになってしまった教団幹部が深刻な顔で話し合っている。
「人数が減ったおかげで食料生産の目途は立ったというのに・・・」
ちなみに、この都市の周囲はクリーチャーすら生息していない汚染地帯であり、そこを通過できる防護車はすでにその全てが、先に逃げ出した幹部達に持っていかれてしまい、好むと好まざるとに関わらず、ここから逃げ出すことはできない。
そういうわけで、ここで奴隷をうまく使って生きていく方法を模索していた最中の線量上昇である。
「もう疲れたよ。湖の水でも飲もうかな」
「早まるなよ。これ以上増えなければなんとかなる線量だ」
湖の水は放射性廃棄物と化学物質で汚染されつくしている。それを飲むというのは、つまるところ死ぬという意味である。
正直なところ、2人とも今思っているのは、「なぜ脱出する流れに乗らなかったのか」という後悔である。
結局のところ、教都での特権階級の甘い生活への未練である。
外の世界にそれが無いのはわかりきっていたから、僅かな可能性に縋ってしまった。
結果は苦労して駆けずり回って、なんとか食料生産の目途と、それまでの食料備蓄がやっとである。
「教父様!教父様!大変です」
その時、部屋に1人の信者がやってきた。
片方の教父がいろんな意味で可愛がっている信者である。
「何事です。会議中ですよ」
「申し訳ありません、ですが、こちらに見たこともない大きな何かが近づいてきます」
2人の教父は顔を見合わせた。その頭上には「?」が浮かんでいる・
「大きな?」
「なにか?」
考えていても仕方ないので、見に行くことにする。
「案内しなさい」
「こちらです」
信者を促して見える場所に案内させる。背中を押すときにさりげなく尻を触ることも忘れない。
そんな様子をもう一人の教父は呆れた目で見ている。
「盛るのなら人前はやめたまえ」
「なに、スキンシップだよ」
そんなどうでもいいことを言いながら、教都を囲んでいる城壁の上に出た。
「あれです」
そう言って信者が指差した先には・・・
「タコだな」
「タコのようだな」
体長100mはあるんじゃないかという巨大なタコが何かを貪り食っていた。
「何食ってるんだ?」
「あの辺りって確か大量にイエローケーキが野積みされてたあたりじゃ?」
そんなものが野積みされているあたりが、この世界がこの世界たる由縁だが、どうやら巨大なタコはそれを貪り食っているらしい。
「あ、動き出した」
イエローケーキを食べ終わったらしいタコが動き出す。
その大きな目がこちらを見た。気がする。
「こっち来てない?」
「来てるね。やばいね」
8本の足を蠢かせて巨大なタコが教都の外壁に近付いてくる。
もっとも、外壁はせいぜい高さ15m程度なので、軽く跨いでいくのだが。
巨大なタコの出現に、畑作業をしていた信者たちが恐慌状態に陥って逃げ回っている。
その様子を教父2人はポカンと眺めていた。
やがてタコは、かつて教都を支えていた発電所に取り付いて、建物を壊して中にあったものをむしゃむしゃと食べ始めた。
「何を食ってるんだ?」
「あそこにあるものなんて決まってるだろ」
ふと持ってきていた線量計に目をやった教父は驚愕した。
「線量が・・・」
「前より低いじゃないか」
タコは食事を終えたらしく、満足気にしている。
と、突然、タコの体が光ったかと思うと、その場から消失した。
「なぁ!?」
「なんだったんだ・・・」
多くの謎を残したまま、その世界からタコは消えた。
2人の教父にわかることは、どうやらこのまま教都に住めそうだということだったが、実はタコが教都周辺の汚染物質も食べたので、歩いて他の集落に行けるようになっていると知るのはもう少し先である。




