10-11 転移者、日本に還る
「お、起きたか?」
目が覚めると知らない男が顔を覗きこんでいた。
誰かはわからないが、それなりにいい服を着ているので地位の高い人間のようだ。
と、そこで体を動かそうとして、手錠の存在に気付く。
「悪いがつけさせてもらってるよ。君は捕虜なんでな」
その言葉で、王国軍に負けたのだと悟った。
もっとも、あそこから勝つ道筋など全く思いつかないが。
そこで意識を失う前の映像が、強烈に蘇る。
空から降ってきた蒼い専用騎に叩き潰されるミリアの乗騎。
「っ、ミリア!」
周囲を見渡す。
まず、大きくひしゃげた俺の乗騎が目に入る。
どうやら、コクピットから引きずり出されて、そのまま寝かされていたらしい。
よくあの状態で大した怪我が無かったものだ。
そして、記憶の通りにぐしゃぐしゃになったミリアの乗騎が目に入る。
何人かが取り付いて、なにやらやっているが、どこがコクピットだったのかも遠目にはわからない。
俺はすがるように男の顔を見たが、男は黙って首を振った。
ミリアが死んだ。
だが、なぜだろう。悲しいという感情が湧いてこない。
「殺した相手を恨むかね?」
「わかりません。何も感じないしわからないんです」
視線を巡らせると、ユートの専用機も大破していた。
再び男を見るが、首を振るのは同じだった。
この分では、騎士団もほぼ壊滅だろう。この世界での知り合いがいなくなってしまった。
これからどうしよう。
大切に思っていたはずの人を文字通り失ったのに、そんなことがまず浮かんできた。
浮かんでくるのはこれからの生活のことばかりで、何の感情も湧いてこない。
いっぺんにいろいろ失いすぎて、麻痺してしまったのか、どこか壊れてしまったのか。
「ところで、君、名前は」
そんなことを聞いてどうするのだろうと思ったが、反射的に答えてしまった。
「葛原暁人です」
「やはり日本人か」
言われてから、日本語で話しかけられていたことに気付いた。
この世界に来た時に、異世界言語理解とかいう能力を付与されたらしいので、母国語のようにこの世界の言葉を使っていて気付くのが遅れた。
「自衛隊が探しに来ているよ。日本に帰れるが、どうする?」
突然の言葉に頭が真っ白になる。
日本に帰る。
選択肢としてこれまで考えたこともなかったことが、突然目の前に現れて、どうすべきなのかわからなかった。
「この世界に残る理由がないなら、帰った方がいいと思うよ」
「・・・わかりました」
そう言うと迷彩服を着た自衛官に引き合わされた。
氏名や住所、最後に日本にいたときの状況などを聞かれ、整合が取れたら帰れるという。
結局、俺はこの世界に何をしにきたのだろうか?
何もできなかったし、誰も助けられなかった。
それだけだろうか。
日本に帰るまで、数日この世界に留まったが、何もせずにぼーっと過ごした。
途中で一度、医官だという人が診察に来た。
採血はされたが、ほとんど問診だった。
今の気分とか、なぜそんな気分なのかとか、いつからそうなのかとか、根掘り葉掘り質問されたが、何の感情も湧かなかった。
部屋から出て行った医官が、外にいた別の人にPTSDかもしれないから日本に帰ったら専門医のカウンセリングを、とか言っているのがちらっと聞こえた。
俺の心は壊れてしまったということだろうか。
もはや、それについても何の感情も湧かなかった。
そのあと、何事もなく日本に帰ってきた。
富士山の麓について、そこから車で東京の病院に連れていかれたが、車の窓から東京の市街地が見えた時、特に哀愁など感じていなかったはずなのに、涙が流れだした。
俺は生きている。
それが嬉しかったのか、悲しかったのか、わからない。




