10-4 転生者は備える
「トレラータ地方は我が国の領土と認めるから不可侵を結んで、内戦には手を出さないでほしい。と?」
「端的に言えばそういうことです」
今会っているいるのは、スタインバルト皇国第二皇子こと皇太子である。
「私を皇太子に指名した父を毒殺した第一皇子派を殲滅するのは義務です。手を出さないでいただきたいのです」
「別にそれはそちらの都合ですから、勝手にどうぞという話ですが、こちらとしてはふりかかる火の粉は払わねばなりません」
日米軍が軍主力を吹き飛ばした結果、占領地が次々叛乱を起こしたり、周辺国が失地回復に乗り出したりとボロボロになった皇国は、皇帝が第二皇子を皇太子に指名して退位しようとした。
長男である第一皇子が皇太子にならなかった理由は、面識のあるエリザ曰く
「だってあいつバカだもん」
とのこと。
が、バカはバカでも筋金入りだったらしく、有力貴族に唆された第一皇子は皇帝を毒殺し自らが皇帝だと名乗ったのである。
もちろん、第二皇子が皇太子であることはすでに公示された後であり、一部貴族が国政を乗っ取るために第一皇子を焚きつけたのは誰の目にも明らかだったので、軍は第二皇子について、第一皇子派はあっさり帝都を叩き出された。
今は首魁のベルトロイ侯爵の領地で軍備再編中らしい。
ちなみに、先日トレラータ地方を返せとかわけのわからないことを言ってきたのも、ベルトロイ侯爵の使者である。
「第一皇子派が貴国に手を出したときは反撃していただいて結構です。ただ、第一皇子派に止めを刺すのだけは、私にさせていただきたいのです。これは交渉でもなんでもなく、私個人の願いです」
強い意志を感じる瞳でじっとこちらを見てくる第二皇子。
そんな熱く見つめられても男同士でハッスルする趣味はねぇよとか言いたいところだが、言うと後で横にいるエリザにしばかれるので自重する。
「我々としては、トレラータ地方の失地回復以上のことは望んでいません。第一皇子派、というかベルトロイ侯爵がこちらにしかけてこない限りは、手出ししないと約束しましょう」
どのみち皇国はしばらくゴタゴタして外を向く余力はなくなるだろうが、ここでいじめると後でまた火種になりかねないので、無難なところで収めて、今後の友好につなぐ方がいいだろう。
弱体化したところで、そこそこ以上の国力は持っている国なのである。
「ありがとうございます。ベルトロイ侯爵も国内が片付かないのに周辺国に手を出すとは考え難いでしょう」
「どうでしょう?思ったよりバカかもしれませんよ?」
多分第二皇子はベルトロイ侯爵の使者がうちに来たこと知らないんだろうなぁ。
まぁ、普通に考えたら第二皇子の発想になるよなぁ。
周辺国に助力頼むならともかく、わざわざ敵増やすとか何考えてるんだろうね。
ちなみに、聞いた話では皇国に失地回復で攻め込んだ他の国にも全部侯爵の使者が来たらしい。
「前皇帝は極端な拡大政策の結果、周辺諸国との関係が極端に悪化しましたが、私はそれを改めたいと考えています。これからよろしくお願いします」
第二皇子が席を立ち握手を求めてくる。
なんかそういう動作も洗練された爽やかなイケメンで、イラっとくる。
そんな思いを顔には出さず、握手をして第二皇子を送り出す。
少なくとも、第一皇子派の人間と違ってまともで良かった。しかも、わざわざ本人がリスクを冒して外遊とは、なかなか肝も据わっているようだ。
「第一皇子派と違ってまともで良かった」
「当たり前でしょ。だから皇太子に指名されたんだよ」
俺が思わず口に出した感想に、エリザが突っ込んでくる。
「とりあえずトレラータ地方は名実ともに返ってきたわけだし、内政進めないとねー」
「それなんだけど」
伸びをしながら山積する問題に考えを巡らせていると、エリザが深刻な顔で何か言ってきた。
「どうしたの?」
「どうもトレラータ地方の占領を任されてたのがベルトロイ侯爵みたいのよね。公式には別の伯爵が総督だったらしいんだけど、まぁ権力笠に着て好き勝手やるタイプの人間だから、ベルトロイ侯爵」
つまり?
「かなりの圧政で甘い汁を吸ってたみたいなのよ。おかげで内情はズタボロ。数字通りの税収は当面見込めないんじゃないかなぁ」
結構深刻な事態だな。
というか、それより
「それ、第一皇子派が取り返しにくる可能性ない?」
「あの侯爵のことだから、自分の権益だと思ってるだろうし、あるでしょうね」
さっきの第二皇子との約束はなんだったのか。
「というか知ってたならさっき言えよ」
「別に向こうが知らないことを教えてやる必要はないじゃない?」
俺も知らなかったんですけど。
まぁいいか。とりあえず、攻めてくるであろう第一皇子派への備えは考えないとな。




