9-19 自衛官、苦労しかしない
「はぁ~~~~~」
昼食をとるために席に着いた滝ケ原駐屯地の幹部食堂で、俺は盛大に溜息をついた。
ナイ神父を名乗る何かに転移陣に放り込まれた後、戻った先は転移したのと同じ、東富士演習場の一角だった。
なんでも、一緒に転移陣に入ったはずの滝川や公女たちは、1日早くアリステイン公国の城に戻っていたとか。
しかも、滝川は相応の時間が経過していたものの、公女達はいなくなってからの時間経過がなかったのだという。
そこからは報告書地獄である。
ナイ神父が語ったことについてあれやこれやと聞き取りなどもされたものの、正直よく分かっていないことを他人に説明するほど辛いことは無い。
しかも、最後に見たナイ神父が、貌の無い不定形のヒトガタのようだったなんて話は誰も信じてくれなかった。
その様子を思い出すだけで、得も言われぬ不安感と悪寒が走るので、もうナイ神父については考えないことにしている。
「なんですかバカみたいに大きな溜息ついて。貧乏と苦労性が感染するから他所でやってください」
「そんなもんうつらねぇし、そもそももってねぇよ!?というか何当たり前の顔して幹部食堂で飯食ってんの!?」
そして、最大の頭痛のタネはこいつである。
しれっとついてきやがった。いや、日本人の転生者らしいので、多分本人は里帰りくらいにしか思ってないのだろうが。
「というか、私がこっちの世界を去ってから10年少々のはずなんですが、日本メーカーの携帯がほぼないとかどうなってるんですか」
そらあんたがいたのが単純に今の年齢分前の日本なら、スマートフォンなんか存在しなかっただろうし、カメラはおろか、下手したらカラー液晶すら無かっただろうな。
ポケベルか肩から下げるあたりだったのかもしれない。
「って、イタイイタイ」
「なんか今失礼なこと考えましたね。ちゃんと私の携帯でもメールはできましたし、写真が撮れる機種もありましたよ。私は持ってませんでしたが」
最後の持ってないだけ小声なのは、多分友達は持ってたのが羨ましかったとかその辺りだろう。
「とはいえ、もはやこっちの体のほうが長いので、今更ですね」
マリアはそう言って食事に戻った。
いや、なんで当たり前にここでおまえが飯食ってるかの理由を答えてねぇよ?
「ははは、並んで食事とは夫婦で仲がいいな」
そう言って向かいに腰を下ろしたのは中央機動連隊長の双木一佐である。
「嫌ですわ一佐、からかわないでください」
完璧なまでの変わり身である。メイドコワイ。
というか、いつの間にか上官連中には完全に俺の嫁として認知されている。
こえーよ。
「というか、桐島よ、マリアさんの何が不満なんだ?あの世界では最大の商人で、王族との繋がりも強く、伯爵の跡取り。そんな人と結婚できるなんて、幸せだろう」
うん、いま上げた理由で得するのは日本政府であって俺じゃないね。
「はぁ、こんな美人で甲斐性のある女性が奥さんになってあげると言っているのに何が不満なんですか」
「普通自分で言うか?それ」
俺がマリアに呆れていると、双木一佐がさらに突っ込んできた。
「なぁ、桐島一尉、隊内の未婚率とそのお相手についていろいろ問題がでているのは知ってるだろ?警務隊に目をつけられることになったらキャリアはそこで終わりだぞ。その点嬢ちゃんなら問題ないし、上の覚えもめでたくなる。もともと良好なあの世界との関係がより強固になるわけだしな」
それ、俺を生贄にするって言ってるのと同義だよね?
「うっ、あんなにも激しく私を求めてきたのも全て遊びだったということですね」
この女まじで容赦ねぇ!?
ウソ泣きなの目に見えてるのにほんとに泣いてるようにしか見えねぇし!?
双木一佐も含めて周りの目が痛い!
というか俺は縛られて押し倒されただけで何もしてねぇ!?
「だあああ、わかったからもう夫婦でいいよ!だから黙れ!」
「はいわかりました」
けろっと泣き止むクソメイド。
なんか周囲はおめでとうとかいって拍手し始めるし。しかも、一部爆発しろ!とか毎晩メイドプレイとか羨ましいとか変な声も入っている。
ナンカモウヤダ




