9-16 自衛官、メイドを恐れる
「いよいよ明日で100階かぁ」
98階の安全地帯(と思われる場所)でキャンプファイヤーのように焚火を囲んで人心地着いたところで、滝川が感慨深げに言った。
「いや、まだ明日行けると決まったわけではないからな」
「そうですね、どっかの誰かが見え見えのトラップに何度も引っかかって進めない可能性もありますからね」
俺が滝川を窘めたところ、アレクシア公女がそれに追随した。
いや、これは窘めたんじゃなくて、エクセル皇女への嫌味か?
まぁ、本人は言われたことにも気づかずに呑気にはむはむとかまぼこを食べている。さきほど倒した敵のドロップ品である。
それをジト目でマリアも睨んでいるが、全く気にしていない。・・・いや気付いていないだけか。
ここに来るまで、モンスターは段々強くなりはしたものの、特に倒せないと言うほどではなく、基本的に1匹ずつしか遭遇しないので、その点では苦労はなかった。
問題は、階層毎の特色のほうで、迷路のような階もあれば、(塔の中なのに)草原のような階や、水路を船で進むアトラクションみたいな階まであった。
まぁ、一番ひどかったのは、転移トラップがある階で、張ってあるロープや、そこだけ色の違う石の床や壁といった、発動条件自体は非常に見つけやすいようになっているのだが、それにことごとく引っかかるバカのせいで3日も足踏みした。
アレクシア公女や狐のコハクはこいつどうしようもねぇな、みたいな呆れた目で見ていたが、意外なことに一番キレそうなマリアはノーコメントだった。
後でなぜなのか聞いてみたところ
「スキルも無くなって何もできなくなったうちのバカ王女と比べると、戦闘で使えるだけまし」
とのことだった。・・・比較対象がひどい。
「まぁ、この階は問題なさそうやし、上に登る転移陣さえ見つけれたら、あとは99階次第やね」
「問題があるとすれば、本当にここは安全地帯なのかということですね」
各階には1ヶ所だけ、モンスターの入ってこないエリアがある。
57階までは、その全てが冒険者ギルドの管理する休憩所になっている。
もっとも、その先も81階までは飛び飛びに冒険者ギルドの拠点があったりなかったりした。
安全地帯は一応、(なぜか)それらしくわかるようになっている。
例えば、草原の階なら小高い丘の頂上になんの木なのか気になって歌ってしまいそうな大きな木が生えていたり、迷路の階では基本通路しかなかったのにそこだけ部屋になっていた。
が、特徴的な場所だからといって、確実に安全地帯であるとは限らず、確かめる方法はモンスターを引っ張て来て、そこに入ってきたら、そこは安全地帯ではない。
という実に単純な方法しかなかったりする。ちなみに、安全地帯だと引っ張ってきた人間が中に入った瞬間、モンスターは急に興味を失って、どこかへと去って行ってしまう。
なんだかゲーム染みている気もするが、そもそもこの世界自体がまるでゲームのようなシステムで成り立っているので、気にしたら負けだろう。
「まぁ、モンスターがこないし、大丈夫じゃね?」
滝川が軽い感じで言うが、それで痛い目見たのをもう忘れたのかこいつは。
「お前がそう言って休んだ92階ではどうなったかね?」
「えー、いや、それはー」
眼が泳いでいるが、ここにいる人間は皆それで実害を受けたので助けはない。
雪原の階で、大きなかまくらのようになっている場所を見つけ、ここが安全地帯だと滝川が言い張ったので、そこでその日は休むことにしたのだが、何のことは無い、象くらいあるシロクマのモンスターの巣だったというだけの話で、晩飯中に家主が帰ってきて大騒ぎになった。
結局、その後家主を倒して、家主がいなくなったんだし、外も暗くて移動できないから、不寝番を1人立ててそのままそこで休もうということになった。
まぁ、落ちとしては、家主が1人とは限らないというお話だったわけだが。
「今日も不寝番が必要ですね」
「いい加減に落ち着いてベッドで寝たい」
マリアの言葉に、うんざりしたようにアレクシア公女が反応する。
最後に落ち着いてベッドで寝たのは81階の冒険者ギルド。もはや1週間前のことである。
「100階で終わるのかなぁ」
「キリもええし、終わってもらわんと困るわ」
滝川とコハクが希望的観測を述べているが、多分100階では終わらないんだよなぁ。
こそっと溜息を吐きながら、事前情報を思い出す。
ドローンを塔の外で上昇させて撮影された映像では、塔の節状になっているもので108個目の高さで転移して日本に戻っていた。
つまり、108階まで登らないとこの塔は終わらないということだろう。多分。
はぁ。再度の溜息。
言った方がいいのかなぁと悩んでいると、マリアと目が合った。
そして、ニコッとこちらに微笑みかけてくる。
つまりあれは「お前なんか隠し事してんだろ、言わねぇとどうなるかわかってるんだろうな?」ということである。
背筋も寒くなったところで、意を決して108階疑惑を伝えることにしたのだった。




