9-12 大学生、カニを喰う
5階層を出発して1週間たった。
基本的には1日に5階層登ってきたので、今35階である。
・・・計算が合わないのは一度、ひどい二日酔いで1日休んだからである。
経緯は簡単だ。
「なんやうちの飲んだことない珍しいお酒をゲットできたんよ」
その一言で酒盛りが始まったのだが、まず1つめの誤算。
確かに珍しい酒だったのだろう。コハクやアレクシアにとっては。
一口のんだ俺はすぐに気付いた。これウォッカじゃね?それも度数かなり高めの。
考えてみると、アレクシア達の世界では醸造酒ばかりで蒸留酒はなかった。
なので、総じて度数は低めだったのでバカみたいな量を飲んでも、そこまで酷いことには・・・なってたけどまぁ、次の日動けなくなるようなことはなかった。
醸造酒で最も度数が高いと言われる日本酒でも20度前後が限界、アレクシア達の世界の酒は飲んでいた感じでしかわからないが5度くらいしかなかったのではないだろうか。
「なにこれなにこれ!」
そしておバカな皇女がガパガパ飲んだことが2つめの誤算。
「何1人で飲んどるんや!」
「ちょっと、全部ひとりで飲む気ですか!」
エクセルが勢いよく飲んだことで、他の2人が飲まれる前にと言った感じで競うように飲み始めた。
それでも、瓶1本くらいならどうということはなかったのだろうが、問題はコハクが「いつも通りに」量を買ってきていたことである。
というか、一口飲んで度数が高いことに気付け。
あとはしっちゃかめっちゃかで前と同じ流れだが、問題は次の日が違ったこと。
起きたのは宿の主人が扉を激しく叩いたせい。
もう昼だったが、全員死んだ眼をしていたので、そのまま連泊が決定。
ウォッカだと気付いてセーブしていた俺と、俺の横にいたので飲ませないようにしていたアレクシアは比較的回復が早かったのだが、途中から張り合って飲んでいたエクセルとコハクは昼飯時を過ぎても全く回復しなかった。
まぁおかげでアレクシアと2人でデートできたので、結果的に良しとしている。
それはともかく、1週間たって35階である。
今のところ、敵が強くて進めなかったりはしておらず、戦闘もまだまだ余裕がある。
「ちょっと進むのが遅くないか?」
その日の夕食でアレクシアが言った。
「そうかのぉ。まぁ酔いつぶれて不覚をとった日はともかく、1日5階層、毎日ベッドで寝れておるし、何か不都合があるかえ?」
「そうだよぉ。別にこのペースで大丈夫じゃない?」
嬉しそうにカニを食べているコハクと、おっかなびっくりカニの殻を剥こうとしているエクセルが、それに否定的な意見を述べる。
「今なら余裕があるし、進めるうちは可能な限り進むべきだ」
アレクシアが焦っているように意見を重ねる。
「なーにをそんなに急いで帰りたがってるんや。そないにユーイチと一緒にいたくないんか?」
「え゛」
コハクの発言に変な声が出た。
泣きそうなんですけど。
救いをもとめてアレクシアの方を見ると固まってしまっていた。
「いやあの、違うの。そういうことじゃなくてね。早く戻らないとうちの国の諸々が滞っちゃうし、そこのバカと違って、次期大公が行方不明っていうのはまずいのよ」
フリーズから復帰したアレクシアが、あたふたと言い訳を始めた。
「そもそも、元の世界のこと考える必要がなかったら、ずっとこの世界でユーイチと・・・」
どんどん声が小さくなってごにょごにょと何を言っているかわからなくなってしまった。
顔も真っ赤になってるし、なにこの可愛い生物。
「とはいえ、5階ごと進むようにしとかんと、寝るのも大変やろ。途中階の拠点の設備もマシになってきたとはいえ、快適とは言い難いしなぁ」
「10階進むのは日の出と同時に出発しても厳しそうだしなぁ」
夜になると何故か塔の中なのに真っ暗になるので、夜は敵が強くなる云々を別にして進むのは困難になる。
「わざわざ無理してしんどい思いすることもないやん。5階ずつ、ゆっくり確実に行って無事に帰るのが結果的に一番早いんと違う?失敗したら1階に戻されるんよ」
ちゅるちゅるとカニの身を吸いながらコハクが言う。
というかカニ食ってんのに全然無口にならねぇな、こいつら。
いや、カニ食ってんのは俺とコハクだけか。
アレクシアとエクセルはおっかなびっくりで、まだ手を付けていない。
コハクが食べてるってことはあの世界にカニがいないわけじゃないよね?
普通は食べないのかな?
まぁ、とりあえず自分の分を食べちゃってからアレクシアのを剥いてあげることにする。
エクセルは知らん。




