9-11 自衛官、奴に遭遇する
翌朝、塔の外の街には日本人はいないようなので、塔の中に入ることにする。
一応、もう一度生活ギルドに顔を出して情報収集し、市場もまわってみる。
市場には様々なものが売られているが、その全てが塔の中のモンスターを倒して出たドロップ品だというのだから不思議な世界だ。
「牛肉」といえば、サシの入り方まで全く同じ牛肉の塊がドロップするし、「ナイフ」は全く同じナイフがドロップするらしい。
「キャベツ」も葉の大きさから葉脈まで全く同じということなので、もはやほんとに食べて大丈夫なのか疑うレベルである。
そんな現代日本以上に均一な品質の製品が並ぶ市場をざっとまわって情報を集めてみたが、やはり日本人はいないようだ。
まぁ、この街にはどちらかというともう歳で塔を登るのを諦めたと言った感じの引退した冒険者が多いようなので、帰ろうとしている日本人はいないだろう。
物売りを適当にさばいて、市場を抜け、塔へと向かう。
1人で登るということに不安がないではないが、信頼できない相手とパーティーを組むよりは行けるところまで一人で行くべきだろう。
と、塔に入ってすぐ、冒険者ギルドにも到着する前に、何やら騒動が起こっていそうなことに気付いた。
人垣ができており、罵声や怒声がとんでいる。
喧嘩だろうか。
「何の騒ぎだ?」
「なんでも、突然現れた嬢ちゃんがパーティーメンバーを募集し始めたらしいんだが、方法が嬢ちゃんに一撃いれることって条件らしくてな」
人垣の後ろの方にいる野次馬であろう男に声をかける。
「へぇ、それならなんでこんな騒ぎになってるんだ?」
「その嬢ちゃんが強いのなんの。戦闘斧振り回して、4人がかりで挑んだバカ共も薙ぎ払われてやんの」
なにその化け物。
「まぁ、ぶっ飛ばされてるのが評判の良くない新人ばっか食い物にしてるような冒険者だからみんな拍手喝采ってわけよ」
どこの世界でも真面目に生きない奴はいるんだなぁ。
どれ、そんなのをバッタバッタとなぎ倒してる女傑の姿だけ拝んでみるか。
人垣の間から頭を出して覗こうとする。
人が多いし、皆興奮しているので中々見えない。
大概の奴はその女傑のほうを応援しているようで、ボコボコにされている奴らは懲りずに再チャレンジしたりているようだが、ぶっ飛ばされるたびに歓声が上がっている。
よほど普段の行いが良くないのだろう。
「あっ」
人垣の間からちらっとその女傑が見えた瞬間回れ右したのだが、がしっと後ろから首根っこを掴まれた。
「人の顔を見た瞬間逃げようとするとはいい度胸ですね」
「逃げようとしてない、関わろうとしなかっただけだ」
というか、あの一瞬であの距離と人垣を詰めてきたの!?
怖いんですけど!?
「その行為の間に差はありますか?」
「あるぞ!関わりたくないという能動的な意思と逃げたいという受動的な意思の間には大きな差があるぞってイタイタイタイ」
凄まじい握力してんなこのクソメイド!
「ていうか何してんのこんなとこで」
「一緒に塔に登る人間を探していたのですが、幸運にも1人確保できたので万事オッケーです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあその人と頑張ってね。俺はこれでってイタイイタイ」
まじでどんな握力してんだこのクソメイド!
「なに知り合いのか弱い乙女を放置して行こうとしてるんですか」
「か弱い乙女は大の男を片手でホールドしたりしねぇよ」
というか、なんでこいつこの世界にいるんだよ。
「お前1人か?あのポンコツの姫様は?」
「私1人ですよ。あの足手まといがいないのはラッキーなのか、そもそもこんな世界に飛ばされたのがアンラッキーなのかは微妙ですが」
ああ、間違いなくトラブルメーカーの匂いしかしないけど、こんなのでもあの世界での重要な日本政府の協力者だからほっとくわけにはいかないんだろうなぁ。
というか、それ以前にこれから逃げれる気がしない。
「しゃーねーなー。俺の仕事はこの世界に飛ばされた日本人の回収だから、途中で寄り道したりするかもしれんぞ」
「というか、すぐ帰る方法ないんですか」
「ない。この世界で一定以上の高さまで昇れば帰れるらしいぞ?」
一応、日本との連絡手段はあるが、この世界への転移はあの場所への一方通行で、先に送ったドローンも試行錯誤の結果、高度を取らせたら日本に戻ってきたらしい。
「まぁ、しょうがないですね。少しくらいは手伝ってあげましょう。でも早く帰らないと、いろいろあの世界が大変ですよ」
「努力します」
ああ、せっかくの1人旅でゆっくりしてきてもいいよとか言われてるのに、全然のんびりできそうにないんですけど・・・。




