9-9 自衛官、酒を飲む
とりあえず、1人で転移の準備をして送り込まれた世界は、転移先に案内人を名乗る爺さんがいた。
塔の話やらなんやら、この世界のシステムを聞いたあと、疑問に思ったことを聞いてみる。
「塔の中で死んだらこの場所に戻されるっていうけど、塔の外で生活してる奴らがいるんだろ?」
「そうじゃな」
「そいつらは死んだらどうなるんだ?」
「それまでじゃな。まぁ、基本塔の外では病気か寿命でしか死なんからな」
こともなげに爺さんは言った。
「もっとも、塔の外で生きると言っても、この世界は作物や家畜を育てることは出来ん。食料や日用品も全てモンスターのドロップじゃ。低層に出入りしてドロップを換金しとるやつがほとんどじゃな」
「元の世界に帰ることを諦めただけで、塔が無いと生活は成り立たないわけか」
「そういうことじゃ。中にはある程度上の階層まで行ってドロップを集めたら、わざとモンスター殺されて戻ってくる奴もおるな」
死なないとわかっててもそれは嫌だなぁ。
「塔の中で殺されても特にペナルティはないからな。頂上を目指すのを諦めておる連中にしてみたら、1階に戻されるというのは、帰宅時間を短縮できるというメリットでしかないわけじゃ」
やってる連中がいるということは、この世界で生きると決めたら、そうするのが稼ぎやすいのだろう。
「まぁ、そういう奴の中には自分が行く階層までの案内を請け負ってくれる奴もおるから、戻って来とるタイミングならそういう集団に入るのも手じゃぞ」
「とはいえ、低層のほうはろくでもないのも多そうだな。帰ろうとして先に進んで、死んで戻されて心が折れた奴らも多いだろ?」
特に確信はないが、カマをかけてみる。
どこの世界にもクズはいるものだ。
「まぁ、否定はせんよ。人を見極めねばならんのはどこの世界でも同じということだ」
「そうなると爺さんを信用する理由もないんだが?」
銃を向けながら爺さんを威嚇してみる。
まぁ、多分この爺さん雰囲気的にギルドから派遣されてる受付みたいなもんだろうが。
「意外とそのことに思い至る奴は少ないんじゃよ。いきなりこんなところに飛ばされて皆多かれ少なかれ動転して無防備になっとるんじゃろうが・・・お主はなんだか準備してきた感じがするのお」
全く動じた様子が無い辺り、中々の人物である。
「動転といえば・・・」
爺さんは自分の言葉で何か思い出したらしい。
「つい最近もかなり動転して暴れまわった奴がおったのぉ」
遠い目をして爺さんは言った。
「儂が召喚したと勘違いされて追い回されるし、ひどい目にあったわ」
「それはご愁傷様」
「なんか召喚が3度目だとかなんとか言っとたの」
そいつに心当たりがある気がするが、気のせいだと思いたい。
「そいつって名乗ってました?」
「たしかタキガワ?ユーイチ?とか言っておったかの?」
うわぁ、あいついんのか。
「それっていつくらいの話です?」
「うーん、この歳になると記憶が曖昧でのぉ。まぁここ数日の話じゃな」
「ここってどれくらいの頻度で人が来るんだ?」
「塔から戻ってくるのを除けば頻度はまちまちで一定せんなぁ。確かそいつが来た日は他に女性3人組も来たかの?まぁ、来ない時は1週間来ない時もある」
とりあえず滝川は確定なので回収せねばならない。
しかし、つくづくあいつとは縁があるな。
「助かったよ爺さん。とりあえず塔の外を観光してからボチボチ登るわ」
「君の冒険に幸多からんことを」
爺さんは別れ際に言っているのであろう言葉を投げてくれた。
それを背に受け歩き出そうとして、ふと思いついたので一応爺さんに言っておく。
「もしその滝川が塔から戻ってくることがあったら、桐島がいるから探してみろと伝えといてくれ」
「なんじゃ、お主ら知り合いか」
「そんなとこだ」
まぁ、あいつもどっかの世界神に与えられた能力持ったままだから、そうそう死ぬことは無いだろうけど。
「まずは周りの街からかね」
雲を突き抜けて立つ塔を見上げ、その周囲に気持ちだけ広がる街を見渡す。
「まぁそんなに時間もかからんだろうが、とりあえず塔に入るのは明日でいいか」
さして広くもない街だが、日本人がいるかもしれないので、念のためじっくり見て回ることにする。
とりあえず、塔の外にある生活者ギルドというところを覗いてみる。
様々な物の買取価格が表示された巨大なボードの他に、街の人間が欲しい物と値段を書いて張り出すボードなどが並んでいる。
一応宿も併設しているようなので、個室をとって受付で軽く情報収集。
その後、酒場に入ったがあくまで仕事である。そう、ビールを飲むのも仕事なのだ。
酒場で円滑なコミュニケーションを行うための重要なことである。
結局、大した情報はなく、夜も更けてきたころ、宿に戻ってベッドに倒れこんだ。




