9-3 姫騎士、トラウマを刺激される
「エクセル!そっちに行ったぞ!」
「燃え尽きなさい、クソムシ!」
私とコハクが追い立てたモンスターを、エクセルが火炎魔法で焼き尽くす。
とりあえず、私とコハクとエクセルの3人は、元の世界に帰るために塔を登ることにした。
転移場所の案内人の爺さんの言う通り、すぐに塔に入り、冒険者ギルドに立ち寄った。
そこで簡単な会員証と、塔の上を目指すための説明を受けた。
冒険者ギルドは、いわば塔攻略を目指す人間のための互助組織で、パーティーメンバーを募集したり、武器を注文したりすることもできるが、最大の機能は塔内部での安全な休憩場所の提供だった。
現在は57階層までの各階に、冒険者ギルドは休憩所を作っており、それぞれの階層のモンスターの強さに合わせて管理者を派遣しているという。
5階層毎に大きめの街と言えるような拠点を設けており、そこを基点に各階層の拠点は休憩に利用するのがいいとのこと。
現在確認されている塔の階層は89階。
つまり、57階まで行ったら、その先は自力でどうにかする必要がある。
ギルド会員の義務は、互いの尊重と非常時の相互救援、ギルドの緊急依頼の受諾。
ギルドの緊急依頼は基本的に拠点が強力なモンスターに襲撃された際などに出されるらしい。
「この感じだともっと上まで行けそうだな」
「いうても、各階の移動にほぼ1日から階層によっては1週間ほどかかるていうてたやないの。先は長いんやから、焦りすぎは禁物よ」
早く帰るためにさっさと進もうとする私をコハクが窘める。
コハクは長生きのせいか、かなりのんびりしたところがある。とはいえ言っていることは一理ある。
次期大公の私が長期不在というのは、公国にとって非常にまずいので、早く帰りたいのだが、各階を1日ずつで突破していっても、少なくとも89日はかかるのである。
必ず途中で休憩が必要になるし、そんなに楽に進めるなら、塔はもっと簡単に攻略されているだろう。
そう考えると気ばかり急いてしまう。
コハクのように達観するには、私はまだ若すぎるということだろう。いや、妖怪染みた長命の狐人ほどは長く生きられないが。
「むー、疲れた。足痛い、お腹すいたー」
子供かこいつ!
エクセルはその場で屈んでぶーぶー文句言っている。
というか、魔王討伐のときはもっと歩いてただろお前。
コハクも呆れたようにエクセルを見ている。
「あんた、前より太って運動能力落ちてるんと違う」
「太ってないもん!」
がばっと立ち上がり、涙目になったエクセルがコハクに抗議している。
あれは間違いなく太ったな。
「よお、姉ちゃん達、元気そうだな」
突然、下卑た笑みを浮かべながら男が近付いてきた。
はて、どこかで見たような。
「なんやあんた、まだ懲りんとつけまわしとったんかいな。今度は再起不能にしたろうかいな」
汚物を見るような目でコハクが男を見ている。
ああ、思い出した。冒険者ギルドで下心丸出しで近づいてきて、コハクに股間を蹴り上げられた男か。
性格はともかく、見た目は一流の女3人のパーティーなのでなにかと絡んでくる男が多くて面倒だったので、いちいち良く覚えていなかった。
「ふざけやがって、俺のアレでひぃひぃ言わせてやるぜ」
「とうとう下品な欲望を隠すこともできんようになったんかいな。猿でももうちょっとましやね」
コハクは完全に相手を煽っているが、むこうは端からこちらを性欲の捌け口にするために近付いているのが見え見えなので、誘いに乗ってパーティーを組んでいたところで、こうなっていただろう。
「はん、そんなふざけた態度をとってられるのも今だけだ。野郎ども、順番はさっき決めた通りだ!」
男が声をかけると、ぞろぞろと同じように下卑た笑みを顔に貼りつかせた男が出てくる。
10人を超えている。ギルドで声をかけてきたクズが全部いるんじゃなかろうか。
過去のトラウマが刺激されて、足が竦むと同時に、激しい怒りが沸いてくる。
どこにでもこんなクズ共がいる。
それを前にして足が竦んでしまった自分が嫌だった。
そして、何より相手の数が多すぎて、どうしようもないと諦めている自分がもっと嫌だった。
「はー、ほんに、群れることだけは得意なんやねぇ」
コハクは余裕ぶっているものの、想定外に相手の数が多くて焦っているのが伝わってくる。
エクセルは魔法をぶっ放す準備をしている。こういう度胸だけは尊敬できるが、一発ぶっ放せばそれで終わりだ。次はない。
「エクセルが一発ぶちかまして、そのタイミングで走り抜けましょう」
「それしかないけど、分の悪い賭けやねぇ」
「私が一番走るの遅いのに、動き出せるの一番遅いんだけど」
変なところで勘の鋭い奴だな。
別にエクセルを捨て駒にしようとしたわけじゃないよ。
「いきなはれ!」
コハクの合図と同時に、エクセルが溜めていた爆炎魔法をぶち込む。
轟音に悲鳴が交じり、集団が割れた。
その隙を逃さず、一息に飛び込む。
コハクとエクセルも続く。
「このアマぁ!」
私とコハクはあっさり抜けたが、どんくさいエクセルがリーダー格の男に捕まった。
見捨てるわけにもいかない。
振り向きざまに剣を振り抜くと、リーダー格の男の左腕に当たった。
切り飛ばすとはいかなかったが、かなりの深手だ。
「グギィィィ、こいつ!」
次の瞬間、男は右手に持っていた棍棒を思いっきり振るっていた。
それを受けた剣が弾き飛ばされ、殺しきれなかった衝撃に体がよろめく。
「捕まえた!」
不覚にも、別の男に後ろから抱きかかえられてしまった。
「ひゃあ!1人だけだが上玉だぜ!」
ああ、失敗した。
この後の展開を考えると死にたくなる。
コハクとエクセルは逃げれたらしいことが救いか。
「薄汚い手でアレクシアに触れてんじゃねぇ!」
怒号とともに、拘束していた腕が無くなり、男は吹っ飛んでいった。
「・・・ユーイチ?」
私を守るように立つ、もう会うことはないと思っていた男の背中をポカンと見つめるのだった。




